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割がいい

 九月二十二日、月曜日。


 新しい一週間の始まりだ。教室の窓から見える銀杏並木は先週よりもずいぶん黄色が濃くなっていた。朝晩はもう半袖では肌寒くて、美鈴もカーディガンを羽織って登校している。それでも昼間はまだ日差しが強くて長袖と半袖の生徒が入り混じる不思議な季節だ。


 先週の金曜日から数えて美鈴と翔太の異世界特訓はすでに四回を数えていた。金曜、土曜、日曜、そして昨日の月曜。学校が終わるとすぐにゲート管理局へ向かい森のエリアで魔物と戦い続ける日々。


 最初は【森の守護竜】に手こずっていた二人だったが回を重ねるごとに連携は磨かれていった。翔太がヘイトを取って美鈴が背後から攻撃するという基本戦術は変わらない。でも、その精度が格段に上がっている。翔太の短剣さばきはより正確になり美鈴の走りはより速く、より鋭くなっていた。


 九月二十五日、木曜日。


 特訓を始めてからちょうど一週間が経った放課後。この日も二人は管理局で戦利品の換金を済ませ、街路樹の下を並んで歩いていた。金木犀の香りが風に乗って漂ってくる。あたりはもうすっかり夕暮れで空の端が茜色から紫に変わり始めている。


「はい、今週分」


 翔太が差し出した封筒を受け取って美鈴は中をそっと覗き込んだ。一週間分をまとめて換金したらしく、封筒は分厚く膨らんでいる。中には一万円札が束になって入っていた。


「……翔太」


「なんだ」


「これ、全部でいくらだと思う?」


「さあな。お前の取り分はちゃんと計算したから合ってるはずだぞ」


「百十二万円」


 美鈴の声は震えていた。


「一週間でだよ? 高校生がバイトして稼げる額じゃないよ。お母さんのパート代の何ヶ月分だと思ってるの……」


 封筒を持つ手がかすかに震えている。尻尾も落ち着きなく左右に揺れて、時折ぴんと跳ね上がった。


「こんな大金、働く前に高校生で得られるなんて思ってなかった……」


 美鈴はしみじみと封筒を見つめた。特訓を始めた頃は十万円に驚いていたのに、今はその十倍以上だ。ドラゴン種の魔物は特に換金率が高いらしく先週末に倒した【森の毒竜】の牙と鱗がかなりの額になったらしい。


 翔太は歩きながら肩をすくめた。


「金だけを得るならゲート攻略は割がいいぞ。まあ死んじまったらそこで終わりだがな」


「……そうだよね」


 美鈴は封筒を大切に鞄にしまいながらうなずいた。一週間で何度も危ない場面があった。翔太が毒竜のブレスをかわしきれずに革鎧の肩口を焦がしたこともある。美鈴だって巨大な蜘蛛の巣に足を取られてあやうく天井から吊るされそうになった。そのたびに二人で助け合って、なんとか乗り越えてきた。


「でもさ」


 美鈴は顔を上げて翔太の横顔を見つめた。夕陽に照らされた翔太の顔は、やっぱりちょっと大人びて見える。


「私、強くなってる気がする。レベルアップもしてるし、何より走るのが怖くなくなってきた」


「そりゃよかったな」


 翔太は素っ気なく言ったけど、口元がほんの少し緩んでいた。美鈴はその表情を見逃さない。


(翔太、ちゃんと私のこと見てくれてる)

(心配もしてくれてる)


 一週間前は布団の中で泣いていた自分が嘘みたいだ。今は毎日が充実している。学校に行って、放課後は異世界で特訓して翔太と一緒に帰る。ミギーは相変わらず翔太にちょっかいを出してくるけど、不思議と前ほど胸が痛まなくなった。


「明日も行くのか?」


「もちろん! 私、もっと強くなりたい」


「ほどほどにしろよ。週末は休むぞ」


「えー」


「休むことも特訓のうちだ。疲れが溜まった状態でゲートに入ると判断が鈍る」


 翔太の口調は真剣だった。美鈴は少しむくれたけど、その言葉の奥にある気遣いを感じて素直にうなずいた。


「わかった。じゃあ週末は休む。でも来週からはまたびしびし鍛えてよね」


「言われなくても」


 二人の影が、茜色の歩道に長く伸びている。九月も終わりに近づき夕暮れは日に日に早くなっていた。街灯がぽつりぽつりと灯り始め、どこかの家からは夕飯の支度をするいい匂いが漂ってくる。


 美鈴は鞄の中でかさりと音を立てる封筒にそっと触れた。百十二万円。こんな大金を手にして、何に使おう。お母さんに何かプレゼントを買おうか。それとも貯金していつか翔太と……。


(翔太と……なに?)


 そこまで考えて美鈴はぶんぶんと首を振った。尻尾が恥ずかしそうにくるりと丸まる。


「どうした?」


「な、なんでもない!」


 翔太が怪訝な顔で見つめてくる。美鈴は真っ赤になった顔を隠すように早足で歩き出した。秋の風が火照った頬を冷ましてくれる。


 空にはもう、いくつもの星が輝き始めていた。

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