第二十五話「MARSオンライン『砂漠の大きな町で・後編』」
「はああああああああああああああ!」
町の建設に使用していた全エネルギーがスコルピオンに戻り、力を誇示するようにスコルピオンは王の間の天井を突き破り、壁を破壊した。
すると、町が一望できる絶景が読子たちの前に現れた。
「無礼をした。訪問者を迎える覚悟が私には足りなかったようだ」
「お、おかまいなく……」
アニマを宿した読子さえ、王の威圧感に足が震えた。
アニマは読子の心理状態を察したのか、柄にもなく読子に話しかけた。
「サモナー、楽シソウナ夢ヲミテイルヨウダナ」
「(これが楽しそうに見えるんなら、あんたの目は節穴や)」
「フハハ。コレダカラ人間ハ面白イ。ワザワザ自分カラ死地ヲ求メルノダカラナ」
「(悠長な事言っとらんと、この場を解決させるアイデアでもくれへんかな)」
アニマからの返事はなかった。
今の読子にとってアニマを完全に使役できるのは、両腕と鎌だけである。
アニマに頼んでも王を倒す事に協力はしてくれないだろう、と読子は諦めて前を向き直った。
すると、スコルピオンはおもむろに地面を抑えるように両手を下に向けた。
そしてその両手をクイと上に引き上げたかと思うと、突然城全体が空に向かって地面ごと浮き上がり始めた。
地震のような轟音が鳴り響く。
「何や!?」
「この城がものすごいスピードで上に向かっているぞ!」
地面を離れ、空に浮かび上がった城はやがてそのスピードをゆるめ、ゆっくりと止まった。
そこは砂漠の端から端までが一望できる、まるで砂漠全体を司る神殿のような場所だった。
「砂漠の王に相応しい場所だな。ゆくゆくはここまで築城したいものだ」
王がエリリカの方を見ると、エリリカは顔を下げてその視線をそらした。
「今クレオパトラをやめた事を後悔しても遅いぞ。お前はもうこの私に奴隷として飼われるのだからな。砂で奴隷の衣装を作り、無理やり働かせてやる」
「そんな事されるくらいなら死んだほうがマシよ!」
エリリカはショルダータックルの姿勢になった。
その態度に読子たちは思わず元気づけられた。
「私達も最後まで諦めずに戦おう、な。紅葉さん!」
「精神論で無謀な事をするのは嫌いなんだが……まあ何もせずに死ぬよりは遥かにましか」
紅葉は目を閉じて、勝利への道筋を考えた。
「(王のステータスは私達より遥かに高い。
でもさっき飛び込んだ時、それほどまでのスピードは感じなかった。
ステータスは引き出す事のできる最高値、ゆえにそれがいつも発揮されるとは限らない。
あの豪華な衣装、そして王であるという驕りが奴本来の力を発揮する事を妨げているとしたら……)」
紅葉は冷静に状況を判断し、自分の気持ちの昂ぶりを沈めた。
絶対に倒せない相手じゃない。そんな相手は存在しない。
そう自分に言い聞かせるようにし、やがて目を開けた。
その一方で、読子は読子で死の覚悟を乗り越えようとしていた。
「(『死の風』を使うか……
でもあれを使うには、生贄として私の四肢を一つ捧げんといかんのがなぁ……
……まぁ、しゃーないか……)」
読子は観念したようにアニマの大鎌を構えた。
紅葉とエリリカはそれを察して身構える。
次の瞬間、読子は大鎌を振り抜いた。
空を切った大鎌が巻き起こした風は、地面を這うようにレンガを崩しながら、瞬く間にスコルピオンの眼前を通過した。
「!?」
死の風は、まるで周囲の風を滅したかのように完全なる静寂を生んだ。
生命も、音も、エーテルすら存在できない真空。
次の瞬間、スコルピオンの口から突然ゴボッと血が溢れ出した。
何が起こったのかも分からず、目を見開いて地面に手をつくスコルピオン。
「今や!」
読子の声に合わせて紅葉がスコルピオンに飛び蹴りを入れる。
エーテルの消えたスコルピオンは紅葉の蹴りをまともに受け、城外に弾き飛ばされた。
「やった!」
……だがスコルピオンは空中でエーテルを再び放出させ、宙に浮かびながら戻ってきた。
スコルピオンはよろめいてはいたが、致命傷というほどの傷は受けていない様子だった。
「……」
この瞬間、スコルピオンの中にあった王としての驕り高ぶりは完全に消えさった。
スコルピオンは一呼吸もおかずに読子の周囲に猛烈な勢いの砂の竜巻を作り、囲い込んだ。
読子はその圧倒的な力に、観念したようにアニマの憑影を解除し、右腕を抑えた。
「……これで私も終わりか。まあよりによって右腕が封印されたし、もうええわ……
でも最後にもういちど……会いたかったな……」
読子は生じた砂の竜巻によって、上空に打ち上げられた。
HPがゼロになった読子は地面に打ち付けられればそのまま死亡する。
「月原ぁ!」
「月原さん!」
紅葉とエリリカは読子を受け止めようと上空を見上げる。
だが読子の姿はどこにもない。
「次は貴様らだ」
これまでにない冷徹な顔を見せたスコルピオンは、二人の元に一直線に歩いていった。
思わず身構える二人。
「くそっもうちょっとなのに!何か秘密兵器はないのか三條!」
「あるわけないでしょ!私は特殊な能力なんて持ってないんだから!」
「万事休すか……」
観念した二人は、構えを解いて空を仰いだ。
その視線の先にいたのは……
風子だった。
突然、城の上空から風子と、ボロ布を纏った男が舞い降りてきた。
風子はぐったりとした読子を優しく抱きかかえていた。
「ごめん、遅れた!」
「何で空から来るんだよ風子!」
「このおっちゃんに強化してもらってね。風の力で思いっきり跳んだら城を追い越しちゃったんだ。
そしたら下から読子ちゃんが飛んできたからビックリしたよ」
「どんな偶然だよ!」
「それより……」
風子は真面目な顔をして、読子を野薔薇の横に寝かせた。
「あんたが読子ちゃんと野薔薇を……」
風子はまっすぐスコルピオンを睨んだ。
同時に、隣りにいるボロ布のマントを着た男もスコルピオンへの憎しみに顔を歪めた。
「こやつは圧倒的な力で私を追放し、王に君臨した」
男がマントを脱ぐと、スコルピオンはその顔に驚きの顔を見せた。
「貴様……!」
「ふ……まさか追放した王がまだ町の中にいたとは思わんかったじゃろう。わしこそが正真正銘のスコルピオン8世じゃ」
突然の状況変化に紅葉達はついてこれなかった。
「おい風子……まさかそのホームレスが本物の王だって言うんじゃないだろうな」
「そだよ。だってこのおっちゃん凄いんだもん」
風子はそう言って男の持っている杖を指差した。
男が持っている杖は、黄金色に光る宝玉の付いた杖だった。
「砂神の杖はわしにしか使えん。王がこの大切な杖を持っていない事が王ではない証拠じゃ」
「ふん、貴様は物質を砂に変えるだけではないか。私は砂から万物を生み出す事ができる」
「わしは破壊の王だからな。『偽の町』を破壊する事がわしの宿命だったとこの長い年月でやっと気づいたよ。
さ、どちらが上か勝負じゃ。風子君、手伝ってくれるか?」
「どうすればいいの?」
「砂になるんじゃ」
「分かった、って砂!?」
風子はスコルピオン8世を二度見をした。
「なぁに、すぐに戻れる」
「分かったよ。おっちゃんの事なら信じるよ」
風子は両手を組んで目を閉じた。
そしてスコルピオン8世が杖を振ると、風子の体は足元からみるみるうちに光る砂になって上空に舞い上がった。
「さぁ行くぞ!風子君!」
光の砂となった風子はふわりと空に舞い上がり、やがて縦横無尽に空を泳ぎはじめた。
そしてそれが一つに纏まった時、流線型の波を描き始めた。
「わしらが思い描いた砂竜……わしらが讃え祀った砂神……それを今日、初めて呼び出す事ができる……」
砂は竜巻のように回転し始めたかと思うと、やがて竜の姿を型取りはじめた。
「できたぞ!ついに砂竜を生み出す事ができたんじゃ!」
砂竜は真上から飲み込むように偽の王の元になだれ込んだ。
「ぐおおおおお!」
砂竜は偽の王を空に連れ去り、また舞い戻ってきては砂の城に叩きつけた。
「やれ!風子!もっとやっちまえ!」
自分が果たせなかった事を託すように紅葉は声を上げた。
風子は風になった事を喜ぶように、自由に空を泳いでいた。
――砂竜の舞う姿は、地上にいる町の人間達にも驚きを与えた。
「見ろ!砂神様だ!砂神様が現れたぞ!」
光り輝く竜はまさに神が作り出した芸術のようだった。
その姿は町の人達に奇跡の感動を与えた。
エーテルの制御を失った砂の城は破壊され、偽の王はボロクズのように地上に落ちていった。
風子はふわりと宙に浮いた城の残骸に立ったかと思うと、仲間たちを風でさらうように地上に運んだ。
「楽しかったよ、おっちゃん。本当に風になれたみたい」
「わしこそ、伝説の砂竜を作り出す事ができた。これで民も一度は不甲斐なく追い出されたわしの事を許してくれるじゃろう」
新しいスコルピオン王は地上で待っていた執事の元に寄った。
「ミゲール。待たせたな」
「お帰りなさいませ、王」
「よくぞ今日までこの町を守ってくれたな」
「私は自分のできる務めを果たしただけです。誰が王であろうと私の仕事にいささかの変化もございません」
ミゲールはやりなれたように頭を下げた。だがその顔はどこか嬉しそうだった。
王は集まってくる民にも聞こえるよう、威厳を持って言った。
「この町は数日のうちに破壊され、民は夢から覚めて、そして途方に暮れる事だろう。
だが我らは挫けずに、また自分達の町を作るのだ!」
「おっちゃんならできるよ。だっておっちゃんすごいいい人だもん」
「ありがとう。風子君のおかげだ。お礼にこの砂神の杖と同じ効果を持つ『砂神の腕輪』をやろう」
「砂神の腕輪?」
「さよう。これをしていると自分の体を砂に変える事ができる。エーテルの消費が激しい故、長くは変身できぬが、何かの時に役立つだろう」
「ありがとうおじちゃん!」
風子は王に手を振った。
紅葉とエリリカにもようやく安堵の色が見えた。
「何とか誰も現実に戻されずに済んだな。宿屋で回復したら出発するか」
「うん!」
「ありがとう風子。風子がいなかったら確実に全滅してたわ」
「いやー、おっちゃんのおかげだよ。私だけ居ても何もできなかったと思う」
そう言って風子は笑った。
――一同はこうして砂の町を後にした。
「でも砂になるってどんな気持ちだったんだ?」
長らく眠っていた野薔薇が風子に質問をした。
「あんまり覚えてないけど、自分っていう感覚がなくなって周囲のものと一緒になる感じかなぁ」
紅葉は興奮したように風子の勇姿を語った。
「お前らにも見せたかったぜ、風子の竜の姿!あれは王の力なんだろ?」
「あー……実を言うとね。王の力では砂になって飛ばされただけで、竜を作ったのは私の風の力なんだよ」
「マジか!」
「まーね。砂竜にこだわってたみたいだから、夢を叶えてあげたかったんだ」
風子はそう言って両手を頭で組んで歩き始めた。
「大丈夫なのか、あの王で……」
「大丈夫だよ。王ってのは町の事を一番想っている人がなるんだよ。単純な力じゃないって、さっき証明されたじゃん」
「そうだな」
風子は町を振り返った。砂上の楼閣だった城は無惨にも崩れ去り、町もどこか哀愁を漂わせている。
しかし何故かその光景を見た風子は、それをこの町に入った時よりも美しい姿だと思った。




