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コンビニバイト

 春の日はまだ暮れるのが早い。夕方五時を過ぎると、あたりは淡い藍色に包まれ始めていた。学校帰りの学生や会社員でにぎわうコンビニの店内で、翔太はレジに立ち、無表情のまま商品をスキャンしていた。


「ありがとうございましたー」


 機械的な声で客を送り出し、次の客がカゴを置く。それを淡々と処理していると、自動ドアが開く軽快な音がした。


「あっ、翔太だ! おつかれー!」


 聞き覚えのある元気な声に顔を上げると、陸上部のジャージ姿のままの美玲が、汗で額に張り付いた前髪をそのままに、ぱたぱたと店内へ入ってくるところだった。首にはタオル、手には空になったスポーツドリンクのペットボトルを持っている。


「……何してんだよ、こんな時間に」


 翔太はレジを打ちながら、目だけを美玲に向ける。彼女はにこにこと笑いながら翔太の前まで来ると、カウンターに両肘をついて顔を近づけてきた。


「今から部活終わり! ちょっと水分補給の買い出し。そしたら翔太が働いてるから、面白くって」


「面白くって、って……邪魔するなよ」


「邪魔してないもん。翔太のバイト姿、初めて見たからちょっと観察しようかなって」


 美玲はそう言って、翔太のことをじろじろと眺める。青いコンビニのエプロンをつけて、無表情でレジを打つ翔太の姿がよほど珍しいのか、そのオレンジの瞳は好奇心で輝いていた。


「いらっしゃいませ、ありがとうございました。……見てないでさっさと買えよ」


「はいはい。えーと、飲み物飲み物……」


 美玲は笑いながら冷蔵ケースの方へ歩いていく。翔太はその背中を軽く睨みながらも、次の客の対応を始めた。


「おでん、まだあるかなあ」


 しばらくして美玲が、今度はレジ横のおでん鍋を覗き込むようにして戻ってきた。春とはいえ夜はまだ肌寒い。湯気の立ち上るおでんの前で、彼女は尻尾をゆらゆら揺らしている。


「食べるのかよ」


「うーん……迷う。翔太、おすすめどれ?」


「知るか。自分で決めろ」


「冷たいなあ! せっかく来てあげたのに」


「来てあげたって、客としてなら歓迎するけど」


「じゃあ客として、おすすめ聞いてるんだけど」


 美玲が口をとがらせて見上げてくる。翔太は小さくため息をついてから、おでん鍋に視線を落とした。


「……大根だろ。味が染みてるし、母さんもよく作る」


「おっ、奈々穂さんも作るなら間違いないね! じゃあ大根と、あとこんにゃく!」


 美玲は嬉しそうに指差す。翔太はそれを無言で容器に取り、レジを打つ。ピッという音の後、美玲は財布を取り出しながら、にまにまと笑った。


「翔太、意外とちゃんと働いてるんだね」


「意外は余計だ」


「だって普段あんまり喋らないし、学校だと寝てばっかだし」


「授業中に寝てるのはお前だろ」


「私はちゃんと起きてるよ。翔太の後ろ姿、よく見てるもん」


 美玲はそう言って、小銭をトレーに置く。翔太は一瞬手を止め、それから無表情のまま釣り銭を返した。


「……早く帰れよ。風呂入って飯食え」


「はーい。翔太もバイト頑張ってね。あ、あとでおでんの写真、奈々穂さんに送るから」


「やめろ」


 美玲はけらけら笑いながら、おでんの入った袋を大事そうに抱えて店を出ていった。自動ドアが閉まると、店内にはまた静かな時間が戻る。翔太は少しだけ乱れた前髪を直し、無言で次の客へ向き直った。


 春の日はまだ暮れるのが早い。夕方五時を過ぎると、あたりは淡い藍色に包まれ始めていた。学校帰りの学生や会社員でにぎわうコンビニの店内で、翔太はレジに立ち、無表情のまま商品をスキャンしていた。


「ありがとうございましたー」


 機械的な声で客を送り出し、次の客がカゴを置く。それを淡々と処理していると、自動ドアが開く軽快な音がした。


 外では春の風が、美玲のジャージの裾とオレンジ色の尻尾を優しく揺らしていた。

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