ぼ〜...
春の夕方。コンビニの窓から差し込む日差しは、日ごとに長くなってきている。店内には新生活応援セールのポップが並び、花見の帰りらしい客が飲み物を買い求めてはレジに並んでいた。
翔太はいつものようにレジに立ち、客の精算をしていた。ただ、今日は少しだけ様子が違った。手元に目を落とす時間が多く、時折、虚空を見つめては眉をひそめている。明らかに考え事をしていた。
「翔太、袋いらねーから」
聞き覚えのある声に顔を上げると、陸上部のジャージ姿の美玲がスポーツドリンクとプロテインバーをカウンターに置いていた。部活終わりらしく、首にはタオル、額にはうっすら汗が浮いている。
「……ああ、お前か」
「『ああ、お前か』って何? 私、客だよ客。もうちょっと丁寧に対応してくれてもいいんじゃない?」
美玲が口をとがらせる。翔太は無言で商品をスキャンし、レジ袋を使わない旨を確認してから会計金額を告げた。美玲は小銭を出しながら、翔太の顔をじっと見つめる。
「翔太、なんか今日おかしくない?」
「別に普通だろ」
「ううん、絶対違う。なんか、心ここにあらずって感じ。さっきの店員同士の挨拶にも反応してなかったし」
「してた。多分」
「してなかったって。今も私のプロテインバー、二回スキャンしたでしょ。別に二個買ってないよ」
美玲が指差す先では、レジ画面に商品が二個分表示されている。翔太ははっとして、素早く訂正する。それを見た美玲が、にやりと笑った。
「やっぱり。どうしたの? 翔太がそんなにぼーっとしてるなんて珍しい。なんか悩みごと?」
「……別に」
翔太は視線をそらす。美玲はレジ台に両肘をついて、ぐいっと顔を近づけてきた。
「女の子のこと? それともお金? もしかして、奈々穂さんのこと?」
その言葉に、翔太の指が一瞬止まった。美玲はぴくりと反応した翔太の変化を見逃さない。
「あ、当たり? 奈々穂さんのこと?」
「……聞いてどうすんだよ」
「え、何々? 奈々穂さんがどうしたの? 体調でも悪いの!?」
美玲が急に真剣な顔になる。翔太はため息をついて、釣り銭を手渡した。
「そうじゃない。……母さんの誕生日、近いんだ」
「えっ、奈々穂さん誕生日なの!? いつ!?」
「来週の土曜」
「来週!? じゃあ何かプレゼント考えてるの?」
美玲は目を輝かせて身を乗り出してくる。翔太はまたレジの画面を操作しながら、面倒くさそうに言った。
「だから今考えてる最中。バイトの金も貯めてるし」
「えー! じゃあこの前のシフト増やしてたの、そのため? すごい! 翔太、やっぱり奈々穂さん想いだね!」
「でかい声出すな」
翔太は周囲を気にしながら小声で言った。幸い、店内には他に客はおらず、自動ドアも静かだった。美玲は口元を押さえながら、それでも嬉しそうに尻尾を揺らす。
「で? 何あげるか決まったの?」
「それがまだ。母さん、物に執着しないから」
「確かに、奈々穂さんは形より気持ちってタイプだもんね。でも、翔太が選んだものなら何でも喜ぶと思うよ」
美玲の言葉に、翔太は少しだけ照れたように目を逸らした。
「……そういうのいいから。お前はさっさと帰って練習しろよ」
「もう部活終わったもん。それに翔太が面白いこと考えてるから、ちょっと付き合ってく」
「帰れ」
「やだ。奈々穂さんの誕生日、私もなんかプレゼントしたい! 一緒に選んでもいい?」
「お前は来週までに試合があるんじゃなかったのか」
「試合は再来週! だから大丈夫。ね、翔太、明日のバイト何時まで? 私も買い物つきあう!」
美玲は満面の笑みでそう言った。翔太は深いため息をつきながらも、拒否しきれない空気を感じ取っていた。レジの向こうでは、夕暮れの光が彼女のオレンジ色の髪をやわらかく照らしている。
「……勝手にしろ」
「やった! じゃあ明日、ここに来るね!」
そう言って美玲はスポーツドリンクを手に店を出ていった。自動ドアが閉まると同時に、翔太はレジ横の台に手をついてうなだれる。
「……なんであいつに言ったんだ、俺」
だが心のどこかで、一人で考えるより気が楽になっている自分がいることにも、翔太は薄々気づいていた。




