第二十一話「風子と読子の決闘」Part1
月原読子に敗れた文芸部部長・天堂魅咲は、とある禁忌に手を出そうとしていた。
異能者にはそれぞれその異能を使って『絶対にやってはいけない事』が存在し、全ての異能者はそれが何なのかを直感的に把握している。
例えば読子の場合、右目の思念体視野と左目の魂体視野を同時に発動してはならない、等である。
夜も深まった頃、天堂魅咲は几帳面に書棚に保管しているメモ帳を取り出し、読子の情報から『過去の書』と『未来の書』を新たに作り出したかと思うと、そのエーテルで作られた二つの本を左右から一つに重ね合わせた。
赤と青の書は光を放ちながら交わり、たちまち不気味な紫色の書が生まれた。
その表紙には綺羅びやかな蝶々の絵と共に『現在の書』と大きな字で書かれていた……
魅咲は他人の本心を知る事ができる喜びに、思わず顔を歪めた。
「月原読子。お前の全てを暴いてやる。醜く浅ましい本性を!」
*
風子と紅葉が朝の通学路を歩いていた。
中学時代によく一緒に登校していた二人だけに、互いに完全に心を許している、砕けた様子だった。
「モミジ、体の方はだいじょーぶ?」
「……全く、夜の町にほったらかしにされるとは思わなかったぞ。これでも一応レディなんだが?」
相変わらず無作法に制服の袖をまくっている紅葉は、今にも自家製タバコを取り出さんばかりにイライラしていた。
「ごめん!何かあの日は頭がおかしくて、完全にモミジの事を忘れてたんだよ」
「風子に存在を忘れられるなんてショックだわー。これは何かおごってもらわないと怒りが収まりそうにないわー」
「おごるよ!うまい棒でもおやつカルパスでも蒲焼さん太郎でも何でも言って!」
「全部10円じゃねぇか糞野郎」
紅葉は殴る真似をするように、風子の顔に拳を押し付けた。
二人の間にしばしの静寂が訪れる。
「元気ないな、風子」
「そう?いつもどおりだよ」
「私には分かる。顔に鮮やかな字で『ハッキリと』書いてあるからな」
「ええっ!?誰かに落書きされた!?」
風子は紅葉の語調におどかされ、思わず自分の顔を両手でさすった。
紅葉は風子のリアクションで最後の確認を取った後、ポツリと呟いた。
「ふ……どうやら私も『異能』に目覚めたらしい」
その時風子は初めて、紅葉に宿る不思議な目の色に気づいた。
「月原の死神の腕に心臓を掴まれた影響かもしれない。朝起きたら家族の体に、夥しい量のその人間の情報を数値化・言語化・図形化・あらゆる手段で表現されたものが、ミリ単位で体を覆うように羅列されているのが見えるようになっていた。
まだ家族の情報しか見ていないが、身体能力程度ならハッキリとした数値で読み解く事ができる。
お前の顔の辺りにも見えるぞ。バイオリズムの下降曲線がな」
「す、すごい!モミジらしい能力だね。中学の時からエクセルでオンラインRPGの全てのモンスターのステータスとか管理してたもんね!」
「うむ。だから私はこの能力を『ステータスフリークス』と名付ける事にした。
……あぁ!早く学校に行って全ての生徒のステータスをこの目で見たい!そしてゆくゆくは全ての生徒のステータスをプログラムに組み込んで、リアルタイムで徹底的に管理してやるぞ!」
「さすがは生徒会志望というか何というか……」
風子は異能に目覚めた紅葉を見て、この先起こる苦労を予期したのか、大きくため息をついた。
*
「はぁ」
同じ頃、読子は肘をついて、窓側の席から見える空を眺めていた。
クラスメイト達は飽きもせず笑いながら終わりのない談笑を続ける。授業が始まれば教師は愚にもつかない説教をとくとくと垂れ流す。そんな有害な雑音を聞き流しながら空虚な時間を過ごし、やがてそんな声もしなくなる時間まで、読子は黄昏の世界の中に心を遊ばせていた。
そんな姿を見ていたのは、天堂魅咲だった。
天堂魅咲は、あるいはそんな隙だらけの読子を再び支配する事もできたかもしれない。
だが天堂魅咲の様子は昨晩とは違っていた。
「月原さん、あなたを構成している精神世界……美しすぎるわ!」
「……?どうしたん、天堂さん」
魅咲は『現在の書』を読んで、読子の内面世界に深く触れたようだった。
「あなたの世界を少しだけ覗かせてもらったわ。あなたの折れそうなほどか弱い美しさは、悲しみと不幸と儚さでできている。それはまるで月夜の草原に咲く一輪の花のよう!」
「あ、そう……」
読子は興味なさそうにまた窓の方に向き直った。
「そして今も巨大な虚しさを胸に抱えながら生きている」
「……」
魅咲は落ち込んだ読子に、もうこれ以上の会話は望めないと悟り、教室を後にした。
ドアの前で振り返り、魅咲はもう一度だけ口を開いた。
「早く如月風子さんと仲直りできるといいわね」
その言葉に憤慨した読子は、椅子から立ち上がって魅咲を睨みつけた。
「どうしてあなたがそんな事っ……!一度は関係を壊そうとしたくせに!」
「それについてはもう罰は受けたわ。最後にお節介をさせてちょうだい。あなた、今日の夜6時30分に校門前に来なさい。そこに如月風子を呼んであるわ。どう仲直りするかはあなた次第。」
「そんな事頼んでへん!」
「頼まれなくても知っているのよ。あなたの心は、この『現在の書』で手に取るように。じゃあね」
そう言って魅咲は教室を出て行った。
呆然と立ち尽くした読子の横顔を、朱色に燃え上がった夕焼けが照らしていた。
*
「燃やすってのは、とにかく非効率的なんだよ」
「いーから、見せてよバラっちの炎の能力」
その頃、野薔薇は体育館の裏で、ラブアンドピースのミキと能力について話していた。
「炎を出すには体内の酸素を消費する上に、人体の90%は水分でできてるって言うじゃねぇか。炎の能力なんて燃費悪すぎてダメダメな能力だよ全く」
「じゃあ何でそんな能力生まれたの?」
「私が知るかよ。威力はあるけど、そもそも使ってるこっちが一番熱いっていう、な」
「ははは」
笑い声で和んだ雰囲気に水を差すように、二人は自分達を覗く視線に気づいた。
「誰だ!出てこい!」
野薔薇が叫ぶと、その人物はポケットに手を突っ込んで野薔薇の前に現れた。
それは道玄坂紅葉だった。
「お前は風子の……」
道玄坂紅葉は無言のまま、てくてくとやってきたかと思うと、二人を品定めするように色々な角度からジロジロと見た。
おそらくは新しく得た能力で野薔薇とミキのステータスを読み解いているのであろう。
「ステータスにおける火……というのは属性、つまり気質の事であってな。別に炎を出せる必要はないんだよ」
「あん?何言ってんだこいつ」
野薔薇は、これまでの話を聞いていた紅葉に喧嘩をふっかけるかのように、ぶっきらぼうに悪態をついた。
だが紅葉はそれにも反応せずに、今度はミキの方を見た。
「お前は『金』属性か。ふむ。やはり属性は大きく分けて6つ。更にその3対3を大別する2つの極が存在する、という事で間違いなさそうだな」
野薔薇とミキはお互いに顔を見合わせて、不満足気に首を傾げた。
それも当然のように、紅葉はなおもしゃべり続けた。
「いずれ私が発表する『陰陽六属性理論』を授業で習う日が来るだろう。先に知っておいて損はない。どうだ、属性概論だけでも聞く気はないか二人とも」
ミキは怪訝な表情をしたが、野薔薇には紅葉の言いたい事が何となく分かったようだった。
「属性概論だと?面白そうじゃねーか。ミキでも分かるように説明してくれよ」
「何!?バラっちのその言い方!自分の方が教養あると思って!」
二人の痴話喧嘩の間、紅葉はボールペンで何やら図を書いた後、属性概論の詳しい説明に移った。
「まず、この世界に存在する六属性から説明する。
この六属性は三対三で対立し合いながら調和を保っている。一つは火・風・木だ。
次に、それらと対をなすように水・土・金が存在している。このグループは対になるグループでは互いに打ち消し合い、同じグループでは互いに強め合う関係になっている」
「ふーん。でも火と水、風と土は分かるけど、木と金は逆じゃないか?木の方が火に弱いじゃないか」
「火は熱であり太陽でもある。火と木は互いに強め合うのだ。焚き火を行うのに金属を使うやつはいないだろう?木と風の助力がないと焚き火はそもそも不可能なのだ。
それでも納得いかないならば、より明確な分け方がある。
火と風と木に共通するのは『全て上に向かう力』であるという事。火も風も上昇していくし、木も上に伸びるだろう?よってこれを『陽』のグループに置く。
対して、水と土と金は下に溜まる性質を持つ。『金』は石や鉱石を想像してくれればいい」
「水は低きに流れる、ってやつか」
「そう。これを『陰』のグループに分ける。そしてこれらを図式化したのがこれだ」
紅葉は先程ボールペンで書いた図を見せた。
火と風と木が三角形で繋がっており、水と土と金が逆三角形で繋がっている。
それが重なりあって六芒星を描いていた。
火と風と木からエネルギーが外側に向かい『太陽』を描き出している。
水と土と金は内側に向かい、中心にある『空』を描き出している。
何かの法則性が感じられる不思議な絵だった。
「同じ三角形同士がさっき言ったグループだ。そして外側に向かう力が、この地球上で言う、上に向かう力を表している。『陽』は無限に外に向かう力であるのに対して、『陰』は無限に内側に向かう力なのである。
この『陽』と『陰』はよく『光』と『闇』と表現されるものに似ている。だが今の世の中では『光』は『善』であり、『闇』は『悪』であるという間違ったイメージが横行している為に、中国思想の陰陽を借りて表現している。どちらが良い悪いではなく、お互いがバランスを取り合って存在しているのを忘れてはならない」
「ふわ……何かすごい……」
「これを『陰陽六属性理論』またの名を『太陽空理論』と呼ぶことにした」
ミキは素直に感心を示したが、野薔薇はまだ納得していないようだった。
「でも中国では五行ってのがあるんじゃなかったか?」
「ああ、木火土金水の事だな。そういえば五行には『風』がないな。ならば知らなかったのだろう。世界を循環させる『風』という重要な存在を」
一同は風子の事を思い出した。
「ま、分け方の違いさ。五行は人体の五臓五腑に結び付けられており、人体と地球との関係を表していたものだから5つしか存在しない、と私は解釈している」
紅葉はできるだけ論理的に説明をしたが、野薔薇はまだ全てに納得したわけではないようだった。
「でもよ、火と水じゃあ、水の方が勝つってイメージが強いんだが?」
「それは水の方が多い時が勝つだけの話で、火が多ければ水を蒸発させる。量だけの問題だな。火を効率よく消せるのが水だけだとしたら、水を効率よく消せるのもまた火である。地球上の水が干上がるとしたら、それは間違いなく火の要素を持ったものの仕業だ」
「ふーん、でも燃費が悪い事に変わりはねぇんだよな」
「そんな事はない。それはまだ能力に慣れていないだけだ。能力は使えば使うほど、使い方が分かってくる。火は確かに瞬間的な火力を出すタイプかもしれんが、不利だとか非効率だとか、弱いだとかいう事は断じてないぞ」
野薔薇はその紅葉の言い方でピンと来るものがあった。
「その言い方……お前も火か!」
「私は木属性だ。だが火の属性も持ち合わせているかもな。私が見た中には2つの属性を持つ者も少なからずいた。私の能力が強化されれば、その辺りも徐々に判明していくだろう」
「陰陽、光と闇も属性なのか?」
「いや、光と闇は私の能力では属性とは表されていない。だがどちらに傾いているかは計算する事ができる。私はこの光と闇の進行度を、中国思想を習って『道』と表現する。『道』は万物が一つである事を表している。道は一つしか存在しないが、行き先は二つ存在するだろう?どちらの道に進むかはカルマ値次第で簡単に逆転する可能性もある。が、まあそれはお前らに話した所で分からんだろう」
「いちいち上から目線なんだよお前は!」
会話の流れを中断された紅葉は、一服の為にポケットから自家製タバコを取り出して火を付けた。
「ふぅ……木属性だからタバコがウマい」
「関係あるのかよ!」
「さぁ?でも私は自家製タバコを吸う事によって緊張感が上がってステータスが約1,2倍になるぞ。と言っても、そのあと徐々に下がっていき、ついには平常時よりも下がってしまうわけだが」
「ダメじゃねーか!」
「ま、刺激なんてそんなものだ。お前らもギルド潰しなんて遊びはやめて、思想の元に何かを成し遂げてみたらどうだ?そうする事で『道』の値は上昇していくぞ。私の観点からすると、最後に力を持つのはこの『道』ではないかと睨んでる、が、まだ予測の域を出ないな。改めて全ての値を徹底的に洗い出して、新たなステータス項目を導き出す必要があるな……」
ブツブツと小言を発しながら、紅葉は去っていった。
「なんか……最後まで一方的に話された気分だぜ」
「でも面白かったね。属性の理論」
「だけどあいつ以外に属性を判別できるやつがいねーってのが問題だよな。もっと色んな奴の属性を知りたいぞ」
「じゃあ、尾行してみる?バラっち」
「そうだな、そうしよう」
野薔薇とミキは、歩き去る紅葉に見つからないよう、後を付ける事にした。




