第十四話「風子と読子の甘い夜」
「絶対善か、やけに大きく出たな」
風子は、先週起こった事を全て読子に話し、相談した。
読子は興味深そうに、白い服を着たメビウスと名乗る団体の正体を推察した。
「普通そういう正義を振りかざしたグループは一部の独善的な人間に振り回されて、左翼思想に陥るのが関の山や。でも……」
「でも?」
「『絶対善』となると話は変わってくる。絶対善という事は、恐らくグループに絶対善の象徴である超越者がおるという事や。どの宗教にも必ずトップに最高指導者がおるやろ?」
風子は首をひねって考えた。
「ブッダとかキリストとか?」
「そう。つまりそのメビウスというグループにも揺るぎないトップがおるんやと思う。そういう場合は忠誠心で動くから、型にはまると相当な力を発揮する」
「なんか私とは別世界だなぁ」
風子と読子が話していると、先日激しい戦闘を繰り広げた、野薔薇が登校してきた。
野薔薇は焼けた髪を切っており、なんとショートヘアになって風子達の前に姿を現した。
「野薔薇、その髪!」
「ああ、焼けたからな。バッサリいった」
「『赤い薔薇』の方はどうなったの?」
「無事に乗っ取ってやったぜ。男が数人と連れのミキを合わせて、今はまだ6人くらいだけどな。どんどん増やしていくつもりだ。これから忙しくなるからすまないが、風子の相手をしてる暇はないぜ」
そう言って野薔薇は、授業に出る気もなくどこかに行ってしまった。
「もう学校も機能停止してるな。私らもどっか行こうか、風子ちゃん……なんてね」
「やっぱりちょっと変わったね、読子ちゃんも」
*
放課後、風子と読子は商店街に寄り道をしていた。
「なあ風子ちゃん。今日泊まりにけぇへん?」
「泊まり?」
「そう。親がおれへんから朝まで徹……オールできるで」
オールという響きでワクワク感を煽ろうとする読子。
「いいねぇ。でも私12時より遅くまで起きてた事がないんだよね」
「えぇ!?なんという健康優良女子高生や!」
「てへへ」
「じゃあオールはせんでもいいから、遊びにきぃひん?」
「行く行く!お菓子持っていくよ」
「それなら、商店街で買っていこうや」
「いいね、1000円でできるだけ安く大量に買い込もう!」
「おー!」
意気投合した風子と読子はスーパーマーケットをはしごして、ジュースとお菓子をそろえた。
意気揚々とスーパーマーケットを出てくる風子と読子。
読子は風子の買い物テクニックに関心しっぱなしだった。
「さすがやな、風子ちゃん。経済感覚が群を抜いてるわ」
「そう?ただ全てを、その商品の最低価格で買っただけだよ」
「それがすごいねや。なかなか覚えてるもんやないで」
「でもハリキリすぎて、二人じゃちょっと多かったね」
パンパンになった袋を片手に、チロルチョコを上に放りながら歩く風子。
二人の前には、青い髪をした一人の少女がいた。
少女は帽子を目深に被っており、目立たないようにしている様子だった。
母親と一緒に来ている風でもなく、ただ寂しそうにUFOキャッチャーの中のぬいぐるみを覗いていた。
風子は少女が覗いているUFOキャッチャーを一緒に覗き込んだ。
「ここのぬいぐるみは、オンリーワンのレアものばっかりだよ」
「そう、なの……?」
少女はあまり、見知らぬ人間との会話に慣れている様子ではなかった。
「そうだよ。まがいものだからね」
そう言って風子は笑った。少女もよく分からずに風子に合わせて不器用に笑った。
「でも、まがいものでも誰かが一生懸命作ったとしたら、機械で作られたものより良いもののはずだよ」
風子はそう言って、持っていたチロルチョコを少女の手と一緒に握った。
「これあげる。こんな小さなものでも、楽しみは楽しみだ」
そう言って風子は、読子と一緒にまた歩き出した。
少女はその後姿を眺め、そしてポツリと呟いた。
「異能者……それも天然の……二人も……」
*
チョコやケーキの甘い菓子を囲んで、風子と読子の夜が始まった。
読子は曲がりなりにもストーリーテラーのはしくれとして、風子を楽しませる怪談を用意していた。
「今からする話は、私個人に深くかかわる事やから内緒にするって約束してくれる?」
「いいよ」
できる限りもったいぶって話す読子の素振りに、風子もわくわくしながら耳を傾けた。
「最近、私の身にちょっとした出来事が起こってん」
「そうか!それで読子ちゃん、最近雰囲気変わったんだ」
「そうやとしたら、それは夢の影響やな」
「寝てみる方の夢?」
「そう。誰でも自分と向き合う時、とても怖くて印象深い夢を見る。
これは誰でもある程度、意識してみる事ができるねん。試しにやってみて欲しい。
『今日寝る時に絶対に怖い夢を見るぞ!』と念じてから寝る。そうすると本当に怖い夢を見るから」
「こ、こわいよ~!もうすでに怖いよぉ~」
風子は窓の外にある暗闇の方を見た。
怖い話をされると、人は窓の方を見る。
人間の本能として暗闇は怖く、そして怖いものは目で見て確認しなくては気が済まないからだ。
「私も強く念じた。私は想念だけは人一倍強いから、十年とも二十年とも言える長い長い夢の旅に出かけた。
そして私がこれまでずっと忘れていた、古い事実にたどり着いてん」
風子は息を飲んで、その先を聞いた。
読子自身も慎重に先を語った。
「記憶の底に沈んだまま浮かんでこなかった古い記憶。それはな……
【私には、私と同じ名前の姉がおった】
という事。それを私はずっと隠して、見ないようにしててん」
「うそ……」
読子は人間の心の不思議さを噛みしめながら、語った。
「……ここ芦谷市新浜町では、姉妹でも姉が故人の場合、同じ名前を付ける事が許されている。私もそうやってん。
不思議な事に私は、姉がおった事を何度も聞かされていたにも関わらず、その存在を忘れてしまっていた。
でもな、よう考えてみて欲しい。同じ名前を子供に付けるって、親からしたらどういうつもりやと思う?」
風子はもう読子の話に引きこまれており、ただ素直に答えた。
「どうって……それはきっと……『同じ子として育てたかった』って事?」
「そう。つまり姉が受けるはずだった教育、愛情、その他すべて。私が変わりに受けたのかもしれん。でも私にとっては、それは二度と返ってこない長女の代わりの役でしか、ただの親が娘を失った事の慰めでしかなかってん!」
読子の叫びに、風子は沈黙してしまった。楽しい怪談話のはずが、もはや亡き姉のお通夜になっていた。
「私のお姉ちゃんはそれは元気な子供やったみたいや。でもそれがある日、看護婦の手違いで予防接種を受けるはずが、麻酔を受けてしまった。そしてお姉ちゃんはショック死してしまった。お父さんもお母さんもそれを聞かされた時、状況を全く理解できんかったそうや。
お父さんもお母さんも、後に産まれた私の事を一生懸命育ててくれたけど、頭の片隅ではお姉ちゃんの事を考えてたんと違うかな……」
「そんな事ないよ!別の子供と割り切って、育ててるに決まってるじゃん!」
「せめて違う名前やったらな…………だって、同じ『読子』なんやで!?お父さんとお母さんの中では、きっと読子お姉ちゃんは、素直で元気で、明るいお姉ちゃんやったやろう。でも実際は私みたいな生意気で成績も悪い、体も弱い、根暗な読子がおるだけやで!?
私はどれだけ頑張っても両親の理想の中のお姉ちゃんにはなれへんのや!!」
「読子ちゃん……」
読子は顔を風子に見せまいと、伏さぎこんでしまった。
風子にはもうどうしていいか分からなかった。
しばしの沈黙の後、読子の方から話し始めた。
「でも私が夢の中で自分の過去と向かい合った時、とうとうお姉ちゃんを呼び戻す事に成功した」
「……え?呼び戻す?」
「そう。私の能力の関係で、できてしまってん。それは実在の人物となってこの世に誕生してしもうた。それはそれは私にそっくりの……」
「な、何?何の事を言っているの?」
「だから私のお姉ちゃんが今も実在しとるという事や……ほら、風子ちゃんの後ろに」
風子が恐る恐る後ろを振り向くと、そこには読子そっくりの女の子が、青白い顔をして笑っていた。
「ぎゃああああああああああああああ!」
風子は奇声を上げて読子の部屋を飛び出し、リビングまで逃げていった。
慌てた読子が風子を追いかけてリビングまでやってくると、風子はリビングの隅で膝を抱えてうずくまっていた。
「大丈夫やで、風子ちゃん。もうお姉ちゃんはおれへんから」
「ど、どっちの読子ちゃんなの!?」
「いつもの読子やで」
「しょ、証拠は!?」
「証拠はない。でもよく見たら顔や髪のちょっとした違いに気づくはず」
「嘘だ!」
風子は断固として振り返らなかった。
読子は両手を合わせてただ謝った。
「ごめん!これは怪談の為の創作やねん!そもそも私にはお姉ちゃんなんておらへん」
「ホントに?」
「ホント。
私の新しい能力は『思想召喚』言うて、思想だけで人物を具象化する事ができる能力やねん。例え非実在の人間でも、思想と、あと濃厚な『現実感』さえあれば召喚できる。ただまあ色々と制約や問題もあるけどな……
私の中のお姉ちゃん像はどんどん膨らんでいって具象化せざるを得んかってん。ホンマにごめん、風子ちゃん!許して!」
風子はようやく、顔を上げて読子の方を見た。
涙を浮かべていた風子は、読子のいつもの顔を見て、やっと安心した。
そして安心したかと思うと、怪談話の為に入念な準備をしていた読子に、呆れと怒りを感じた。
「もう!許さないよ読子ちゃん!こうなったら、今夜はぶっ倒れるまで話すからね!!」
「ラジャー!」
こうして風子と読子の甘い(味覚的な意味で)夜は過ぎていった……




