一緒の登校
春の朝は、柔らかな日差しがアスファルトを優しく照らしている。住宅街のあちこちでは、通学路に散った桜の花びらが風に舞い、まだ少しだけひんやりとした空気が頬をかすめる。
「翔太、早く早く!」
井上家の玄関を出るなり、美玲は肩掛けのスポーツバッグを揺らしながら、数歩先で振り返る。昨日借りた部屋着から、今はもう学校指定の制服に着替えている。スカートの裾が春風でふわりと揺れ、その下から伸びる脚は、やはり陸上で鍛えられたしなやかさがあった。
「朝から元気だな、お前は」
翔太はあくびをかみ殺しながら、無造作に靴を履いて家の鍵を閉める。後ろでは奈々穂が「いってらっしゃい」と手を振っていた。翔太が軽く手を上げて応えると、美玲も一緒になって「行ってきます!」と大きく手を振り返す。
「美玲ちゃん、またいつでも来てね」
「はい! 今度は泊まりじゃなくて夕飯だけでもお邪魔します!」
「だから勝手に来るなっての」
翔太はため息混じりに歩き出す。美玲はにこにこと笑いながら、その隣にぴたりと並んだ。通学路はまだ桜の季節の名残を残していて、道路脇の桜並木が朝日を受けて淡いピンクに輝いている。
「こうやって翔太と一緒に学校行くの、すごい久しぶりな気がする」
美玲はふと、遠くを見るように空を見上げて言った。
「そうか?」
「うん。小学校の頃はよく一緒に歩いてたじゃん。あの通学路、途中に犬がいる家があったでしょ。いつも吠えられて、翔太が私の前に出てくれてた」
「……覚えてない」
翔太は前を向いたまま言う。美玲は彼の横顔をちらりと見て、口元をほころばせた。
「翔太はそう言うと思った。でも私は覚えてるよ。あの頃から翔太、背はあんまり高くなかったのに、私の前だけには立ってくれてた」
「今もそんなに変わらないだろ、身長」
「え? あ、そうじゃなくて! ほら、気持ちの問題!」
美玲は慌てて手を振りながら言う。翔太はその様子に小さく笑った。本当に、こいつは朝から忙しい。
「別に、今も前を歩いてるだけだろ」
「ううん。今は横にいる。それだけで、なんか懐かしいなって」
美玲はそう言って、スカートのポケットに手を入れながら、少しだけ歩くスピードをゆるめた。翔太もつられて歩調を合わせる。春の風が二人の間を抜け、桜の花びらをはらはらと運んでいく。
「……お前、今日も部活だろ。朝練ないのか?」
「あるよ! だからちょっと早足で行かなきゃ。翔太も一緒に走る?」
「走らねえよ」
「えー、せっかくの春なのに。走ると気持ちいいよ」
「お前と走ったら余計疲れる」
「ひっど! 私、陸上部のエースなんだから、翔太くらい軽く置いてけぼりにできるもん」
「じゃあ置いてけばいいだろ」
「やだよ。せっかく一緒に学校行けるんだもん」
美玲は無邪気に笑って、翔太の制服の袖をちょんとつついた。翔太はそれを鬱陶しそうに払うが、その手に力は入っていない。
やがて校門が見えてくる。通学路には同じ制服の生徒たちが増え、中には美玲の姿を見つけて手を振る陸上部の仲間もいる。
「美玲ー! おはよー!」
「おはよー! 今日も走り込むよー!」
美玲は大きく手を振り返し、ぱたぱたとその場で軽く跳ねる。それから翔太の方を向いて、いたずらっぽく笑った。
「翔太、今日も昼休み、弁当ちょーだいね」
「自分で食え」
「ケチ。じゃあまた後でね!」
そう言って美玲は、陸上部の仲間たちの方へ駆け出していった。オレンジの髪と赤みの混じった尻尾が、朝の光の中で揺れている。
翔太はその背中をしばらく見送ってから、小さくため息をついた。
「……朝からテンション高すぎだろ」
だが、その口元は、ほんのわずかに緩んでいた。




