原美玲の思い
春の夜の空気は、部屋の中をゆっくりと冷やしていく。翔太のベッドの中で、美玲は小さく身じろぎして、深い眠りへと落ちていった。
夢を見ていた。
桜の花びらが舞い散る、春の放課後。小学校の校庭の隅、鉄棒のそば。空はまだ明るく、西の空がうっすらとオレンジ色に染まり始めている。
「お前のせいで、リレー負けたんだぞ!」
数人の同級生に囲まれて、小さな美玲はうつむいていた。陸上大会のリレーのことだ。バトンを落としたのは、たぶん自分じゃない。でも、尻尾を引っ張られたり、髪をからかわれたりするたびに、言い返せなくなっていく。
「ドラゴン娘のくせに、速く走れないとかありえねーし」
「尻尾、重そうだもんな。切ってやろうか?」
少年たちのゲラゲラと笑う声が、耳の奥にこだまする。美玲はぎゅっと目をつぶり、両手でスカートの裾を握りしめた。尻尾は怖さで自分の脚に巻きついてしまう。
「やめろよ」
その声は、突然だった。
美玲が顔を上げると、いつの間にか翔太が立っていた。同じ年のはずなのに、妙に落ち着いた目をして、いじめっ子たちの前に一歩踏み出す。
「なんだよ平井。お前に関係ないだろ」
「関係ある。こいつに手出すなら、俺が相手する」
翔太の声は冷たく、低い。いじめっ子たちは一瞬たじろいだが、すぐに笑い出す。
「はっ、一人で何言ってんだよ! やれるもんならやっ」
その先を言わせなかった。翔太の体がふわりと動き、気づけば先頭の少年が地面に尻餅をついている。殴られたわけでもない。ただ、足を払われた。それだけのことが、まるで手品のように速かった。
「なっ、おまえ!」
「次やったら、もっと痛くする」
翔太は無表情のままそう言って、美玲の手を引いた。その手は温かくて、少し硬くて、でもすごく安心した。美玲は何も言えず、ただ引かれるままに走り出した。
「翔太、待って……!」
「走れるだろ。陸上やってんだろ」
翔太は振り返らずに言う。美玲は涙でぐちゃぐちゃになった顔をぬぐいながら、必死にその背中を追いかけた。桜の花びらが、二人の周りでくるくると舞っている。
「ありがとう、翔太……!」
夢の中で、美玲は何度もそう呟いていた。
夜が明ける。春の朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋の中を柔らかく照らしていた。美玲はゆっくりと目を開ける。まぶたの裏に、まだあの日の桜の残像が残っている。
「……翔太」
隣を見ると、翔太は壁側を向いて眠っていた。美玲はその背中を見つめながら、心の中でそっとつぶやく。
あの日からずっと、私は翔太のこと、大好きなんだよ。
美玲はもう一度目を閉じ、小さく息を吐いた。




