第二十二話「MARSオンライン『序章』」
「VRMMO部?」
風子は怪訝な顔をして読子に問い直すと、読子はいつも以上に饒舌になって話し始めた。
「そう。VRMMOとは仮想現実大規模多人数オンラインゲームの総称。
文化部統括を前にこの部との戦いは避けられへんくらい、今人気絶頂の部やねん。
VRMMOと言っても、今日本にあるのは「MARSオンライン」っていうゲーム実質一つだけやねんけどな。
私も何度かやった事あるけど、ほんと夢の中におるみたいやで。
月額利用料が結構かかるから毎月はできひんけど」
ゲームという単語を聞いて、風子は苦い顔をした。
「私、ゲームってどうも苦手なんだよなぁ」
「ゲームって言ってもバーチャルリアリティーやから、自分がそのまま動いてるように感じられるねんで」
「うっそだー、そんなのあるわけないよ」
「それがあるねんて!」
デジタル機器とは全く無縁の風子を言葉で納得させるのは無意味と思った読子は、実際にVRMMOで使用するヘッドマウント式のモデムを見せた。
「これで脳の神経回路伝達をデジタル信号にしてメインサーバーにワイヤレスで飛ばすだけやで」
「怖いよ!何かの宗教じゃないの!?」
「脳は脳自身で自分の体をマッピングしているくらい優秀な器官やから、そのボディマップを使ってデータ化された世界の中に入っていくくらいの事はわけなくできるんよ。それにどんな技術も普及した後は簡単な原理になってるもんやで」
「そ、そーなの?全然分かんないや」
「大丈夫。みんな何度も入っとるけど何の異常もないで」
風子にとっては歩きながらスマートフォンを覗いている人間でさえ異質に見えるというのに、体を置き去りにしてどこかに精神を飛ばすなんて事は、夢物語以外のなにものでもなかった。
*
読子は一足先に一人でVRMMO部の部室に試合の申し込みに向かった。
が、そこには読子が予想だにしていなかった人物の姿があった。
「蕪木君!どうしてここに!」
「月原読子か……どうだっていいだろ。お前がどうして僕の動向を知っている必要があるんだ」
デーモン事件を起こした蕪木凶介はしばらく学校には来ていなかった。
それも当然なのは、蕪木は自分の人生を犠牲にしてデーモンを呼び出した為に、不幸の精算を済ませなければならないはずだったからだ。
それがやっと見つけたと思ったらVRMMOの世界に浸っていたのだから、読子からすれば心配するのは当然だった。
「ゲームしとる余裕なんてあるん?不幸の精算は終わったん?」
「終わるわけないだろう。僕の不幸はそんなスケールの小さい不幸じゃない。
と言っても、体育の授業で二人組を作れと言われれば必ずぼっちになるし、弁当はいつもトイレで食べているが、僕にとってそんな不幸はもののうちにも入らない」
「いや、結構な不幸やけどそれ!?良かったら相談に乗るで!」
「うるさい!僕にはMARSがあるんだ!」
「あかん、これはゲームにハマったらあかんパターンや」
しかし、読子が少しホッとしたのは、蕪木が前のような負のオーラで充満したような蕪木ではなくなろうとしていたからだった。
そんな二人の話を盗み聞きしていたのか、部室の奥にいた、細長い眼鏡をかけたヒョロヒョロの男が眼鏡をクイと上げながら読子達の間に入ってきた。
「さっきから聞いていれば、蕪木部長に何だその口の聞き方は」
「部長!?部活どころか学校にすらあんまり来てなかった蕪木君が部長やって!?」
「そうだ。MARSオンラインでの蕪木部長は、数人しかいないと言われるレベル99に到達している稀有な存在なのだ。
それを知った俺は部長から副部長に降格してまで、この蕪木さんを部長にする事で我が部に誘ったのだ」
「ゲ、ゲームだけでそこまでする……?」
読子は男子のゲームへの入れ込み具合に引き気味だった。
が、眼鏡の男はゲームを侮辱した読子に、半ばキレ気味でMARSの説明をし始めた。
「MARSの中の一つのワールドでレベル99になるのがいかに難しい事かわかっているのか!?
MARSは自力で上げられるレベルが50と、イベントをこなす事で上がっていくレベルが50あるが、このイベントの方は中途半端に進めてしまうと、経験値を取り逃したまま進む事になるんだ。苦行に耐える精神力と、手順を全く間違えない正確さとプレイヤースキルが重なりあって初めてレベル100という前人未到の領域に達せられるように作られているんだ」
「何や、99やったら1足りんやん」
「馬鹿か!100なんかになったら教科書に載るレベルだよ!
そもそもレベル100が存在するのかすら未だに分かっていないんだよ!しかしゲームの説明で確かに100がある事が明言されている。ゲーム内で何らかの『異能』を使って暴こうとしている輩がいるらしいが、なぜか異能者によるゲーム攻略に関する話が全く聞かれないんだ……」
異能という言葉を聞いて、読子は次第にゲームに興味を持ち始めたようだった。
「私としては文化部統括戦として何らかの形で対戦して欲しいんやけど」
「ああ、それなら全然構わないぞ。
MARSには一日で終わるPVP(Player vs Player)モードがある事を知っているか?」
「いや、それは知らんな」
「じゃあ俺副部長こと西應真が説明してやろう」
さりげなく西應は自己紹介をしたかと思うと、行儀よくコホンと咳払いをした。
「PVPモードは3人から5人のチームに分かれて朝9時に、LV1からゲームを開始する。
そして制限時間までアイテムを稼いだりレベルを上げて、夜の9時になったら集まって対戦を行ったりメンバーの総レベルを競う、というものだ。
レベルは簡単に上がるようになっているし、アイテムも手に入りやすいから、ゲームを熟知していれば、レベル100は無理でも、近い所まで上げる事だってできる。
誰でも同じ条件でプレイできるってのが面白い所だな」
「こっちはゲームを知らん人もおるけど、その辺はフォローしてくれるん?」
「そういう時はアップデートでワールドが追加される時に合わせて試合を行う。新しいワールドなら誰も攻略法を知らないから、同じ条件でプレイできるだろう?
ゲームの癖や法則を見抜く事に関してはもちろんゲーマーの方に分があるが、MARSでは運動神経の良さや異能がそのまま使える事からも、実質、運動部とも平等に勝負を行えるのがいい所だな」
「へぇ……」
ゲームを部活にしているだけあって、ルールの平等性に気を配っている事に読子は感心した。
「もうすぐアップデートで新しいワールドが追加されるから、その日に合わせて月原も5人集めて来いよ。他にも参加したいっていう部がいっぱいあるからな」
「えっ、他の部活も参加するん?」
「ああ、レーザーホッケー部だろ、空手部に剣道部、卓上遊戯部、理科実験部……」
「そんなに!?あかん、これは参加せんと統括争いに置いてけぼりにされるレベルやん!」
「まあ実際これで決めようかって話もあるくらいだからな。でも学校側が認めてないからそういうわけにもいかない。ホント、大人って頭かてぇよな。何でもゲームで決めれば血流さなくても済むのに」
西應は読子を意識してか、眼鏡をくいと上げて知識人のようにふるまった。
だが読子は西應に見向きもせず、礼もそこそこに大急ぎで部室を後にした。
*
「風子ちゃん、出てくれへん?」
「うーん……」
「今の風子ちゃんが安静にしながらでもトレーニングできるとしたら、VRMMOしかないと思う!」
風子は肩を怪我してから、ずっと普通の学生のような日々を過ごしていた。
それが風子には休息になっていたが、同時に退屈だったのも事実である。
「7月24日の大型アップデート、全員同じ条件でできる唯一の日やねん!
運動部もいっぱい出るから、風子ちゃんが運動部統括を目指すに当たって、重要なイベントになる事は保証するで」
「よし……読子ちゃんがそこまで言うなら出るよ!」
風子は拳を握りしめ、快晴の空を見上げた。
風子は一度決めたらとことんまでやるタイプ。
残る3人のメンバー集めは実質風子が行ったと言っていいだろう。メンバーはとんとん拍子に決まった。
「ゲーム?中間試験も終わってる頃だからまあいいけど……」
まずは三條家の令嬢である三條エリリカ。
ゲームとは無縁だが、体力と戦闘技術において彼女に勝る女子はそうそういないと言っていいだろう。
「ゲームだって?1日くらいならまあいいぜ。で、誰を殴ればいいんだ?」
次に木下野薔薇(本名ノバラ・プラーミア)。何でもありのオンラインゲームでは彼女は頼れる存在になるだろう。
「ゲームは中学でやり尽くした。が、バーチャルリアリティというものには少し興味があるな」
最後に科学者の道玄坂紅葉。圧倒的な知識量と、ステータスを覗く事ができる彼女はパーティに一人は欲しい人材である。
「この5人なら絶対に勝てるよ!」
風子は小躍りでもせんばかりにウキウキした。
「でも先にゲームの事を知っといて欲しいから、まずはこれをお読みください」
そう言って読子は、辞書ほどもある厚みのMARSオンラインの説明書を風子に渡した。
「重っ!鈍器レベルの重さだよ」
「VRMMOは仮にも人体に影響の及ぶものやから、自己の体調管理からネットリテラシーまでしっかりと守れる人やないと、アクセスする事さえできひん。簡単なテストやけど、これに合格せん事にはそもそもゲームに参加できひんからその覚悟で」
「ひー!」
およそ一か月後には風子の嫌いな勉強が中間試験と一緒にやってくるのだから、たまったものではなかった。
7月の最終日に運動部・文化部統括が決定し、二学期から生徒会に入る事になる。
クラブの道場破り等でそこそこ名の知れてきた風子と読子だったが、統括になるには今一歩知名度と人気が足りない。
流行りのVRMMOを制する事は、彼女達には単なる遊び事ではなかった。
――MARSオンラインのコンセプトは火星。実際の火星への移住は技術が進歩するほど、実現が困難である事が明らかになってきた。
コンピューター社会に生きる我々現代人は、実際に宇宙旅行をするよりも先に、人工的に異星暮らしを体験する道を選んだ。
最終的に火星と同じ面積のフィールドを作成するという試みで開発されているMARSだが、まだ完成にはほど遠く、日本で言うところの四国くらいのマップしかないのが現状である。
とはいえ、オンラインの人口200万人を考えると、歩き回るには途方もない広さである事は間違いない。
中間試験を終え、VRMMO適性テストも終えた風子達5人は、指示されるままにVRヘッドセットを身に着け、夢心地のままにVR転送室のベッドの中で深い深い眠りに入った。




