第二十三話「MARSオンライン『砂漠の大きな町で・前編』」
風子達を迎えたのは、色彩豊かな植物に囲まれた平和そうな町だった。
青や赤の葉っぱの付いた木が立ち並び、緑や黄色の鳥が飛び回っている。
そしてその景観を破壊するかのように、様々な格好をした人の海が視界を埋め尽くしている。
これがVRMMOというものである。
プレイヤーの初期装備は普段着。と言っても風子は体操服、読子はリボン付きの夏服、エリリカはスパッツの上にジャージと、自分がよく着る・或いは自分というものを象徴している服が適用されるようだった。
紅葉はTシャツの上に白衣を着ているからまだ学生としての意識はあるが、野薔薇は単なる私服で、学生としての意識は皆無のようだった。
「夢の中にいるみたいだー!」
風子は両手を広げ、新しい世界に生まれ落ちた喜びを表現した。
「でも感じ方はむしろ現実よりも鮮明な気がする」
仮想世界の存在を信じていなかったエリリカや野薔薇も、実際に体験したとあれば信じないわけにはいかなかった。
一方、読子は景色を堪能する間もなく、キョロキョロと辺りを見回していた。
「ああ……制限時間は12時間しかない!
メンバーの総レベルで勝敗が決まるんや。一人も欠けるわけにはいかん!
さぁ、早くクエスト!クエストプリーズ!」
慌てる読子とは対照的に、オンラインゲームを知り尽くしている紅葉は、丁寧に人の動きを観察し、ある方向を凝視した。
紅葉の視線の先には、炎天学園の生徒達が同じ方向に歩いていく姿があった。
同じクエストを受ければ、当然同じ方向に行く。つまりそっちがクエストのある方向なのである。
「よし!あっちやな!
……ところで風子ちゃんの姿が無いけど、どこ行ったん?」
読子が慌てていると、上空から風子の声がした。
風子はキノコのような木(?)の上に乗って読子を見下ろしていたのだ。
「風子ちゃん!何してるん!早く行かんと!」
「慌てない慌てない。人と同じ方向に行っても同じにしかならないよ。ね、おじさん」
風子はキノコの上で誰かと話している様子だった。
「誰と話してるん?」
「キノコの上に住んでる変なおじさん」
「ええっ!そんな所に町民が!?」
RPGではたまにわけのわからない所に村人がいて、レアな情報を教えてくれる事があるが、つまりその手の人間である。
「このおじさんが言うには、あっちの砂漠の方にレアイベントがあるんだって」
「砂漠!?レベル1から砂漠に行くRPGなんて聞いた事ないけど……」
読子は考えこんだ。いきなりパーティが全滅するような事があっては、ゲームも糞もないのである。
だが、それを聞いた野薔薇と紅葉は、すでに砂漠の方角に歩き出していた。
「行こうぜ、砂漠」
「うむ。飲み水だけは確保してからな」
「ちょっと待って!まだ行くと決めたわけじゃ……」
慌てる読子を置いて、二人はてくてくと砂漠まで歩き始めた。
それは他のプレイヤーとはまるっきり正反対の方向だった。
*
照りつける太陽の中、砂の上を歩く5人。
せっかくの楽しいオンラインゲームが、これではただの苦行である。
「はぁ……これでイベント起こらんかったら、完全な無駄骨やで。最初くらいは長い物に巻かれといた方が良かったんちゃうかなぁ……」
読子が嘆声をあげながらうなだれた頭をふとあげると、隣では野薔薇がすでに獰猛な狼の姿をしたモンスターとの交戦中だった。
「ええ!?私らまだレベル1ですけど!?」
読子がかけよると、傷だらけになった野薔薇が腕で汗を拭いながら帰ってきた。
「結構強かった」
「倒したん!?」
「まーな。レベルが3くらい上がったみたいだ」
「何てことや……レベル差はそれほど重要ではないとは言え、恐らくそこそこのレベルであろう砂漠のモンスターを一人で倒すとは……」
野薔薇の戦闘を端から見ていた紅葉は、何かを理解したようだった。
「なるほど、レベルアップ時のステータスは%増加だな、そうだろ月原?」
「%増加?せやな……だから基本ステータスが高い人の方がレベルアップ時の能力上昇値も高い。もちろん成長率もあるから必ずしもそうではないけど」
「今のモンスター『デザートハウンド』はレベル10だが、基礎ステータスにおいて木下よりも低かった。DPS(一秒ごとに敵に与えるダメージ)の値とHPを見比べるだけで勝敗はすでに明らか」
紅葉は早くもゲームを理解したようだったが、読子の驚いたのはそこではなかった。
「ちょ、ちょっと待って道玄坂さん。私らは自分達のレベルやステータスを見る事はできるけど、モンスターのステータスは内部情報やから、特定のアイテムがない限り、プレイヤーから見る事はできひんで!」
「ああ、そういえば言ってなかったな。私は生物であれば何であっても、そのステータスを見る事ができるんだ」
紅葉は額に、黄金色にゆらめく第三の目を発動させてみせた。
新たな異能者の誕生に、読子は恐怖の念すら覚えた。
「道玄坂さんも異能者やったんか……」
「目覚めたのはお前のおかげだよ月原。お前の死神の腕に掴まれたせいだ」
「あの時は……ごめん……私なんか変になってて……」
「いいさ。使えば使うほど能力は進化していくんだ。こんな面白い実験材料はない」
「何話してんだ、さっさといくぞ」
モンスターとの交戦でもらった傷もそのままに、野薔薇は前に向かって歩き出した。
*
「見て!町だよ町!」
小さな子供のように一人だけ先頭を歩いていた風子が指差すと、吹き抜ける砂塵の向こうに、大きな町が見えてきた。
砂嵐のせいで見えなかっただけで、それは景色を占領するほどの大きな町だったのである。
風子達が驚いたのは、町を構成している砂のレンガが黄金のように美しかった事である。
そしてあろう事か、そのレンガは宙に浮いては別の場所に移動したりと、現実では考えられない動きを見せていたのである。
「レンガが一人でに浮いてる!?」
「ほんまや……流石はVRMMO!常識ではありえない事を惜しげもなくやっとるな」
風子は大きなレンガが積み重なっていく所を見て、目を輝かせた。
「もしかしてさ、学校で習ったピラミッドもあんな風に作られたんじゃない?」
「そんなわけないだろ」
野薔薇は下らない、と一蹴した。
だが読子は風子の意見を尊重した。
「たしかに。ピラミッドは最先端テクノロジーを駆使しても再現不可能なほどの精度で、重さ何十トンものレンガを何百万個も積み上げとるらしい。もしかしたら失われた古代文明の仕業かもしれへんな」
「おいおい、冗談きついぜ」
「そう?更に言うと、作られた当時のピラミッドは全て磨かれてピカピカやったみたいやで?まるでこの輝くレンガのように……
ひょっとすると、この町は古代エジプトと何らかの関わりがあるように作られている、そう考えられない事もないで」
読子はストーリーテラーの端くれとして、風子の意見から新たな見解を導き出した。
野薔薇は読子のオカルト大好きパワーに根負けし、顔をそむけて手をブラブラと振った。
「分かったよ。ピラミッドは魔法な。どっちにしろこれはVRだから偽物だろーに」
「偽物でもロマンチックやん。なぁ風子ちゃん」
風子は何やら不穏な表情を見せた。
「うん……でもなんかあまり居心地が良くないんだよね」
読子はこの賑やかな町のように、風子の元気な姿を期待していたが、そうはならなかった。
「ちょっと……探索してくる!」
そう言って風子は町の中に消えていった。
「どうしたんやろ、風子ちゃん。あんなに急がんでもええのに……」
「ま、風子は泳がせておこうぜ。その方が情報収集になるだろ。で、月原はどうするんだ?」
「私はとりあえず図書館を探すわ。ちょっと本が必要でな。この町の事も知りたいし」
「そうか。じゃ、私は偉そうにど真ん中に立ってる城にでも挨拶に行きますか」
そう言って読子と野薔薇も別々の方向に歩き出した。
全く別の方向にいく3人を見て、紅葉はハァとため息をついた。
「ったく、集団行動のできない奴らだな。そう思わないか三條さん……だっけ。
そういえばあんたとは挨拶してなかったな」
紅葉がエリリカの方を向くと、エリリカはキラキラと金色に輝く装飾に身を包んだ町の女たちに目を輝かせていた。
「すごい……!あんなファッション、日本じゃ1000万円かけても無理よ!私は服屋とアクセサリー屋さんを探すわ!」
「……あんたもか。どうぞ好きにしてくれ」
エリリカの後ろ姿を見送って、紅葉は自家製タバコを取り出そうとポケットに手を突っ込んだ。
だがこの世界に自慢の自家製タバコは具現化されていない事に気がついた。
「……さすがのVRでもあの味は再現不可能ってわけか。まあいいさ、ちょうど禁煙する口実が欲しかったところだ」
紅葉はそう呟いて町の大通りをゆっくりと歩き始めた。
町の人間はみな綺羅びやかな衣装に包まれ、幸せそうな顔をしている。
汗水流して働く男の姿もなく、ニヤついた男達は外からでは窺い知る事のできない妙な賭け事に興じていた。
紅葉にはそれがどこか不自然のような気がした。
「砂漠の町って感じじゃないな。あまりにも裕福すぎる」
賑やかな雰囲気に飽き飽きした紅葉が大通りから外れた路地裏に来ると、閑静な家々が並んでいる不思議な場所を見つけた。
綺麗な黄金のレンガは一つもなく、どれもが崩れている。しかしそれがどこか異国情緒を感じる。
同じ町であるはずなのに、ここだけ空気が全く違う。
その静けさに紅葉は惹きつけられた。
紅葉が崩れたレンガでできた階段を横切ると、階段で日陰になった所に風子がしゃがみこんでいるのを見つけた。
「風子!どうしてこんな所に」
「あ、モミジ!このおじさん面白いんだよ。この町の事なんでも知ってる」
風子は最初の町と同様に、また変なおじさんと会話をしていたのである。
顔中、髭にまみれたホームレス風の男はそのギョロリとした大きな瞳を紅葉に向けた。
「わしはこのゼネディア王国の王じゃ」
「ここって国だったのか」
「そうじゃ。なぜなら砂漠にはこの町しか存在しない故、この町を治める者が砂漠を治める事になるからじゃ」
風子ほど素直ではない紅葉は、ホームレス風の男の話を信じなかった。
「なるほど、そりゃすごい。じゃあ王である証をここで見せてもらおうか」
「わしは物を砂に変える事ができる。じゃが生憎杖を無くしてしまっての。多分城の中にあるはずなんじゃが……こんなナリじゃ城にも入れてくれんでの」
そう言って笑った。
「ほぅ、じゃあ証拠は無いんだな。証拠が無ければお前は王じゃない」
紅葉は得意の理論攻撃で、容赦なくホームレス風の男を遠ざけた。
「行くぞ。風子。そんなのといつまでも関わってるんじゃない」
「私はもう少し話を聞いてからにするよ」
「……勝手にしろ」
紅葉は風子の考えなしの行動に嫌気が差したようにその場を後にした。
「城にでも行くか。簡単に入れてもらえるとは思えないが……」
やがて紅葉は中央にそびえ立つ大きな城に着いた。城もほとんどが黄金のレンガでできている。
案の定というか、野薔薇は鎧で姿を隠した複数の門番に塞がれ、門の中に入れないでヤキモキしている所だった。
野薔薇は紅葉を見ると「ちょうどよかった」とでも言いたそうに手招きをした。
「紅葉、こいつらのステータス見てくれ。ぶん殴ろうか迷ってた所なんだ」
「そいつらのステータスはまあ、一人一人がお前の1.5倍ってところか。お前一人で全員倒すのは無理だ、やめておけ」
「ふーん、それくらいか。じゃあ余裕だな」
そう言うと野薔薇は右腕をかざし、enmaを呼び出した。
enmaは黒くうねりながら野薔薇の右腕の付け根から現れた。
「久々に『炎魔モード』でいくか」
enmaは闇色の瘴気を炎のように揺らめかせ、野薔薇の髪の毛を侵食しながら燃え上がった。
「さぁ、楽しませろよ。木偶の坊!」
野薔薇は飛び上がって門番の群れの中にダイブするかのごとく、勢いよく飛び込んでいった。
そして炎の腕で門番の一人を城の扉まで殴り飛ばした。
慌てた残りの門番が一斉に野薔薇に襲いかかる。
だが身体能力の上昇した野薔薇の敵ではなく、門番は次々に野薔薇に殴り飛ばされた。
野薔薇が最後の一体にとどめを刺そうと拳をぶつけた瞬間、門番は突然砂となって野薔薇の拳をすり抜けるように地面に流れ落ちた。
「こいつら……砂だったのかよ!」
驚く野薔薇の元に、読子とエリリカがやってきた。
読子の右目はエーテルビジョンを発動させた蒼い目をしていた。
「それは砂でできた門番や。それをエーテルで動かされとるんや。
その門番だけやない。動くレンガも、この町を構成するほとんど全てがエーテルで操られた物質でできている」
読子は右手に大きな本を抱え、学者らしい出で立ちをしていたが、それよりも目を引くのは、二人とも砂漠に合った白い布を使ったエジプト風の衣装に衣替えをしていた事である。
「何だよお前ら、ショッピングでもしてたのか」
「防具は大事やからな。三條さんの場合は特に」
「?」
「パッシブスキルの話や。さっきの野薔薇さんのステータスの急上昇もパッシブスキルが関係している」
「パッシブスキル?」
「簡単に言うと、現実世界で際立った特徴をスキル化したもの。それも無意識に発動するスキルや。まあほとんどが特定の条件でステータスが上昇するってだけやけどな。誰でも見られるで」
読子が指で何やら空中に描いたかと思うと、野薔薇のパッシブスキルデータが表示された。
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ノバラ・プラーミアのパッシブスキル
パッシブスキル1「特別警戒」
相手が初めて戦う相手の場合、本人のステータスが10%上昇する。
パッシブスキル2「Hand with Fire」
素手による攻撃を行うほど、攻撃力が上昇していく。
やめると徐々に下がっていく。
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「なるほど、異能に加えてこのスキルが合わさったものが実際のステータスになるというわけか」
紅葉は興味深そうにステータス画面を見つめた。
「そ。更にいうと他にも影響を与える要素がある。
一つは装備によるステータス上昇、そしてもう一つは第三者によるステータス上昇やな。
私と三條さんのパッシブスキルも見てみてくれへん?」
紅葉は言われた通りに読子達のステータスを見た。
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月原読子のパッシブスキル
パッシブスキル1「司書見習い」
手に本を持つと、本の種類に応じて本人のステータスが上昇する。
魔導書を持つと魔力、哲学書なら知力など。
適用されるのは最も価値の高い一冊のみ。
パッシブスキル2「エーテルリンク」
周囲にいる異能者一人とエーテルで結ばれ、結ばれた者と自分のステータスを5%上昇させる。
リンクが太くなると更にステータスが上昇し、エネルギーの交換もできるようになる。
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三條エリリカのパッシブスキル
パッシブスキル1「ラピッドリジェネーレーション」
相手から攻撃を受けると、自然治癒速度が上昇する。
パッシブスキル2「アーマータックル」
防具によって上昇した防御力の30%がタックルの攻撃力に加算される。
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「と、いうわけで私らは装備によって能力が左右されるから、早急に装備を整える必要があったんや。あ、二人の分の衣装も買ってあるから着替えといた方がええで」
「ちょっと露出が多くないか?これ」
野薔薇はヘソの空いた白いノースリーブのシャツに、白のミニスカートの衣装を渡され、すぐに装備した。
ちなみに、このゲームではワンタッチで装備の受け渡しや装備が可能である。
野薔薇は恥ずかしそうに、体をねじってミニスカートからのぞく露出した太ももを見た。
「野薔薇さんは近接戦闘タイプやから動きやすい方がええと思って……」
「せめてショートパンツだったらなぁ」
「古代エジプトの頃の女性にズボンって概念は無かったんちゃうかな。そもそもその頃の女性は服を着るというより、巻いてるって感じやし」
「それこそミイラみてぇだな……まぁいいや、白い布でも巻いとくよ」
野薔薇はミニスカートの上からぶっきらぼうに布を巻き、一人で意気揚々と城の中に入っていった。
他の3人もそれに続き、続々と城の中に入っていった。




