5.
「さて、どのようなお考えで?」
自室に戻って開口一番、セドリックの低い声は私を責め立てる。
「最近の殿下のご様子に皆戸惑っております。使用人達への態度然り、厩舎の者への態度然り、本日騎士団への、まるで殴り込みのような―――………」
恐らく前半は態度の変わりざまとしては好意的に捉えられているが故に今まで口にしなかった部分だが、今回の騎士団への押し入りについては窘められるべき事だろう。
本来騎士団になんらかの働き掛けをするなら、統括する軍務局なり上を通すのが筋である。
そうであれば無碍にあしらわれる事はまずない。
それなのに今回の私とくれば、突撃して団長相手に直談判である。
ワガママな王子が騎士団に無茶苦茶な要求をして、王族の品位を落とす、なんて事も言われかねない行為だ。いや多分、もうどこかで噂されていることだろうな。
まあ、ちょっとだけ王子様が望んだ通りに事は進むもんだと慢心していた部分はあるよ。
いけないな、ゲームの世界だからというなんでもご都合展開になるはずもないのにね。
しかしさて、どう説明したものだろう。
だって私にはセドリックを納得させるだけの高尚な理由は用意出来ない。
ただ最初から言っている通り身体を鍛えたいわけだけど、それはそもそも目的のための手段なわけで。
しばらく悶々と考えていたけれど、考えはまとまらない。
そもそも女子大生の記憶があっても、私は6歳だしね?
なので、ぶっちゃける事にした。
「私はね、格好いい王子様になりたいんだ」
いざ言葉に出してみると、どうだコレ、とんでもなくアバウトな目標じゃないか?
私の答えを聞いたセドリックも、いつもの無表情の様相を崩してぽかーんと口を開けている。
「呆れてる?」
「いえそのような事は」
怪訝そうに問いかければ、セドリックは一瞬でいつもの表情に戻って恭しく礼をした。
いやいや、バカにしてるだろ、絶対バカにしてるだろ!
「私はね、格好いい王子様になりたいんだ! だから乗馬も上手くなりたいし、筋肉だって付けたいし! 剣で戦える王子様格好良いでしょう! そうでしょう!?」
バカにされていると思って、私はつい感情的にキャンキャンと叫んでしまった。
お子様は怒りの沸点が低い。
そんな私を、今までにないくらい微笑ましい表情(まあ無表情だけど、当社比)で見つめてくるセドリック。
「もう! ちゃんと信じてよ!」
「信じておりますとも」
最後に叫びあげた声に、セドリックは被せるように声を返す。
その余りに深くしっかりとした声に、思わず私は息を止めてしまった。
「格好良い王子様……なるほど、クリストファー殿下はそれをお望みなのですね……」
まるで自問自答するようにぶつぶつと呟くセドリックの瞳は、今までに見たことが無いような野心的な光が灯っていた気がする。
「それでは、もちろん机上学問の分野においても師事をお望みですよね」
セドリックの口から零れたのは、私が次の段階で望もうとしたものだ。
馬をカッコよく乗りこなし、程よく筋肉がついて剣術の腕もあり、さらに頭脳明晰であれば完璧。
思わず私はコクコクと力いっぱい頷いた。
するとセドリックは、今までに見た事が無いほどの超絶満面の笑みを見せる。
「分かりました、クリストファー殿下。 どうか私にも貴方を格好良い王子様にするお手伝いをさせてください」
腰を折り恭しく頭を下げるセドリック。表情は見えないけれど、その声音は非常に機嫌が良い。
っていうか、本当に? セドリックは私の野望を手伝ってくれるの?
こんなアバウトな目標に付き合ってくれちゃうの?
これはとんでもない助っ人を得た、と飛び上がって喜んだ。
◇◇◇◇◇◇
「別にこれにまで付き合ってくれなくて良いのに」
翌日訪れた第三騎士団の演習場にて、グレアムとの約束通りこれからランニングを始めようとする私の後ろに、軽装のセドリックが立っていた。
「お手伝いをすると申し上げましたので」
胸に手をあてて深々と頭を下げるセドリック。
どうやら、グラウンド1000周にも付き合ってくれるらしい。
と言っても、幼年たる私と成人男性のセドリックでは足の長さが違うため、私のランニングに速度を合わせればセドリックは競歩で事足りる。
付き合ってもらうのは何だか申し訳ないな、と最初は思っていたけれど、セドリックは私の体調などをしっかりと観察し、水分の補給や休憩などの助言やサポートを徹底してくれた。
いかんせんお子様な自分は休憩なんて頭が全くなかったし、ましてや汗を拭くタオルも水分補給のための水も準備していなかったよね。
水だけでなくレモンの蜂蜜漬けなんかも出てくるの、もはやマネージャー。
本当に最高の助っ人だよ、セドリック。
認識を改めて拝む勢いだったのだけど、こと座学についてはかなりのスパルタだったのでほんのちょっとだけ手伝いをお願いした事を後悔したのは、ここだけの秘密。
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