第十八話「さすらいのスピードスター」
「女子柔道部主将・佐伯早苗!いざ勝負!」
球技系のクラブを制覇した風子は、待ちに待った武術系のクラブに乗り込んでいた。
この時の風子は、武術系のクラブ同士が運動部統括をめぐって血で血を洗う闘争の真っ最中である事は知る由もなかったが、最初に乗り込んだのが真面目で礼儀正しい女子柔道部で幸いだったと言えるかもしれない。
女子柔道部主将・佐伯早苗……SSの異名を持つ彼女は、風子とは別の意味で最速を目指していた。
彼女が相手を掴んでから背負投げの姿勢に転換するまで、およそ0.05秒、このスピードを実現できたのはとある特訓の成果である。
面と向かった二人、早苗はため息をついて、話した。
「つまんない。あなたなんてただの陸上部の助っ人でしょ?クラスの人気者でも気取っていればいいじゃない。それをどうして運動部統括になりたいの?」
「そう決めたから」
「ふぅん。まああなたは無所属だからいいでしょうね。私なんて無名のあなたに負けたら運動部統括を目指せないどころか、キャプテンだってやめさせられるわ」
「じゃあ私は負けたら退学したっていいよ。お互い何かを賭けるならフェアじゃないとね」
どこまでも飄々とした風子に対して早苗はキッと睨んだかと思うと、その後フッと笑った。
風子を倒すべき相手として認めたようだった。
「よろしい。ところで如月さん。あなた、『テーブルクロス引き』やった事ある?」
「皿だけ残してテーブルクロスを引っこ抜くやつ?」
「そう。あれには特別な集中力と瞬発力が必要なの。私は最速の為に色んな事をやったけど、柔道においてテーブルクロス引きほど緊張感と瞬発力を養うものは無いわ。背負投げも同じ。相手が動いているか動いていないかの違いだけよ」
佐伯早苗は指を広げて構えた。風貌は風子とソックリだが、さくらんぼのような赤い髪留めに、素朴さが現れていた。
緊張が走る中、早苗の方が風子に向かって突進した。
風子は足を使って相手に捕まらないように場を支配する作戦に出た。
屋内でも風子の風の能力は健在だった。
風子の変幻自在の風に、早苗の重い柔道着が早苗の行動を奪った。
風子は拍子抜けしたような顔をして言った。
「スピードスターと呼ばれる割にはちょっと遅くない?」
「あら、足が速いなんて言ったかしら?」
早苗は自分の足が風子に追いつかないと知ると、思い切った行動に出た。
なんと柔道着を脱いで、サラシ一枚の姿になったのである。
そして右腕を上に、左腕をやや下にして両指を開く、独特の構えを取った。
風子は指を顎に当てて首をかしげた。
「それじゃ動きにくくない?不利な構えだと思うけどなぁ」
「『天地和合の構え』は待ちの構え。追いつけないなら、いっそ追わない!追わないなら負けない!」
「めちゃくちゃな理論だ!でもそう聞くとあえてこっちから突っ込みたくなっちゃう!」
風子は、待ち受ける早苗に向かって真正面から突進した。
「天地和合を実現するもの、それは『人』也!さぁ、活目せよ!」
早苗は、突進してくる風子の襟元を掴んだ。
そこから次の一瞬で背負投げの姿勢に転じたかと思うと、目にも留まらぬ速さで風子を投げ飛ばした。
スピードスターという名の由縁は、この動作のスピードからついた異名だったのだ。
が……早苗の背負投げが投げ飛ばしたのは、風子の強化体操服の上着だけであった。
風子はグレーのスポーツブラだけになって、元いた場所に立っていたのである。
早苗はビックリしながら、脱がしてしまった風子の上着を見つめた。
「なっ!?」
「ふっふっふ。投げられる時に体をズラしたんだよ」
早苗はテーブルクロス引きのように、風子から服だけをキレイに抜き取ってしまったのである。
特訓も奇抜であればあるほど、癖が生まれるものである。
風子はその盲点を知らぬ間に突いていたのである。
ただ風子に誤算があるとすれば、それは『自分が下着姿になるのはめちゃくちゃ恥ずかしい』という事だけだった。
「あなた、顔真っ赤よ」
「こここんなもの、は、恥じらうまでもない!」
仁王立ちのまま顔を赤らめる風子だったが、下着一枚になった自分の姿を手で隠さなかったのは立派だった。
下着同士となった二人の戦いは、歴戦を潜り抜けた女戦士のようだった。
風子は早苗に注意をした。
「ブラを引っこ抜くのはやめてね!」
「そんな武道の精神に背くような事はしないわ!……事故がなければね」
早苗が再度突進する。風子もそれに応じる。
風を使える風子は、足を崩しただけでは倒せない。早苗は確実に倒せる一本背負いだけを狙いに行った。
が、それを察知していた風子は構えを解いて、直立したまま腕を一本前に出した。
その異様な光景に、早苗は一瞬たじろいでしまった。
風子はその心の後退を見逃さなかった。
「風林火山『風の章』!」
風林火山『風の章』は神速二回行動。
更に条件が整えば、追加で何度でも行動を追加できる風子の新たな必殺技である。
風子は早苗の腕を掴んだ。そして次に相手の懐に潜り込む。ここまで二回行動。
そして次に相手が何らかのアクションを起こした時に限り、風子は更に追加で行動する事ができるのである。
リアクションも一つのアクションであり、風子はその相手の反応にいつまでも付け込む事ができるのである。
『先手必勝』とはこの事を言い表したものである事を風子は知っていた。
早苗が振りほどこうともがいた強い力を使って、風子は空に飛んだ。そして後ろに回りこむ。
早苗は風子の読み通り、動揺して振り返る。その行動を使って相手の死角側に立つ。
後は隙を見て投げるだけ。
風子は最速で、柔道の授業で習った払腰を決め、相手を制した。
早苗はもう抵抗する事をやめた。
潔く負けを認めたのである。
「……負けたわ。柔道部主将が素人に投げられたなんて、それだけで退部ものよ」
風子は下着になったお互いの姿を見比べた。
「運動能力は互角に近かったよ。あと、胸の大きさもね!」
風子は親指を立てながら、早苗に柔道着を渡した。
「ありがとう、楽しかった……」
早苗はうつむいて、圧倒的な能力を持つ風子に、負けた事さえも誇りに思った。
すると、風子は顔を赤らめて大声を出した。
「早く受け取って!私も早く上着着たいから!」
風子は大慌てで自分の上着を取りに行った。
風子が上着を着ると、早苗は何かを決心したような顔で風子に言った。
「約束通り、柔道部はやめるわ。そして武者修行の旅に出る」
「ええっ!?別にやめる必要はないよ!」
「決めたからいいの。私は馬鹿だから一つの方向にしか進めないのよ。私にはもっと実戦がいる。そう思ったの。じゃ、またどこかで会いましょう」
そう言って、早苗は柔道場を後にした。
その決心の早さと行動の速さはまさにスピードスターの名に恥じない振る舞いだった。




