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ミギーの陰謀

 始業式が終わり、生徒たちがぞろぞろと教室に戻ってくる。体育館の蒸し暑さから解放されたとはいえ、教室もまた残暑でむんわりとしていた。窓は全開で、かすかに動く空気がカーテンを揺らしている。扇風機が首を振って生ぬるい風を送り続けていた。


 翔太は自分の席に座るなり、ぐったりと机に突っ伏した。始業式の校長の話が長かった。あれだけで夏休みボケの体にはこたえる。


「翔太、大丈夫?」


 後ろの席から美玲が声をかけてくる。尻尾がそっと翔太の背中をつついた。


「大丈夫じゃねえ……暑い……」


「自販機でなんか買ってこようか?」


「あとでいい……」


 そんなやりとりをしていると、教室の空気が急にざわつき始めた。


「ねえ、あの子……」


「転校生のミギーさんでしょ?」


「全国優勝したって……」


「近くで見るとめっちゃ綺麗じゃない?」


「白い髪がさらさらで、お人形さんみたい……」


「角もすごく立派で、さすが純血種だよね」


 ミギーが教室に入ってきたのだ。始業式の間中、彼女は別のクラスの列に並んでいたはずだが、今はまっすぐに翔太の席へと向かってくる。白い尻尾が優雅に揺れ、その動きだけで周囲の視線を集めていた。


 そして彼女は、何の躊躇もなく翔太の隣の席に腰を下ろした。本来ならば別の生徒の席だが、その生徒はミギーの迫力に押されて何も言えない。


「翔太」


 ミギーは翔太の腕に自分の腕を絡めた。白くて細い腕が、翔太の制服の袖をぎゅっと掴む。


「ちょっ……なにしてんだよ」


 翔太が慌てて振りほどこうとするが、ミギーは離れない。むしろ、さらに体を密着させてくる。小柄な体からは、ほのかに花のような甘い香りがした。


「何って、一緒にいるだけよ。私はあなたに興味があるの」


「興味って……」


「ドラゴン使いの力を持つ人間。破壊壊竜ガンディラが唯一認めた契約者。そんな珍しい存在、放っておけるわけないじゃない」


 ミギーは青い瞳を細めて笑った。その笑顔は確かに綺麗で、教室のあちこちから「美人だな」「可愛い」「純血種ってやっぱり違う」という声が聞こえてくる。


「ねえ、翔太。あなた、私のものにならない?」


 教室がざわついた。


「な、なに言って……」


「私、翔太の彼女になるから」


 ミギーはこともなげに宣言した。まるで当然の事実を告げるかのような口調で。


 その瞬間、ガタンと大きな音がした。


「だめーっ!」


 美玲が椅子から立ち上がっていた。オレンジの瞳が怒りで燃え上がり、尻尾がぶわっと逆立っている。教室中の視線が一気に美玲に集まった。


「ミギー! 翔太から離れなさいって言ってるでしょ!」


 美玲は翔太とミギーの間に割って入ろうとした。両手でミギーの肩を掴み、力いっぱい引き離そうとする。腕には血管が浮き上がり、額には汗が滲んでいた。


「どいて! 翔太は私の……私の……!」


「あら、またハーフちゃん」


 ミギーは美玲の手をまるで虫でも払うかのように軽く振り払った。純血種の力には、混血種の美玲では敵わない。美玲はたたらを踏んで後退りし、隣の机にぶつかってようやく止まった。


「何度も同じことを言わせないでくれるかしら。あなた如きの力で、私がどうこうできるわけがないでしょ」


 ミギーは冷たい視線を美玲に向けた。そして再び翔太にしなだれかかる。


「私はね、欲しいものは必ず手に入れるの。全国優勝だってそう。翔太だってそう。あなたに譲る気はないわ」


「ずるい……ずるいよそれ……!」


 美玲は唇を噛みしめた。尻尾が悔しそうに震えている。オレンジの瞳の端に、うっすらと涙が浮かんでいた。


「力で敵わないからって泣くの? やっぱりハーフは弱いわね」


「ミギー……!」


 美玲は拳を握りしめた。その手が震えている。


 翔太はそんな美玲の姿を見て、眉をひそめた。


「おい」


 翔太はミギーの腕を強引に振りほどいた。


「あら?」


「俺はてめえのものになった覚えはねえ。それに美玲にそんな言い方すんじゃねえ」


 ミギーは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに口元をゆるめた。


「へえ。ますます興味が湧いたわ。そんなにその雑種が大事なの?」


「美玲は雑種なんて名前じゃねえ。原美玲だ。間違えるな」


 翔太の言葉に、美玲がはっと顔を上げた。涙で濡れたオレンジの瞳が翔太を見つめる。


「翔太……」


「ふうん。やっぱり面白い」


 ミギーは立ち上がると、スカートの裾を直しながら優雅に笑った。


「いいわ。今日のところは引いてあげる。でも私は諦めないから。翔太、あなたはきっと私のものになる」


 そう言い残して、ミギーは自分の席へと戻っていった。白い尻尾が、勝ち誇ったようにゆらりと揺れている。


 教室には重い空気が残った。生徒たちはちらちらと翔太と美玲を見比べながら、ひそひそと囁き合っている。


 美玲はうつむいたまま席に座り込んだ。尻尾が力なく垂れ下がり、肩が小さく震えている。


「美玲」


 翔太が振り返って声をかけた。


「……なに」


「気にすんな。あんなやつの言うこと」


「……だって、私、また力で敵わなかった。純血種には勝てないのかなって……」


「走りで勝負しろ。お前の武器はそれだろ」


 美玲は顔を上げた。オレンジの瞳が、まっすぐに翔太を見つめる。


「……うん」


 彼女は涙を手の甲でぐいと拭いた。その顔にはまだ悔しさが残っているが、それでも口元には小さな笑みが浮かんでいる。


「翔太、ありがとう」


「別に」


 翔太は照れくさそうに前を向いた。耳の先がほんのり赤い。


 教室の窓からは、まだまだ暑い九月の陽射しが差し込んでいる。扇風機がカタカタと音を立て、遠くで運動部の掛け声が聞こえた。セミの鳴き声は、もう少しだけ続きそうだ。


 美玲は翔太の背中を見つめながら、心の中で誓った。


 ――次は絶対負けない。走りでも、何でも。


 彼女の尻尾が、決意を込めて静かに揺れた。

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