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今日の出来事を母に伝える

 夕方、翔太が家に帰ると、玄関の鍵を開ける前からふわりと出汁の香りが漂ってきた。ただいま、と声をかけると、キッチンから奈々穂が顔を出す。青い髪を揺らし、頭の立派な角が照明に照らされて艶やかに光っている。今日もクラシックなメイドドレス姿で、エプロンをつけていた。


「おかえりなさい、しょうちゃん。学校どうだった?」


「別に普通」


 翔太はそう言ってリビングのソファに荷物を下ろした。奈々穂は夕食の下ごしらえの手を休め、温かい麦茶をコップに注いで差し出す。翔太はそれを受け取り、一口飲んでからぽつりと言った。


「……今日、美玲が弁当つまんだ」


「あら、また?」


 奈々穂はくすくすと笑い、翔太の隣に腰を下ろした。青い尻尾がソファの上でゆったりと揺れる。


「タコさんウィンナーをやったら、すごい喜んでた。大げさなくらい」


「ふふ、美玲ちゃんらしいわね。あの子、小さい頃からしょうちゃんのお弁当を狙ってたもの」


「……そうだったっけ?」


 翔太は意外そうに奈々穂を見た。奈々穂は懐かしそうに目を細め、窓の外の夕焼けを眺める。


「ええ。美玲ちゃんがまだ小さくて、しょうちゃんと一緒に公園で遊んでた頃。お弁当を持って行くと、いつも『一口ちょうだい』って駆け寄ってきてたわ。翔太、最初は嫌がって隠してたのに、美玲ちゃんが泣きそうな顔をするから、結局卵焼きを渡してたのよ」


「……覚えてない」


 翔太は少し照れながら麦茶を飲む。


「そうでしょうね。翔太はいつも照れて、美玲ちゃんに背を向けてたから。でもママはちゃんと見てたわよ。しょうちゃん、口では嫌だって言いながら、美玲ちゃんが喜ぶと、すごく嬉しそうな顔をしてたの」


「やめろ、そういうの」


 翔太は顔を赤くして立ち上がる。奈々穂はまた笑って、翔太の手をそっと引き、ソファに座り直させた。


「大丈夫よ、今はもっと上手に隠せてるから」


「余計フォローになってない」


 翔太はため息をつくが、奈々穂は楽しそうで何よりだった。彼女は翔太の髪をそっと撫でながら、夕食の支度に戻るでもなく、ゆったりとした声で続ける。


「美玲ちゃんはね、しょうちゃんのこと、ずっと特別に思ってるのよ。小さい頃からずっと隣にいたから、今もああして甘えてくるんでしょうね」


「特別って……あいつはただ食い意地が張ってるだけだろ」


「ふふ、まあそれもあるかもしれないけど。でもしょうちゃん、美玲ちゃんに何かされたら、ちゃんと教えてね。ママ、いつでもしょうちゃんの味方だから」


 奈々穂の青い瞳が、夕日に照らされてきらきらと揺れる。翔太はその視線から逃れるように、窓の外の空を見た。西の空が、美玲の尻尾と同じようなオレンジ色に染まっていた。


「……わかってるよ」


 翔太が小さくそう返すと、奈々穂は満足げに微笑み、立ち上がってキッチンへ向かう。


「じゃあ、夕食までにもう少しだけ待っててね。今日はしょうちゃんの好きな肉じゃがにするから」


「別に好きじゃない」


「あら、おかわりするくせに」


 翔太はまた顔を赤くし、黙ってテレビをつけた。画面の中では、今日も当たり前のように異世界との交流のニュースが流れている。そんな日常の中で、奈々穂の作る夕食の匂いが、家の中をゆっくりと満たしていった。

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