原美玲
昼休みの教室は、弁当を広げる生徒たちの喧騒に包まれていた。
翔太は自分の席で、奈々穂が朝早くに詰めてくれた弁当箱を開く。白米の上に梅干し、卵焼き、そして赤いタコさんウィンナーが整然と並んでいる。箸を取って食べ始めようとした、その時だった。
「翔太ー!」
弾むような声とともに、ばたばたと廊下から駆けてくる足音。振り返るより早く、オレンジ色の短髪が視界の端で揺れた。
「弁当! ちょっと一口ちょーだい!」
原美玲が、目をキラキラさせながら翔太の机に手をついて身を乗り出す。その後ろで、赤みの混じった尻尾がぱたぱたと揺れている。まるで嬉しそうな犬のようだ、と翔太は思った。
「お前、自分の弁当はどうしたんだよ」
「食べた!」
「早すぎだろ……」
「だって今日は部活の朝練でいっぱい走ったんだもん。お腹すいて、全部食べちゃった。でもまだ足りないの! 奈々穂さんのご飯、ちょっとだけ!」
美玲は両手を合わせて、上目遣いでお願いのポーズを取る。翔太はため息をついたが、まあいいかと弁当箱からタコさんウィンナーをひとつ摘まみ、彼女の前に差し出した。
「これで勘弁しろ」
「えっ、いいの!? やった!」
美玲はぱあっと顔を輝かせると、差し出されたウィンナーを指でつまみ、そのまま口に放り込んだ。
「んんーっ! やっぱり奈々穂さんのタコさんウィンナー、最高! パリッとしてて、中はジューシーで、なんかすっごく美味しい!」
彼女は心底幸せそうに、尻尾をぶんぶん振り回しながらその場でぴょんぴょん跳ねている。周囲の生徒が何事かと振り返るが、美玲は気にした様子もない。
「……大げさなんだよ」
翔太は照れくさそうに箸を動かしながら、卵焼きを口に入れる。その耳はほんのり赤い。
「だって本当に美味しいんだもん。翔太は毎日こんな美味しい弁当食べられて、幸せ者だね!」
美玲はにっこりと笑って、翔太の隣の席に腰を下ろした。まだ尻尾はゆらゆらと揺れている。
「……母さんの料理が上手いのは、まあ、否定しないけど」
「よし、じゃあ明日も一口もらいに行くからね!」
「自分で作れ」
「むー、ケチ!」
美玲は頬を膨らませるが、すぐにけらけらと笑い出す。翔太は呆れたように息を吐いたが、その口元がわずかに緩んでいるのを、彼女は見逃さなかった。
「翔太、ちょっと笑った」
「笑ってない」
「笑ったってばー。今、口元にやっとしてた」
「してない」
「してたー!」
教室に、昼休みの穏やかな空気が流れていく。窓の外では、春の風が校庭の桜を揺らしていた。




