ミギー・クロック再び
「あら。あの時のハーフちゃんじゃない」
ミギーの声が教室に響いた瞬間、クラス中の視線が美玲に集まった。美玲はぐっと唇を噛みしめ、尻尾がピンと緊張したように伸びる。
しかし、ミギーは美玲に一瞥をくれただけで、すぐに興味を失ったかのように教室を見渡した。青い瞳がせわしなく動き、まるで何かを探しているかのようだ。
そして、その瞳が翔太を捉えた瞬間、ぴたりと止まった。
「あっ!」
ミギーは突然大声をあげると、教壇から飛び降りるようにして翔太の席へと駆け寄ってきた。教師が「おい、まだ紹介の途中だぞ」と声をかけるが、まったく耳に入っていない様子だ。
「あの時の! あの時の人間! やっぱりここにいたんだ!」
ミギーは翔太のすぐ目の前に立つと、じっと翔太の顔を見つめた。それから、まるで何かを確かめるように、すんすんと鼻を鳴らし始める。
「ちょ、なに……」
翔太が後ずさろうとしたが、ミギーはさらに身を乗り出して翔太の首元に顔を近づけた。白い髪が翔太の頬に触れそうになる。
「……いい匂い」
ミギーはぼそりと呟いた。その白い頬がほんのりと赤く染まっている。教室中がざわつき始めた。
「え、なにあれ」
「ミギーさんってあの全国優勝の……」
「なんで翔太くんに……」
翔太は完全に固まっていた。目の前にいるのは全国大会優勝者で、純血の白龍種で、しかも美玲をさんざん馬鹿にした相手だ。なのに今、その相手が自分の匂いを嗅いで「いい匂い」と顔を赤らめている。状況が理解できない。
「あの時、あなたがあのハーフに声援を送った途端、彼女の力が急激に上がった。あれは偶然じゃないわ。あなたが……あなたこそが……」
ミギーはうっとりとした表情で翔太を見つめながら、さらに顔を近づけようとした。
その瞬間だった。
「離れなさい!」
美玲が翔太とミギーの間に割って入った。オレンジの瞳が怒りに燃え、尻尾が大きく逆立っている。手はミギーの肩を力強く押し返そうとしていた。
「ミギー! あんた、なんでここにいるのよ! っていうか翔太に近づかないで!」
「あら、ハーフちゃん」
ミギーは押し返されてもびくともせず、むしろ美玲を見下ろすような視線を向けた。小柄な体つきなのに、その存在感は圧倒的だ。
「私が誰に近づこうと、あなたに関係あるかしら?」
「大有りよ! 翔太は私の……私の……」
美玲は一瞬言葉に詰まったが、すぐに顔を上げた。
「私の大事な幼なじみなんだから!」
「ふうん、幼なじみねえ」
ミギーはつまらなそうに鼻を鳴らした。そして美玲の手を軽く払いのけると、もう一度翔太に近づこうとする。
美玲はそれでも食い下がらなかった。両手でミギーの腕を掴み、力いっぱい引き離そうとする。尻尾が怒りでぶんぶんと揺れ、オレンジの瞳は今にも火を吹きそうだ。
「離れなさいったら!」
「あらあら。雑種ちゃんの力如きで、純血の龍がどうこうできるわけないじゃない」
ミギーは冷たく言い放った。その言葉に、教室の空気が凍りつく。
「ざっ、雑種……」
美玲の顔からさっと血の気が引く。それでも彼女は手を離さなかった。むしろ、ぎゅっと強く握りしめる。
「それでも! それでも離れなさい! 翔太に変なことしたら承知しないんだから!」
「変なことって何かしら。私はただ、この人間の匂いを嗅いでいただけよ。ドラゴンなら匂いで相手の本質を見極めるのは当然でしょ? ああ、でもハーフだから知らないのかしら。そういう本能的な部分が欠けてるのね。かわいそう」
美玲の手が震えている。悔しさで涙が滲みそうになるのを必死にこらえているのが、翔太にもわかった。
「……うるさい」
翔太は立ち上がった。
「翔太?」
美玲が驚いた顔で翔太を見る。翔太はミギーの前に立ちはだかると、冷めた目で彼女を見下ろした。
「てめえが何者か知らねえけどよ。美玲にちょっかい出すなら、俺が許さねえ」
ミギーは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに口元をゆるめた。
「へえ。やっぱり面白い人間ね、あなた。ますます気に入っちゃった」
「翔太……」
美玲の尻尾が、ほんの少しだけ嬉しそうに揺れた。
教壇では、担任の教師がこめかみを押さえながら深いため息をついている。始業式前の教室は、すでにカオスの様相を呈していた。




