第二十四話「MARSオンライン『砂漠の大きな町で・中編』」
「兵どもが失礼しました。
どうぞ王の間にお越し下さい」
野薔薇達を迎えたのは、細身の男だった。
丁寧に織り込まれた服に鍔の無い帽子、害意を持った衛兵の類では無い事は明らかだった。
「兵をぶっ倒して強行突破したってのに、歓迎されるのかよ。何がなんだかわからねーぞ」
「どうしたしまして」
男はめいっぱい腰を曲げながら、糸のような細い目をした笑顔をピクリとも動かさずに、野薔薇達を王の間に続く廊下に案内した。
野薔薇達は金色のレンガに赤い絨毯が敷き詰められた、王の間に続く長い廊下を導かれるままに歩き始めた。
廊下と言っても、地面は砂で覆われていてどこか粗雑である。
廊下の壁際には、高そうな肖像画の一つ一つが、威光を放ちながら訪問者を睨んでいた。
令嬢であるエリリカは割合平然としていたが、他の3人は緊張の色を隠せない様子だった。
その重苦しい空気に耐えかねた野薔薇は小声で読子に話しかけた。
「おい月原……さっきから何かとてつもなく嫌な空気を感じるんだが……」
「エーテルのせいやな。城もこの絵画もエーテルが一つの所で繋がっとるみたいや。
他人のエーテルの真っ只中におるんやから、居心地悪いのも当然や」
「このまま進んで大丈夫か?」
読子は先走った野薔薇を恨むかのようにジトリと睨んでから言い放った。
「だから言うたやん。いきなり砂漠なんて来るからや。この先に、町全てのレンガを操って余りあるほどのとてつもなくエーテル総量の高いボスが仁王立ちして待ちかまえとるやろーな」
「おいおい、なんでそんな投げやりな言い方なんだよ」
「だってもう引き返せへんもん。ここで何らかのイベントを起こさん事には、もう勝機はないんや」
「お前……そんな顔して、意外とブッ飛んだ所あるんだな」
「……どういう意味や」
雑談に興じながらも、二人の目線は奥の闇の方にあった。
ロウソクの火だけが彼女達を照らす唯一の灯り。城とは思えない薄気味悪さに一同の足取りは徐々に重くなっていった。
――そしてとうとう一同は、物音一つしない全き静寂に包まれた王の間にたどり着いた。
地面は不自然なほど砂が敷き詰められており、王の間というにはいささか無骨な部屋だった。
イスごと後ろを向いている、王と思われる声だけが聞こえてきた。
「人は得体の知れないものを見ると、軽蔑し排斥する。
しかしそれが自分に益をもたらしてくれるとなると、途端に崇拝の対象となる」
イスから立ち上がってこちらに姿を見せたのは、ファラオの衣装に身を包んだ『亜人間』だった。
「不思議だとは思わんか?民は自分達が脆弱な存在である事を自ら認めているのだ。
あげく私のような亜人間を王にした」
サソリの形をした金のマスクの後ろの部分が尻尾のように垂れている。
耳は長く、鉤爪の付いた指は長く、角ばっている。
それはさながら竜のような容姿だった。
一同はその竜の瞳を見るや否や、無意識に戦闘態勢を取った。
野薔薇は執事にぶっきらぼうに問いかけた。
「おい、これが王かよ!こっちを歓迎してるようには見えねぇぞ」
「我らが王、スコルピオン様は至って普通にしております。
しかし恐れるのも無理はありません。スコルピオン8世は竜人族なのでございます」
「竜人族!?」
執事は説明を続けた。
「私達砂漠の民は、砂漠に住む竜の神話を信じております。
何もないはずの砂漠に砂嵐と共に現れる竜。
地上の危険な生き物を喰らい尽くして、また地中深くに去っていく事から砂漠の守り神として語り継がれてきました。
ですから王がその竜を操っている、竜人族の末裔である事を知った時、我々は王に忠誠を誓う事に決めたのです」
スコルピオンはニヤリと笑うと野薔薇達4人を見据えた。
「異国の女よ。私にはもう一人の王が必要だ。元来、ファラオは男性と女性の二人が存在していた。民の心を我が物にする為に、私には一刻も早く人間の女のファラオが必要なのである」
スコルピオンの発言に思う所のあった野薔薇は、小声で読子に話した。
「それで強行突破したのに歓迎されたんだな」
「せやな。恐らくパーティの中に女性がおればこのイベントが起こるようになってたんやろ。
本来は門番の所でフラグが立たへんとあかんイベントやのに、なぜか城に侵入せんとイベントが発生せんかったみたいや。まだまだバグが多いな」
読子のメタ発言を隣で聞いていた執事は、きっぱりとその発言を否定した。
「いえ、バグではありません。門番はアポイントメントのない者は決してお通ししません。
あなた方をお迎えしたのは特別中の特別、あなた方の中に女性のファラオ、すなわち次代のクレオパトラとなる器の者が存在するからに他なりません」
「クレオパトラ!?」
一同は大声を張り上げた。女性たるもの一度は憧れるクイーンの中のクイーンである。
「クレオパトラ……私の事か……」
野薔薇はそう行って少し照れながら前に出ると、大急ぎで執事が止めに入った。
「あなたではございません」
「嘘……だろ……?」
「あの……野薔薇さん、体を張ったギャグはええから」
「ギャグじゃねーよ!」
王は野薔薇……の方ではなく、一番後ろにいたエリリカの方を見て言った。
「あなた様がそうでございます」
「私が……クレオパトラ……?」
エリリカはキョトンとした表情をした。
「三條さんが!?流石は本物のお嬢様!」
エリリカは指名されると目を閉じて、突然やってきた現実を受け入れようとしていた。
「……思い返してみると、前から薄々感じてたわ。
最近私、お嬢様キャラの割には扱いが雑だな……って……」
「そうやったん!?」
エリリカはしおらしく前に出ていった。
「あかん!ここで三條さんが王の側に付いたら、イベント終わらんようになるで!」
「ごめんなさい……少しだけでもいいから私、王族の人間になってみたいの」
エリリカがスコルピオンの元に歩み寄ると、スコルピオンはエリリカの頭に手をかけた。
すると地面の砂がみるみると浮き上がり、エリリカの全身を包み込むようにクレオパトラの衣装を作り上げた。
読子はこの瞬間、スコルピオンの能力を理解した。
「砂から何でも作り出して動かす能力やったんか……町の金のレンガも全て……」
「じゃあ王がいなくなったらこの町はどうなるんだよ」
「分からん。それは私たちにはどうにもできひん。それより三條さんを取り戻さんと!」
金のアクセサリーに身を包んだエリリカは、まるで別人のような気品も身に纏い、静かに読子達を艶めかしい横目で流し見た。
「これがクレオパトラが見た景色……
ごめんなさい、今一瞬だけあなた達がただの平民に見えてしまったわ。
誰だってこんな衣装を着せられたら、ね……」
たった一着の衣装と金のアクセサリーで、一同はもうエリリカを同級生と見る事はできなかった。
遥か遠くに存在する神に近い存在であるようにすら見えた。
そんなエリリカを冷静に見ていられたのは、紅葉だけだった。
「三條のステータスが跳ね上がっている。これはクレオパトラとしての自覚が生んだステータスか、それとも衣装のおかげか……」
「そんな事より、王のステータスを見ろ!」
王の威圧感に気持ちの昂っている野薔薇が声を張り上げる。
すでに野薔薇はスコルピオンの途方もない強さを肌で感じていたのである。
「そんなものとっくに見ている。王のステータスは私達とはケタが2つくらい違うのだが、言ったら引くと思って言わないでおいたのだ」
「いや、すぐ言えよ!!」
野薔薇が焦って振り返ると、もうエリリカはスコルピオンに誘われるままに女王のイスに座っていた。
「取り戻すぞ!」
王は臨戦態勢を取る野薔薇達に平然としていった。
「取り戻す?彼女は自分の意志で私の元に来たのだ。取り戻すというのはおかしいのではないか?
私は彼女を指名はしたが、無理に奪う真似はしていない。
彼女は自分の意志でクレオパトラになる事を決意したのだ。フハハハハ」
高笑いが王の間に響き渡ったかと思うと、スコルピオンの後ろをエリリカがスッと通り過ぎた。
「ありがとう、王様。もう満足だわ」
「何ぃ!?」
エリリカはファラオの冠を脱いだ。
「片時でも女王になれて良かったわ。これで私はいつでもこの瞬間を思い出して高貴な自分になれる。
それだけで十分だわ」
「お、おい待て!そんな事は許さんぞ!」
「ごめんなさい。私達は先を急いでいるの」
エリリカは丁寧にお辞儀をした。
「流石は三條さん。人間がようできてる!」
「そんな事ないわよ」
王は怒りで震え上がり、金の頭飾りを脱いで地面に叩きつけた。
「許さぬ!一度ファラオになったものが簡単にやめる事など許さぬぞ!」
「それも私の意志よ!」
「今すぐ戻れ!戻らぬなら、その息の根を止めてくれる!」
「本性表しよったな。とんずらや」
読子は本を片手に逃げる姿勢を取った。
「本来はクレオパトラとしてイベントこなさんとあかんのやろう。でも時間ないからさっさとおいとまするで!イベントは起こすだけで経験値になる。これで十分や!」
だが野薔薇はピクリとも動き出そうとせず、王の元に向き直った。
「いや、まだだね。この思い上がった亜人間に人間の怖さを教えてやる」
野薔薇はEnmaを出して臨戦態勢を取った。
「ステータスが2ケタも違うねんで!?敵うわけないやん!」
「うるせぇ!私は相手が強ければ強いほど燃えるんだよ!」
野薔薇は王の顔面めがけて思い切り跳躍した。
野薔薇が近寄ると、王は地面から砂を吸い上げ、瞬く間にバレーボールほどの球体を作った。
大量の砂が凝縮されて作られた砂の玉は、ものすごい勢いで回転しながら野薔薇の顔面に直撃した。
吹き飛んだ野薔薇は攻撃を受ける瞬間にEnmaを伸ばし、王の体内にEnmaを侵入させた。
「怨……魔……モード……」
野薔薇は、霞んでゆく景色の中、地面を転げながらEnmaを遠隔操作した。
すると、王の体内に入り込んだEnmaが滲むように侵食を始めた。
「後は頼んだぜ、Enma……」
そう言って野薔薇は気絶した。
「野薔薇さん!」
MARSオンラインではHPが0になると気絶状態になる。その後一定のダメージを受けると『死亡』となり現実世界に戻されるのだ。
「紅葉さん、野薔薇さんは何を……?」
「分からん。だが何らかの攻撃を王に当てたようだ。あいつの顔を立てるには、私らも戦うしかないようだな」
そう言うと紅葉は、ゆっくりと目をつぶって瞑想に入った。
「紅葉さん!何を!?」
「私のパッシブは相手のステータスを覗けることだけじゃない。
目を閉じてステータスを見る事をやめると、私の目に集中してあるエーテルが体全体に行き渡り、身体能力を向上させるのだ。まあ王に適うほどじゃないがな……」
「紅葉さん……!くそ、やるしかないんか!」
読子は両腕に死神アニマを憑影させ、アニマの大鎌を出した。
「どっちみちゲームオーバーになるんやったら、やれるだけやったる!」
*
「おっちゃん、どこ行くの?」
風子はホームレスの男を追いかけて城の裏側までやってきていた。
「この城は誰も寄り付かない幽霊屋敷のような場所のはずじゃ。それが今は大きな気配を感じる」
「もしかすると、私の仲間が城に入ったかも……」
「ふむ……どうやらそろそろ『時節』が到来したようじゃの」
そう言ってホームレスの男はどかっと城裏の庭園に腰を降ろした。
「どうするつもり?」
「わしはずっとこの時を待っとったんじゃ。城の『蓋』が開く瞬間をな」
そう言ってホームレスの男は、指で空を差した。
*
スコルピオンは砂を使って、次々に砂神兵を作り出した。
砂神兵はエーテルが尽きるまで、その大きな盾で王を守る。
「クレオパトラよ、もう一度考え直してはくれまいか?」
スコルピオンは砂神兵の後ろで優しくつぶやいた。
が、エリリカの決意は固かった。
「空を舞う鳥は、例え贅沢な暮らしが約束されるとしても、鳥かごの中で飼われたいとは思わないはずよ。私もそれと同じ」
エリリカはありったけの力を込めて、大きな盾で作られた防壁に向かって突進した。
そのショルダータックルは、硬い鎧と陣形に守られた砂神兵を人形のように吹き飛ばした。
「いい『サンドバッグ』ね、練習にもってこいだわ」
エリリカは砂神兵を全て倒し、王を挑発するように拳を立てた。
改めてエリリカの戦う姿を見て読子は感激を覚えた。
「クレオパトラの装備付けて防御力が上がっとるから、パッシブ能力でタックルの威力が上がっとるんや。
……冷静に考えたら、防御力あげたら攻撃力も上がるってとんでもない能力やで」
驚く読子とは対照的に、スコルピオンは至って冷静だった。
「さすが私の見込んだ女だ。殺すには惜しい……
だが私の誘いを断った罪は重い」
王が指を鳴らすと、エリリカの金のアクセサリーが凝縮し、巨大な蛇に変化した。
蛇はエリリカを頭から丸のみにせんと、大きく口を開けてエリリカに襲い掛かった。
「キャー!」
エリリカは目をつぶって身をかがめた。
……食べられる覚悟をしたエリリカだったが、大蛇は一向にエリリカに襲い掛かる気配がない。
エリリカがつぶっていた目を開けると、そこにはコールタールのようにドロドロになった大蛇がエリリカの目の前で溶けていき、ついには湯気を噴出して地面に流れ落ちてしまった。
「なにが起こったの……?」
エリリカがスコルピオンの方を向くと、スコルピオンの体に、倒れ際に野薔薇の放ったEnmaが纏わりついているところだった。
相手を呪うEnmaが能力発動を一時的に封じたのである。
「今や!紅葉さん!」
読子と紅葉はこの隙を逃さなかった。
まず読子は『アニマの大鎌』をふりかぶり、スコルピオンから放出されているエーテルを刈った。
すると、王から噴き出していた大量のエーテルがシャットアウトされ、王は一時的に無力状態と化した。
その王に向かって、身体能力の向上した紅葉が渾身の蹴りを入れて、王を背後にある壁まで蹴り飛ばした。
壁は鈍い音と共に盛大に壊れ、王の頭上からは金のレンガが容赦なく王の頭に崩れ落ちた。
「よっしゃあ!」
紅葉がガラにもなくガッツポーズを決めた。
「エーテルで守られていない状態で私の蹴りを食らったんだ。これは決まっただろ!」
「でも変やな。この城はエーテルでできてるはずやのに、まだ崩れてへん……」
読子が不思議がっていると、ガレキの中から再びスコルピオンが姿を現した。
「……おかしな能力を使うようだな」
スコルピオンは先程までとはまた違った表情で読子たちをにらんだ。
「……この町はエーテルの供給が無ければ10日と持たない。まるで食べなければ生きていけぬ脆弱な人間のようにな。だが貴様らを『全力で』屠るのも一興。良い退屈しのぎになるだろう」
スコルピオンから再びエーテルが吹き出したかと思うと、そのエーテルは今までとは比べ物にならないほどの威圧感となって読子達を圧倒した。
「嘘やろ?今まで本気やなかったなんて……」
「さっきまではエーテルで町を維持しながら戦っていたって事かよ。
……これで万事休す。私たちの勝機はなくなった」
紅葉は自家製たばこを取り出そうと白衣のポケットに手を入れた。
だがたばこが無い事に気づき、紅葉はチッと舌打ちをした。




