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第二十六話「MARSオンライン『届き得ぬ世界』」

「そや、レベルの確認しとかんと」


 砂漠を出ようと一同が歩く中、読子は突然思い出したように立ち止まった。

 読子は封印され、黒ずんだ右腕を離して、左手でステータス画面を開いた。


「どうしたの?読子ちゃん」

「経験値の入る法則性みたいなのが分かるかもしれん。みんなステータス画面出して」


 全員のステータス画面を食い入るように見つめる読子。

 風子はその経験値の上昇量に驚きの表情を見せた。


「すごい!みんなレベル30くらい上がってるよ!」

「一番レベル上がっとるのは風子ちゃん、その次に野薔薇さん、私、紅葉さん、そして三條さん、か……」

「どういう基準なの?」

「私と野薔薇さんは気絶しとったのに経験値入ったという事は、バトル経験値は相手を倒した時に入るわけや無さそうやな……」


 頭を悩ませる読子に、風子は言った。


「仮にも経験値って言うくらいだから、珍しい経験したら沢山入るんじゃないの?」

「……たしかにそうやな。強い敵を倒したときに入るって、勝手に考えてたわ。

 イベント経験値は起こすだけで入るけど、バトル経験値もバトルの中で色んな経験をしたら沢山入るんかもしれん」


 野薔薇は過去を振り返って苦い顔をした。

 

「そりゃ、あんな経験したらなぁ……」

「もう二度とごめんやな。これからは堅実プレイでいこう」

「賛成~、の反対~」


 野薔薇はいたずらそうに微笑んだ。


「あかん。野薔薇さんはまたやりそうや」

「まーこんだけレベル上がったんだ。他のプレイヤー見つけたら喧嘩売って問題ないと思うぜ」

「そういう思い上がりが……って、あれ?風子ちゃんは?」


 風子の姿がない事に気づく読子。

 紅葉は砂漠の小高い丘の向こうを指差して答えた。


「なんか遠くに他のプレイヤーが見えたって走っていったぜ」

「まじか……」

「私より風子に釘を刺すべきだったな、ハハハ」


 野薔薇はすこぶる機嫌が良さそうに笑った。



――風子は遠くに見えた蜃気楼のような影を追って走っていた。

 何もない砂漠に出現した影は、好奇心の強い風子を強く惹きつけた。


 だが影のあった場所にはただ、何者かの住処だったと思われる岩場だけがあった。

 

「おっかしいなぁ、この辺りにいたんだけどな」


 風子がキョロキョロと見回していると、入り組んだ岩場の影から、5人の男が出てきた。

 影のように見えたのは男達の黒い服のせいだった。


「誰だお前」

「聞くまでもねー、プレイヤーに決まってるだろ」

「こんなとこに一人でか?近くに仲間がいるんだろう」


 口々に呟いたのは、MARSオンラインのプレイヤーと思われる強面の集団だった。

 その威圧感に風子は思わず身構えた。


「砂漠のポータルからまだこの世界に来たばかりだぜ。どうする?」

「色々吐かせてから殺すか、今すぐ殺すか、二つに一つだろう」

「目的は殺戮だろ。拷問なんてする必要ねー」


 黒マントを身につけ、スキンヘッドに左目に十字傷を負った男は確かに『殺戮』というキーワードを口にした。

 そしてまるで獲物を見るような目で風子を岩の上から見下ろした。


「こいつ学生だな」

「見りゃ分かるだろ」

「男かと思ったら女じゃねーか。どうする?」

「やっちまうに決まってんだろ」


 その時、風子の全身に耐え難い悪寒が走った。


「(何?この不快な感情。ありえない。感じたくない。逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい)」


 風子はその場から背を向けて走り去ろうとした。

 その時、黒マントの男はニヤリと口元を曲げた。


「逃げたな……?逃げるのは『狩られる側』である証だぜ……?」


 黒マントの男は一足飛びで風子に追いつき、風子の頭を掴んで砂にドンと叩きつけた。

 その攻撃は鋭い衝撃波を放ち、砂漠に深い深い溝を作った。


 静止する風子の額から血が滲み出る。

 女に対しても容赦のない攻撃は、慈悲のかけらもない。


 風子は、血だらけになりながら、地面に這いつくばってなおも逃げようとした。


「おいおい生きてるじゃねぇか」

「結構硬いぜこいつ。コンクリートなら一撃だったんだがな」


 風子はなりふり構わずに逃げようともがいた。


「(こんな奴が現実世界に存在しているわけない……!)」


 突然の事に風子は頭の整理が付かなかった。

 ワールド実装したての現時点で風子のレベルに到達しているプレイヤーは少ない。そんな風子を一撃で戦闘不能にできる人間の存在に、風子は戸惑いを隠せなかった。


「まだこの世界じゃ動き慣れねーな。だが次で確実に仕留める」

「レベルが1だからじゃねーの?こいつが1とも限らねーし。それに装備も何もないぜ」

「だーかーら、プレイヤー殺してレベル上げて装備整えるんだろ」


 黒マントの男は空中に浮かび、風子にとどめを差そうと、物凄いスピードで急降下した。

 

「死ね」


 先程とは比べ物にならないほどの衝撃波と共に、周囲の人間を巻き込むほどの砂塵が宙を舞った。

 砂煙が消えかかる頃、周囲の男たちが様子を見る為に集まってきた。


「ガキ相手にやりすぎだぞ」

「……チッ」


 黒マントの男は周囲を見回した。攻撃の手応えがなかったのである。


「どこに逃げやがった糞ガキ!」

「だっせぇー、ガキ相手に逃げられてやんの」

「うるせぇ殺すぞ!」


 黒マントの男は血眼になってその辺りの砂を撒き散らしながら大暴れをし始めた。

 かろうじて奴らの死角に潜り込んだ風子は、滝のような汗をかきながら、這うにしてその場を離れた。


 風子は攻撃を受ける直前に、砂漠の王からもらった砂神の腕輪を発動していたのだ。

 砂神の腕輪は風子の体を砂に変え、間一髪のところで逃げおおせたのである。



――野薔薇達が歩いている所に風子が戻ってきたのは、もう砂漠から出る頃であった。


 フラフラになりながら帰ってきた風子を最初に見つけたのは読子だった。


「風子ちゃんどうしたん!?」

「ううっ……」


 風子は悔し涙を浮かべ、目元を拭った。


「全然、敵わなかった……」

「強いモンスターがおったん!?」

「……うん……」


 風子には、来たばかりの他のプレイヤーに負けたとはどうしても言えなかった。


「無茶するからだよ、風子。ある程度相手の強さは確かめてから喧嘩売らねぇと」


 風子は何か言い訳する事もみっともなくてできなかった。

 消えてなくなりたい衝動に駆られた風子はただ襲い来る敗北感に打ちひしがれていた。



                *



 砂漠を抜けた一同はようやくファンタジーらしい雰囲気の所にやってきた。

 ヨーロッパの農家を彷彿とさせる緑の生い茂ったフィールドは風子達の心にしばしの安らぎを与えた。


 そんな風子達の目の前に飛び込んできたのは、古びた石造りの小屋だった。

 壁伝いに蔓が張り巡らされた、古びた小屋だ。


 人の気配を感じた風子は何げなく窓から家の中を覗いた。


 中にはひげを蓄えた、背の低い一人の老人が、火のついていない暖炉前の椅子に腰かけているところだった。

 風子は少し元気を取り戻して言った。


「話を聞こう」

「人んちに勝手に入れるのがRPGのいいところだな」


 風子と一同は大勢で古びた小屋の中に入っていった。

 老人は訪問者にさして驚くでもなく、ただ黙って席を立った。


「いらっしゃい。奥にどうぞ」


 訪問者の数を把握し、奥のダイニングと思われる場所に風子達を迎える老人。

 読子はそわそわしながら言った。


「お茶をしばいとる時間はないんやけどなぁ」

「いいじゃん。何か有益な話が聞けるかもよ」


 風子達がダイニングのイスに座ると、老人はレコードに針を落とした。

 それは冒険の厳しさを一時でも忘れさせてくれるような牧歌的な音楽だった。


「おぬしら、砂漠の方から来たのか?砂が付いとるぞ」


 老人はお茶を出しながら風子達の様子を観察していた。

 読子は少し恐縮したようにそれに答えた。


「はい、そうです」

「あそこには王がいたじゃろう」

「はい。でも倒して元の王様を王にしたのです」

「なるほどな……」


 老人はひげをさすって何か考えたかと思うと、重々しく話し始めた。


「王と言えば、この世界には各エレメントの精霊を司る『精霊王』というのがおる。

 精霊王は普段は人には見えない姿をしておるが、時々創造主の意志に応じて現象界に生まれる時期があるんじゃ」

「何かおとぎ話みたいですね」


 先を急いでいたはずの読子だが次第に関心を示し始めた。


「そんな都合の良いものではない。

 精霊王の器として受肉したとしても、現象界の王になれるものはごくわずかじゃ。

 ほとんどの者が現象界の誘惑に負けて何者にもなれずに終わるか、あるいはひどければ悪人となるものまでおる」

「では砂漠の王は精霊王なのですか?」

「砂に関する強き能力を持っておれば、砂の精霊王である可能性が高い。わしがこの目で見ん事には何とも言えんが……」


 読子と野薔薇は顔を見合わせた。


「私達が倒したのは精霊王じゃない方……で、合ってるんだよな?」

「分からん。考えたくはないけど、もしかしたら本物を倒してもうたって事もあるかもしれん」


 驚愕する二人に対して、風子は割合あっさりしていた。


「私はおっちゃんと仲良くなったから肩入れしただけ」

「いいのかよそれで!」


 野薔薇のツッコミをよそに、老人は風子の意見に優しく笑みを浮かべた。


「この世界を救うには精霊王が現象界の王になる必要があると言われておる。

 が、それよりも大切なのは精霊王が悪に染まるのを阻止する事じゃ。お主らが正しいと思ってやったのなら恐らく間違ってはおらんじゃろう。

 それよりも、砂の王を倒したお主らに、わしからクエストを授けよう。

 ……ここより北に行った所にノースピースという町がある。そこに水の精霊王の器を持った者がおる。そやつと会うのじゃ」

「どうしてそこにいるって分かるの?」

「これじゃよ」


 老人は古ぼけた亀の甲羅を取り出してきた。


「万物を写しだすこの『ヘクスシェル』がこの世界に呼応する精霊界の変化を教えてくれるのじゃ。精霊が騒ぐところに遅れるようにして現象界に異変が起こる、というわけじゃ。この甲羅の湿り具合からして水の精霊が騒ぎ出しておるのは明らか……」

「へー、便利だな。それくれよ」


 野薔薇の無茶な要求に老人は首を振った。


「ここはワールドの中心じゃ。ヘクスシェルを持っていかずともここを基点にすれば、次に行く場所はすぐに見つかる。

 さぁ北へ向かうがよい。事件が起こってからでは遅いのじゃ」


 唐突に与えられたクエストに顔を見合わせる野薔薇と読子。


「どうする?この手のイベントはまだ早いんじゃないか?」

「せやな……恐らく物語後半のイベントやから、このままいったらいずれはラスボスやで。そんなに重いイベントはいらんねやけどな」


 ためらう二人に対して、風子だけはもう心が先に向かっていた。


「行こうよ!何が起こるか楽しみじゃん!」

「さっきまでしょげてたくせに、切り替え早いわね風子……」


 エリリカは呆れたような目線を風子に向けた。



――かくも一同は次なるイベントを求め、北へ向かう事に決めた。

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