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第二十一話「風子と読子の決闘」Part2

「仲直りやって?全然分かってへん。私は今、如月風子を心底嫌ってるっていうのに。

 天堂さんの思い通りになんてさせるもんか。

 私は万全の準備をして、如月風子を完膚なきまでに叩きのめす」


 誰もいない教室の中、読子がチラリと風子の席を見ると、机の上に何かが置いてあるのを発見した。

 それは机に入れ忘れたであろう、風子がいつも読んでいるコミックだった。


「これは漫画……?『グラップラー三平』っていうんか。確か風子ちゃ……如月風子がよく話してたな。これを使えば……」


 読子にふと、風子を『完膚なきまでに叩きのめす』アイデアが舞い降りてきたようだった。



               *


 

――その一方、風子はトレパンと日々のトレーニングに明け暮れていた。

 トレパンは自分のカポエラの技術を風子に託す為に毎日風子に基礎を教えていた。


「カポエラが本当にレスリングのヒントになるか、正直分からん。もしこれで何の変化もなければ、お前は高校生活の最も大切な期間を、カポエラをしながら遊んでいただけになってしまうが」

「いいよ。何が無駄かなんて、やってみないと分かんないし」


 そこにやってきたのは、校内をぶらついていた紅葉だった。


「五十嵐先生」

「ん?お前は編入生の道玄坂紅葉だったか。中学のときの風子の同級生らしいな」


 紅葉はトレパンの言葉など耳に入らないとでもいうように、その姿をジッと見つめた。


「先生に質問があります。どうやってそれほどのステータスを得たんですか?」

「ステータス?なんのことだ?

 正直、底辺の私立学校の教師なんて合コンじゃあまりモテないぞ?」

「そういうステータスじゃない!身体の基礎能力のことだ!」


 トレパンは知られたくない事を知られた時のような、諦めに近い表情をした。


「それほどの力があれば、力でこの学園を支配することだってできるじゃないか。なぜ隠す!」

「俺はそういう『力』は『力』と呼ばないんだ」

「じゃあどういう力を力と呼ぶのだ?」


 トレパンは顎に手を当てて、少し考えてから口を開いた。


「……例えばめちゃくちゃファッションセンスのある奴がいたとして、そいつが近所のスーパーにパリコレみたいな服を着ていったとしたら、そいつはそんな事してる時点でセンスが無いことになる。

 つまり力の出す場所を知らない者は大きな意味では、どれだけ力があっても未熟者って事だ。そのうち自分の力が破滅を呼ぶだろう」

「なるほど。それでお前は力を滅多に使わないというわけか」

「そうだ。戦いはステータスじゃないぞ。人間の身体能力はその日の心理・状況によって一瞬一瞬に変わっていくものだ」


 トレパンの行き過ぎた説教に紅葉は不快な表情を見せた。


「変化の法則も含めているのが私のステータスフリークスだ。もしステータスが刻々と変わっていかないとしたら、風子のステータスがこんなに低いわけがないからな」

「ええっ!低いの私!?」


 風子は紅葉に弱いと宣告され、たまげた表情をした。


「ああ、お前の際立って高い攻撃速度と移動速度、あと脚力をのぞけば、その辺の運動部の男子より低い。それをEP(Ether Point)つまり異能によるエーテルの力で補っているんだ。

 異能者を見ていて分かったのは、全て体の弱さを『異能』が補っているという点だ。補っていると言っても、直接補うわけではないがな。

 例えば視覚の弱い人間は代わりに聴覚や嗅覚が鋭敏になる。このように異能者は自分の『長所』を伸ばす事で欠点を補い、この世界を生き抜こうとするわけだな」


 紅葉は風子の並々ならぬステータスの減少具合を危惧した。


「悩みや問題に翻弄されている人間は弱い。風子。お前は一刻も早く自分の問題に終止符を打たなければならない。『ステータス異常』は直さなければならないって事は分かるだろう?今、お前の中にある問題はなんだ?」

「読子ちゃん……と、今日の夜会える事になってるんだ。でも行こうか迷ってて……」


 風子は今の複雑な気持ちに戸惑っていた。


「それは行くしかないんじゃないか?人間は皆、今ある問題が悩みとして心の表面に浮かんでくるようになっている。それを見て見ぬふりせずに解決する事で道は開けるんだと思うぞ?」

「そうだぞ、風子!」


 紅葉にかぶせるようにして急にトレパンが紅葉に同調しはじめた。


「……普通こういう事は教師が言うんじゃないのか?」

「言いたい事は全部お前に言われたんだ」

「うそつけ!」


 風子は迷っていた。人生でこれほどまでに風子を悩ませた事は無いほどに。それは大きな変化の前触れだったのかもしれない。



                *



 風子達のやり取りを見ていた野薔薇とミキは、先回りして校門で風子と読子が出会うのを校舎から双眼鏡で覗いていた。

 校門でそわそわしながら待つ風子をよそに、野薔薇はギャンブルでもする前のようにワクワクした表情を見せた。


「なあミキ、どっちが勝つと思う?」

「勝つって……まだ戦うとは決まってないじゃん」

「私には争いの臭いが分かるんだよ。必ず喧嘩になる」


 野薔薇は自信ありげに答えた。


「ふーん。じゃあもちろん、フーちゃんでしょ。月原さんって文化系でしょ?それも何か病弱な感じの。フーちゃんに敵うわけがないじゃん」

「バーカ、さっきの話聞いてなかったのか?異能は足りない能力を別の形で補うって言ってたろ?そういう意味では月原はめちゃくちゃ怖い相手だぞ」

「そっかー、って、またバカにしたでしょ!?」

「しっ!誰か来た!」


 暗くなりかけた空の下、堂々とやってきたのは月原読子だった。

 が、いつもと様子が違う事に二人は驚いた。


 文化部のはずの読子が体操服を着ていたのである。

 ミキは野薔薇がまた面白がって茶化すと思ったが、意外にも野薔薇は真剣な顔をしていた。

 野薔薇はやがてくる二人の危機を予感してしまったのである。


「これは……嵐になるぞ」



                *


「お待たせ」

「……読子……ちゃん」


 デートの時とは、いろいろな意味でまるっきり反対の構図だった。

 読子は遅れてきた事を詫びもせず、ただ冷たい目を風子に向けた。


 二人の嫌悪感は惚れ薬による反動にすぎない。しかし、その感情と共に二人の心の内側にあるものが外に出てくる事は十分に有り得る。


「どうして体操服なの?読……月原さん」

「それはあなたに合わせる為。あなたをあなたのルールで負かす事で、初めて私はあなたの心を完全にへし折る事ができるから。

 ここで私とレスリングの勝負をしよう。もし私が負けたら文化部統括を諦める。ただしあなたが負けたら運動部統括を諦めてもらうで」

「正気!?文化部の読子ちゃんが私に敵うわけないじゃん!」

「やってみんと分からんやろ!」


 恨みのこもった、読子にしては異様に低い声で風子を睨みつけた。

 すると読子の後ろから真っ赤なオーラのようなものがこみ上げてくるのを風子は見た。


 それが読子の体にまとわりついたかと思うと、その赤い闘志のようなものが読子を、まるで武道の達人のように見せた。


「その風貌……」

「如月風子、お前を倒す!」


 読子は思い切り風子の元に突進していった。

 風子もそれに応じて体をぶつける。まずは力比べだ。


 お互いの細い体がぶつかり合うと、風子の体が少し後ろにのけ反った。

 

「(風の力を借りてても押し負ける……!男子以上の力だよこれは!)」

「……確か相手の両肩を一秒間、地面に付けたら勝ちやったな」


 読子はセーブしていた力を全て使い、風子を思い切り地面に投げ飛ばした。

 そして逃れられないように体を押し付けた。

 

「(やばい!負ける!)」


 風子は風の力を全て開放し、竜巻のようにその場で回転した。

 すると風子の肘が読子にあたり、読子は後方に弾き飛ばされた。

 読子は口から血を流していた。


「あ、ごめん!」

「こんくらいで謝らんといて。冷めるやんか。

 でもちょうどええわ。チャレンジャールールでやろうか」

「チャレンジャールールって、打撃アリになるルールだよ!?」

「先に殴ったんはそっちやろ?断る権利はないと思うけど?」

「……」


 読子はニヤリと笑うと、口元の血を拭い、またもや戦闘態勢に入った。

 今度は風子の見慣れたポーズをする読子。


「その構えは……!グラップラー三平の『風林火山』!」

「如月風子。あなたの机にあった漫画を読ませてもらったで。私は漫画を元にグラップラー三平の主人公・米俵三平の思念体を合成・再現し、思念体融合(アストラルフュージョン)を使って、私の思念体と融合させた」

「それで見違えるほどに強くなってたのか!」

「そう。そうする事で実在しないキャラクターの思念体を、限りなく現実に近いものとして具象化させる事ができる」

「でもそれなら直接三平を呼び出せば良かったんじゃ?」

「それやと私の手で倒す事にならんやろ。そもそも漫画のキャラクターなんてものは召喚したところで偽物やからな。個人個人の概念の集合である思念体の方が純粋にそのキャラクターを表しているという事からも、思念体融合でいく必要があったんや。

 さあ、おしゃべりはここまで。好きなキャラクターの技でぶっ倒したるわ」


 読子は、肩をいからせた独特の構えを取った。

 風林火山は、風子が三平から真似して改良した、四択攻撃の必殺技である。

 読子の構えは、その中でも最も危険な構えだった。


「風林火山・火の章!」


 すると読子の体が燃え上がったように赤くなり、身体能力が飛躍的に上昇した。

 かと思うと、読子は前よりも遥かに増したスピードで風子の懐に飛び込み、殴打のラッシュをかけた。


 風子は両腕で『山』を作ってただひたすらに耐えていた。動かざるごと山の如し、それが今の風子にできる精一杯の抵抗だった。


「恐るるに足らず!如月風子!守る事しかできない人間に勝機は決して訪れない!」


 止まらない殴打のラッシュ。

 風子は傷つきながらも、じっとその攻撃を健気に受け止めていた。




――先に疲労が見えてきたのは、意外にも読子の方であった。

 遠くから見ていた野薔薇とミキも読子の異変に気付いたようだった。


「ねぇ、バラっち、なんで攻撃してる月原さんの方が疲れてるの?」

「だから言っただろ。火は燃費が悪いんだって」


「それだけが原因じゃない」


 野薔薇とミキの元に、自家製タバコをくわえた紅葉がやってきた。


「月原読子の属性は『水』だ。自分の属性を顧みずに、勝手な思想に溺れて無理やり風子を倒そうとしていたようだが、風子の方が一枚上手だったようだな。

 恐らく風子は月原を放っておけば自滅する事を直感的に察知したのだろう。よってあえて手を出さずにいたのだ」

「ご丁寧な説明どうも。じゃあこれは風子の勝ちかねぇ」


 読子は、自分の体が平衡感覚をなくしていく頃になって、はじめて自分の過ちに気が付いたように、その攻撃をやめた。


「はぁはぁ……どうして……?漫画の中では使えば必ず勝ちになるはずの『火』の章がどうして!?」


 風子は、漫画を読み込んでいるであろう読子に、あえて苦言を呈した。


「火の章は必ず勝ちになるわけじゃない。必ず勝つと覚悟した時に使っているだけなんだ。その上で『悪しきものを抹消するとき』や『相手に敗北を受け入れさせる為』にあえて危険な火の力を使っているんだ」

「そうやったんか……」


 読子は両手を地面に付けて崩れ落ちた。

 だが風子はそんな読子に容赦せず、あろうことか読子と同じ風林火山・火の章の構えを取って見せた。


「悪いけど手は抜かないよ。私だって本気で怒ってるんだからね」

「くそ……!負けたくない!如月風子なんかに負けたくない!」


 その時、読子の耳元で何かが囁いた。


「(風林火山には裏の章が存在する)」

「(誰!?)」

「(米俵三平だ)」

「(ええっ!?ご本人!?でも思念体は実在とは違って)」

「(そんな事はどうでもいい。さて風林火山の『背』には何が『流れて』いると思う?)」

「(『背』『流れる』?」

「(火を克する事ができるものだ)」

「(……もしかして『水』?)」

「(その通り。水の章は『背水の陣』の心がけを使って火を克する新手の章なのだ。恐らくお前とは相性がいいだろう)」


 迫り来る風子に、読子は思いきって叫び声を上げた。


「風林火山・水の章ーっ!」


 そしてでたらめな構えを取って、風子を思い切り睨みつけた。

 風子の風を斬りつけるタックルに、読子は体ではなく、頭だけで突っ込んでいった。


 これでは、組みたくとも組めない。風子は正面を諦めて、横から手を伸ばして読子をつかもうとした。

 しかし読子はそれを肘を突き上げるようにしてガードし、またもや組む事を避けた。

 あえて手を使わない事で、組まれる危険を防いだのである。


 そして、図らずも風子の懐に入った読子に、初めてのチャンスが訪れた。

 この機を逃さなかった読子は、肩と背中を使って思い切り全身を風子にぶつけた。


「米俵流・零式鉄山靠(ぜろしきてつざんこう)!」


 八極拳までも極めた米俵三平の零式鉄山靠は大きな破裂音を伴って風子にヒットした。

 風子は地を這いながら10メートル以上も吹き飛ばされ、風子はおもむろにうずくまってしまった。

 読子は一連の流れを自分がした事に気づいていなかった。


「はぁ……はぁ……これ、私がやったん?」

「(そうだ、咄嗟の覚悟が迷いを払い、最善の行動を呼んだのだ。これこそが風林火山の奥義『水背陣(すいはいじん)』である)」

「ありがとう!三平!」

「(安心するのは早い)」


 三平がそういうが早いか、風子はむくりと起き上がって、口元をニヤリと曲げた。

 戦う事を楽しんでいたのか、あるいは読子の本気に喜びを示したのか、本当の事は分からない。

 だが風子は確かに笑ったのである。


「(何という女子(おなご)だろう。鉄山靠がヒットする間際にエアバッグのように丸めた風を自分の前に作り出し、それをクッションにしてダメージを激減させよった)」

「何やって!じゃああの破裂音と吹っ飛びは、風によるものやったんか!」

「(そういう事になる)」

「あかん、私の背水の陣でさえ倒せへんなんて……」

「(お前はよくやった。ただ相手がいつも背水の陣だっただけの事だ)」

「慰めになってへん!」


 風子はまたもや風林火山の構えを取った。読子も負けじと構えを取る。


「負けへん!絶対に負けへんから!」

 

 お互いに交差する二人。おそらくはこれが最後のタックルになるだろう。

 これで勝敗が決まる。負ければ統括を諦めなければならない。どちらにも決して負けられない試合。


 読子が風子を掴もうとした次の瞬間、何を思ったか風子は身を投げ出して、読子を庇うように後ろに回りこんだ。

 すると、風子の肩に一本の矢が刺さり、風子は血を流して地面に倒れこんだ。


「えっ……」


 読子には何がなんだかわからなかった。ただ地面に血を流して倒れる風子がそこにいたのである。



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