7.皐月の季節⑤ 我慢
「てめえ! 調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
用を足して教室に戻ろうと廊下を歩いていた時だった。
いきなり男の怒鳴り声が窓の外から聞こえてきた。
少し気になったので窓の外を覗いてみると、金髪のジャージを来た男が中庭で壁に手を突いて誰かに怒鳴り散らしていた。
おいおい、今時あんな絡み方するヤンキーなんか見ねえぞ。
俺はこのヤンキーのテンプレみたいな光景に少し興味を持ち、少し様子を見ることにした。
そして、このテンプレ的なヤンキーに絡まれているのはどんな人なのか気になって顔を見てみると……。
あれ? 古藤さんじゃん。
我が赤組団の組団長を勤める古藤昇治先輩であった。
「お前が組団長やってる時点で赤組の優勝はないようなもんだろ!」
「何故そんなことが言いきれる!?」
話の感じだと、どうやら言い合いをしているようでカツアゲとかではないようだ。
俺は声が聞こえるところまで移動し、隠れて聞き耳を立てていた。
「あ? んなのお前みたいなへっぽこが組団長やってるからに決まってんだろ! そもそも、お前が上に立つこと自体が間違いなんだよ」
「例えそうだとしても……僕がへっぽこの組団長だとしてもそれが優勝できない理由にはならないぞ」
「ふっ、なるぜ。お前を組団長にしたようなやつらの集まりだ。そんなやつらの実力なんてたかが知れてる。大したことのない雑魚だってな」
「おい木ノ崎、ふざけるな。僕のことはともかく、皆を馬鹿にすることは許さないぞ……!」
古藤さんの目付きが少し鋭くなる。
というか、こいつむかつくな。
ぶっ飛ばしてやろうか。
そんなことを思っている中、2人の口論は続いていく。
「「皆のことを馬鹿にするのは許さないぞ……!」ってか。正義ぶってんじゃねえよ。はあ……こんな団長のもとじゃ赤組に行った俺の仲間が憐れだぜ」
「別にそんなつもりはないけど……。というか、皐さんは寧ろ僕を組団長に推した内の1人だし……」
「別にあいつはどうでも……って何だと? あの野郎、あとでぶっ飛ばしてやる!」
「おい! 皐さんは関係ないだろ!」
「ああ!? てめえこそ関係ねえだろ! うちのチームのことだ! 口出すんじゃねえ!」
「何だと!」
「あ? やんのか? 雑魚がこの俺に勝てるのかよ?」
ここまで聞いたところで我慢の限界だった―――。
「先生こっちです! 中庭で3年生が喧嘩をっ!!」
俺は隠れたまま大きな声で叫んだ。
「ちっ……!」
俺の声で先生に来られるとまずいと思ったのか、金髪は舌打ちをしてそそくさと立ち去って行った。
先生なんて周りには1人もいない。
ああいうのには案外この手が効くもので、俺の言葉はもちろん虚偽である。
俺が顔を出して外を見ると、金髪の姿は既に見えなくなっていた。
「……あ」
そして、俺の声で辺りをキョロキョロと見渡していた古藤さんと視線がばっちり合ってしまった。
「ありがとう、助かったよ」
「いえ……」
現在、俺は中庭のベンチに古藤さんと一緒に腰掛けていた。
「あいつ……木ノ崎はああいう風にちょくちょく僕に絡んできていてね。みっともないないところを見られたよ」
「みっともないことはないんじゃないんですか? 古藤さん、あの木ノ崎って人にちゃんと言い返してたし。盗み聞きしてた俺は正直ぶん殴ってやろうかと思ってました」
「はははっ。その割にはかしこいやり方で木ノ崎を追い払ってくれたね」
「まあ、言い方はあれかもしんないすけど、自分の関係ないところでめんどくさいことになりたくなかったんで」
「はは、その通り。それこそ、君が仮に木ノ崎を殴って停学処分になんてさせられてたらただの殴り損だ」
さっきまで言い合いしてた人とは思えない程よく笑う古藤さん。
「そう言えば、君は今日の騎馬戦練習で活躍してた組の人だよね?」
「ああ、はい。1年Ⅰ組の日向南って言います」
「Ⅰ組ってことはアビリティ科か。ってことは騎馬戦だけじゃなくて2日目のアビリティ競技にも期待しなきゃな」
「ははっ、まあ、あまり過度な期待はしないように……」
「ま、日向君、君たち1年生は初めての体育祭なんだ。楽しんでやってくれ。3年生は今年が最後だからちょっと本気になってるのもいるけど、あまり気にしないで」
古藤さんはそう言って笑った。
多分、さっきのこととか体育祭のこととか、俺に気を遣わせないようにしているのだろう。
「あ、やっと見つけた!」
そんなことを考えていると、廊下の窓がガラッと開き、女子の声が聞こえてくる。
「皐さん」
古藤さんは窓を開けた女子を見て、「あっ」と何かを思い出したような顔をした。
「「あっ」じゃないよ。放課後練習の段取り組もうって言ったの昇治君なのに本人が来ないんだもん。皆で探してたんだからね!」
そう言って頬を少し膨らませる皐さんと呼ばれる女子。
組団練習でもよく指示を出したりして目立っている青髪短髪で背が男子とあまり変わらないスラッとした美人の3年生である。
「ごめんごめん、今行くよ」
古藤さんは皐さんに頭を下げると、
「じゃ、日向君、また明日よろしくね」
と言って校舎の中へと消えていった。
……帰ろ。
俺は晃太が教室で首を長くして待っていることも知らず、教室へと戻っていった。




