第二十七話「MARSオンライン『氷の町ノースピース』」
小高い丘から、風子達は遠くに見えるノースピースの町を見下ろした。
草原の中に佇む石造りの建物は北欧ののどかな田園のようにひっそりとした平和な町並みを予感させた。
だが風子達はその町よりも、町の後方にそびえる異様な物体の方に目を向けざるを得なかった。
それは氷でできた巨大な大木だったのである。
町などはただのジオラマにしか見えないほどにそれは気高くそびえ立っていた。
氷はまるで世界を侵食せんばかりに、その蒼くも黒い根を地表に伸ばしていた。
「何やあれ……」
読子はその近寄りがたい雰囲気に身じろぎした。
水の精霊王について聞いていた彼女達は、砂漠の城とは比べ物にならないほどの巨大な大木の存在に恐怖しないではいられなかった。
「これで砂漠の王より弱いっつう淡い期待は失せたな」
野薔薇はただボソリと呟いて町に向かって丘を降りていった。
他の連中もそれについていくように丘を降りた。
読子は肌を刺すような風に身震いをしたかと思うと、小走りで先行く野薔薇達を追いかけた。
「……戦闘はせぇへんで……イベント起こすだけやからな!」
*
北欧の田舎町に合った服に着替えた風子達は、さっそく大木に関する聞き込みを開始した。
しかし、誰もその町をも侵食せんとする大木を問題視する者はいなかった。
正確に言うと、もう問題は起こった後だったのだ。
ノースピースと異国から来た者の争いは終わり、その残党が氷の大木を根城として今も君臨しているのだ。
これほどまでに大きくなった大木に、為す術もなく町人はノースピースを捨てて出ていこうとしている所だったのだ。
読子は町の人達の意見から、イベントの全容を掴もうとした。
「これは恐らく時間経過でストーリーが変わるタイプのイベントやな。早めに手を打たへんと氷の根に町が侵食されてしまうんやと思う」
それを聞くと、野薔薇は拳を鳴らして氷の大木を見上げるように睨みつけた。
「結局、この大木の中に入る事になるんだろ?さっさと行こうぜ」
野薔薇が行こうとすると、そこに他のプレイヤーの名前がちらりと見えた。
一人だけではない、町中を様々なプレイヤーが歩いていたのである。
序盤から砂漠に向かった風子達はほとんど他のプレイヤーと接触していなかったが、本来はこれがオンラインゲームの姿なのである。
野薔薇は読子に、当然起こるであろう疑問を呈した。
「イベントって他のプレイヤーと取り合いにならないのか?」
「イベントは自ら起こすか、すでに起こってるイベントに参加する事もできる。けど大きなイベントやと終了後に次のイベントが起こせるようになるまで時間が必要やったりする」
「じゃあ先を急がねーと取られるじゃねーか」
「まぁな。けど下手に自分で起こすよりは誰かが起こしてくれたイベントに入る方が確実やで。もらえる経験値は下がるけど、大きなボスなら大勢で戦った方が有利やしな」
「なんかつまんなくねーか?それ」
野薔薇は大勢で一人を倒すというRPGの方式に納得いかない様子だった。
「こっちの戦闘参加人数が増えたら相手のボスも強くなったり、ボスに仲間が増えたりするから、実はその辺はちゃんと調整されてるんよ」
「ふーん」
野薔薇は完全に納得したようではなかったが、それ以上読子に質問はしなかった。
なおも情報を求めて風子達が町を歩いていると、突然臨時アナウンスがワールド中に響き渡った
「プレイヤーの皆様にご連絡いたします。
さきほど、ワールドに不正アクセス者が現れました。不正アクセス者は未実装のナヂ砂漠のポータルからワールドに侵入した模様です。決してナヂ砂漠には近寄らないで下さい。また、本サービスは2時間後に緊急メンテナンスを行います。
繰り返します。本サービスは2時間後に緊急メンテナンスを行います」
驚いて空を見上げるプレイヤー達。
「風子、お前まさか砂漠で……」
野薔薇は風子の血だらけになった姿を思い出した。
風子は敗北を皆に悟られまいとするものの、観念したように口を開いた。
「そうだよ、負けたんだよ……レベル1の丸腰の奴らに!」
風子は悲痛な叫び声を上げた。
続けて聞こえてきたのはグループアナウンスだった。
これはグループだけに聞こえる音声で、この場合は炎天学園の生徒にしか聞こえないアナウンスである。
「主催者の蕪木だ。緊急メンテの為、部対抗戦をメンテナンス開始と共に終了とする」
なおも蕪木の無骨な声が響く。
「なお、それでは後半に賭けて準備してきた者が損をする結果になると思うので、一つだけ特別ルールを設けさせて頂く。
それは不正アクセス者の特定だ。
もし現在ワールド内にいる不正アクセス者を特定できたパーティーがあれば、レベル1位のグループと1位を決める為の再試合を行う権利を与えよう。その不正アクセス者全員のリストを持ってくればそれを証拠とする。では2時間後にまた会おう」
風子達は顔を見合わせた。すでに心当たりがあるからだ。
「読子ちゃん、他のプレイヤーのリストって何?」
「何らかのコンタクトを取れば、ステータス画面から確認できる接触者リストの事やな。不正アクセスかどうかもそこから調べたら分かる。風子ちゃんのステータス画面見せて」
読子は風子のステータス画面に書いてある、直近の接触者リストを確認した。
そこに、スキンヘッドで十字傷の男の顔が現れるや否や、風子の顔が豹変した。
「こいつ!こいつにやられたんだ!」
風子は憎々しげにその男を見つめた。
「名前はゲルニカ‥…か。確かにポータルの所が空欄になっとるから、最初の町から来たんや無さそうやな」
「他にも4人くらいいたよ」
「このゲームは基本5人PTやからな。全員と会話するか、交戦したらステータス画面には乗る。けど……」
はたして風子を一撃で倒した人間のいるPT全員と交戦する事などできるのだろうか、と読子はとまどった。
だが好戦的な野薔薇は、まるで自分の出番だとでも言いたげに胸を踊らせた。
「そいつら捕まえようぜ!」
「無理や。そんな事してパーティの人数減ったら負け確定やで。せっかく現在では1位かもしれんのに、わざわざ棒に振る事なんてない」
「1位?どうやらその期待はもう無さそうだぜ」
野薔薇は町行くプレイヤーの一人を指差した。
「あいつでさえ私らより上じゃないか。VRMMO部の蕪木なら、もうとっくに私らの上を行ってるだろう」
「そんな!」
「あいつが特別ルールを設けたのは、主催者である自分たちの一人勝ちになって非難を浴びる事を回避する為なんじゃねーの?」
「そんな……」
読子は思わず考え込んだ。
だが風子は時間が惜しいとばかりに、遠くにある巨大な大木を指差した。
「とりあえず大木!あのイベントをやらない事には帰れないよ!ね、行こ!」




