朝ごはん
朝の光がカーテンの隙間から差し込む中、井上家の食卓には湯気の立つ味噌汁と、ほかほかの白米、それから目玉焼きに焼き鮭、小鉢に入ったひじきの煮物が並んでいた。
それを作っているのは井上奈々穂。
この世界に降り立ったクラシックなメイドドレスに身を包み込んだ【ドラゴンメイド】である。
「いただきます」
翔太は手を合わせ、小さくそう言ってから箸を取った。奈々穂は向かいの席で、にこにことその様子を見つめている。
「どう? お味は」
「……うん、美味い」
翔太は照れくさそうに目を逸らしながら、白米を口に運ぶ。その頬はほんのり赤い。奈々穂は満足そうに微笑み、自分も味噌汁を一口啜った。
「しょうちゃん、昨日遅くまで宿題してたでしょ。眠くない?」
「別に。これくらい平気だし」
「ふふ、しょうちゃんは真面目だもんね。でも無理はしないでよ? ママ、心配になっちゃう」
「……ママって呼ぶの、やめろって。しょうちゃん呼びももう高校一年生だしさ」
翔太は顔をさらに赤くして、むっとしたように言う。だがその声には照れが滲んでいて、全然迫力がない。奈々穂は楽しそうに笑った。
「えー? だってママだもん。しょうちゃんがこの家に来た時から、ずっとママなんだから」
「……っ、あのなあ」
翔太は反論しようとして、しかし言葉に詰まってしまう。確かにこの人は、自分を拾ってくれた時からずっと「ママ」として接してきた。ドラゴンだというのに、妙に人間くさくて、温かくて、だからこそ余計に照れてしまうのだ。
「ほら、目玉焼きも食べて。半熟にしてあるから、白米に乗せて食べると美味しいわよ」
奈々穂はそう言って、翔太の皿に醤油をちょんと垂らす。翔太は黙って目玉焼きを箸で割り、とろりと溢れる黄身をご飯に絡めて食べた。
「……美味い」
小さく呟くように言うと、奈々穂は嬉しそうに目を細める。
「よかった。しょうちゃんが美味しそうに食べてくれると、ママも嬉しいな」
「……別に、いつも言ってるだろ」
「ええ、でも毎日聞きたいの。翔太の『美味い』は、世界で一番のご褒美なんだから」
翔太は一瞬動きを止め、それから勢いよくご飯をかき込んだ。耳まで赤くなっているのを隠すように俯く。奈々穂はそれを見て、声を出さずに笑った。
「……おかわり、する」
「あら、今日は自分から言ってくれるのね。どうぞ、たっぷりよそってあげる」
奈々穂は立ち上がり、翔太の茶椀を受け取ると、山盛りにご飯をよそって戻す。翔太はそれを両手で受け取り、また小さく「ありがとう」と呟いた。
その言葉が、朝の光の中に溶けていく。
平凡で、穏やかで、けれど確かにそこにある親子の時間。
異世界と現実が交わったこの世界で、二人だけの朝は今日も静かに流れていくのだった。




