第十三話「薔薇の覚醒」Part2
「この剣は……ヤバいな」
「すごい威圧感でしょ。何か高価なものらしいよ」
風子は黒いコンビニで商人にもらった紅く光る剣を野薔薇に見せた。
頑丈なロープで天井に吊り下げられたそれは、不気味な気配のする剣であった。
「こんなハエ取り紙みたいな吊るし方してたら、いつか火事起こすぞ」
「うん、私もそう思う。このアパート木でできてるからさ。火事になったら、ものの5分で全焼すると思うよ」
風子の言葉も聞かず、野薔薇はこの剣に魅せられたようで、近くに寄って色んな方向からジロジロと眺めだした。
そして曲げた腰を伸ばすと、何かワケありでもあるように神妙に言い放った。
「……この剣貸してくれよ。風子」
「そりゃ、持ってってくれるのは有難いけど……野薔薇が使うの?」
「腕が使えない時だけな。つーか多分今日だけ」
「今日だけ?」
「おう」
そう言って野薔薇は左手で剣の柄を持ってロープを引きちぎり、背中に差すような姿勢で剣を抱えた。
「さて、行くか」
「行くってどこへ」
「日課」
「日課?バットの素振りでもしてるの?」
「まあ大体そんな所だな」
野薔薇は風子のアパートを出て、工業地帯の方に向かって歩き始めた。
風子は野薔薇が何をするつもりなのか考えながら、首を傾げたまま野薔薇の後ろについていった。
――新浜町の海に面した工業地帯はもともと人の少ない地域だが、今では更に人が減り、特に治安が悪くなっている。
その中を野薔薇は紅い剣を掲げて悠々と歩いて行く。
野薔薇は急に独り言のように呟いた。
「……どんな事でもよ、毎日続けてたら当たり前になるんだよな」
風子は素直に野薔薇に同調した。
「そうだね。ランニングでも、走る距離がだんだん伸びてきて、同じ距離を走るだけじゃ物足りなくなる」
「だろ?そうなんだよ。逆に物足りなくなるもんなんだよ」
野薔薇のテンションが上がっている様子を風子は見て取った。
「まさか何か争い的な事じゃ……」
野薔薇は何も答えなかったが、よく考えたら野薔薇の場合、最初からそれしかない、と風子は思った。
――野薔薇がやってきたのはとある立体駐車場。
それは以前、屋上ジャンプをしていた風子が近寄りがたい雰囲気を感じた、あのスプレーによる落書きだらけの立体駐車場だった。
奇妙なスプレー絵の描かれたトタン板で囲われていて、中に人がいるのか分からない、その事が更に風子達の恐怖を煽った。
「野薔薇、ここはヤバいよ」
「お前にも分かるか風子。でも大丈夫。この『ヤバイ』絵を描いた奴らは今はいない。それだけは確かだ」
「どういう事?」
「ちゃんと調べてるんだよ。どんなグループがどういう活動しているか、な。今ここにいるのは最近出てきた生意気なギルドだ」
「野薔薇の日課ってもしかして……」
「『ギルド潰し』だよ。1日1個は正直無理かと思ってたけど、意外と何とかなるもんだな」
そう言って笑い出した。
風子は「最近なまってるんじゃないの?」などと聞いて、野薔薇を見くびっていた事を反省すると同時に、野薔薇の性格に一抹の不安を覚えるのだった。
――立体駐車場のらせん構造の建物を少しずつ登っていく風子と野薔薇。トタン板のせいで、駐車場の中も、密閉された不快な空間の中にいるようである。崩れたガレキがそこかしこにあり、完全に廃墟独特の冷ややかな気配を醸し出していた。
風子は終始、身震いをして両腕を抱えていた。
「お前の『異能』にビンビン来るだろ、風子」
「うん、ハッキリいって『不快』以外の何ものでもない空間だよ。
でも何て言うんだろう、この中にいると『鍛えられる』ような感じがする」
野薔薇はその言葉に、口元をニヤリと曲げた。
――三階建ての立体駐車場、その三階に、野薔薇の目当ての人物はいた。
数人の男に囲まれ、腕組みをしたその人物は、全身ヒラヒラした服に薄いスカーフを巻きつけた、パリジェンヌ顔負けの派手な女だった。髪の毛はパーマで、外人特有の自然な金髪だった。
その女は男どもを跪かせて女王のように指差してあれこれ命令していた。
野薔薇は落ち着いた表情で相手の名を確認した。
「お前が『赤い薔薇』のリーダー、ラミア・アンダーソンだな」
「WELCOME!!あなたはノバラさんね。はじめまして」
「!?」
野薔薇は自分の名が知れている事に驚いた。
「どうして驚くのかしら。あなたの名前はとっくに知れているわよ。GUILDを潰して回っている人間がいるってね」
「……」
「悪いけど、あなたの事は全て調べさせてもらったわ。ノバラ・プラーミア。ロシア人と日本人のHALFなんだってね」
「え!?野薔薇ってハーフだったの!?」
立体駐車場に響き渡るような声で驚きの声を上げたのは風子だった。
「まぁな」
「偽名を使って目立たないようにしていたつもり?私たちのNETWORKを甘く見ない事ね。簡単に情報なんて集められるんだから」
「……偽名じゃねぇよ。母方を名乗っていただけだ。そういうてめぇは外人の癖になんで日本で悠々と女王様やってるんだよ」
「そんなの勝手でしょう。それが私、RAMIAの器だからよ。跪きなさい?」
腕組みをして決めポーズをするラミア。
「それよりあなた達はすでにTRAPにかかっているという事に気づかないかしら。ガレキの下を御覧なさい」
そう言うが早いか、ガレキの下から無数の触手が伸び、あっという間に野薔薇に巻きつき、空中に縛り上げた。
ラミアは指を差して決めポーズを取り、体に巻いた薔薇を綺羅びやかに出して見せた。
「これが私の美しい薔薇の能力!羨ましいでしょう!薔薇の力はあなたじゃなく、この私にあるのよ!さぁ、跪きなさい!」
野薔薇は全く表情を変えず、ただ風子に「手出しするなよ」というような顔を向けただけであった。
「ホント言うと、あなたの顔を知った時、こっそり憧れていたの。本当に薔薇のように美しいんだもの。うちのMEMBERに誘おうかと思ったくらいだわ。でもあなたに会って悟った。あなたは決して私たちのFRIENDにはならない、と。それなら私の手で『もう一人の薔薇』を消してあげようと思ったのよ」
腰に手を当てたまま決めポーズを崩さないラミア。
全てを見透かしている自信の現れでもあった。
「あなたの切り札はわかっているわ。このSWORDでしょう?」
そう言って野薔薇の背中にある紅い剣に薔薇を巻きつけた。
「なかなか綺麗じゃない。気に入ったわ」
「それに触るなババア!」
野薔薇がそう叫ぶと、ラミアは途端に髪を逆立て、鬼のような表情に変わった。
「誰がババアですって、このモジャ公がぁ!」
ラミアはトゲの付いた茨をたぐり寄せ、野薔薇の体を思いっきり引き裂いた。野薔薇の来ていたトレーナーは破れて下着だけになり、体からは痛々しく血が滴り落ちた。
「それが本性か?いや、まだだな……」
野薔薇は独り言を呟きながら、何か自分の心の中を探るように俯いた。
ラミアは怒りの収まらぬまま、茨をムチのようにして何度も野薔薇に叩きつけた。
「この美しい私が、どうしてBBAなの!?言ってみなさい!ほら!ほら!」
「……ババアに加えて、ドが付くSだよお前は」
野薔薇は茨のムチ打ちが応えていないかのように、笑いながら言った。
「誰がDSBBAですって!?この赤マリモがぁ!」
茨で打つのを止めないラミアだったが、突如ある異変に気づいて、野薔薇に打っていた茨を引いた。
「燃えている!?私の茨が!?」
燃えているのは茨だけではなく、野薔薇の背中にあった紅い剣も同様だった。
剣から発せられた炎が野薔薇に燃え移り、野薔薇の体を茨ごと焼いていたのだ。
野薔薇は、したり顔で体に纏わり付いていた茨の燃えカスを払った。
「助かったよ。お前が私の服を『破って』いてくれたからな。髪がちょっと燃えただけで済んだ」
「な……その為に私を怒らせたっていうの!?」
「んな事はどうだっていいんだよ。それより今度はこっちの反撃の時間だ」
野薔薇は右腕を掲げた。服が破けて何も纏っていない野薔薇の右腕だけが何故か怪しく燃えている。
「どうしてそこだけ火が消えないのよ!?」
「どうしてだろうな。きっと火を浴びて、私の中の何かが目覚めたんじゃねぇかな」
そう言ってラミアの元に突進した。
ラミアは咄嗟に茨を使って、野薔薇の右腕が自分を焼く前に巻き付いて止めた。
「こうやってぐるぐる巻きにすれば茨は焼かれないわ。それにしてもチンケな炎ね。これがあなたのSKILLだって言うなら、飛んだお笑い草ね!」
「まだまだ!」
野薔薇は力を込めて、ラミアの眼前まで腕を押し込んで、その小さな炎を爆発させた。
「ぎゃああ!」
その炎は無慈悲にもラミアの顔を焼いた。
途端、ラミアの顔から何かが『剥がれ落ちる』のが確認された。
野薔薇は狙っていたかのようにわざとらしく騒ぎ立てた。
「おいおい、化粧が濃すぎて仮面みたいになってたのか。おい、見てみろよ男ども!これがこいつの本当の顔だぜ」
ラミアの顔にチラリと見えたのはシワがれた顔であった。
その顔をメンバーの男たちは見逃さなかった。
「ババアじゃねぇーか!」
「ぶっさ!!!!!コミュ抜けるわ!!!!!!!!」
そう言って一目散に逃げ出した。
ラミアは咄嗟に両手で自分の顔を隠した。その隙間からは怨恨に取り憑かれた目だけが怪しく光っていた。
「コロス……スシヅメニシテコロス……」
「やってみろよババア」
ラミアを纏っていた薔薇はハラリと剥がれ落ち、茎は茶褐色に変色し、2cmほどだった茎の直径が50cmほどの野太いツタにぐんぐんと成長した。
「マキズシニシテコロス……」
「だからやってみろっての」
マキマキに巻いたラミアの巨大なツタは、高速回転しながら思いきり野薔薇を殴打した。野薔薇は立体駐車場から放り出されんばかりの勢いで外に弾き飛ばされた。
「野薔薇!」
風子が助けようとするも、野薔薇は自力で立体駐車場の縁にしがみついていた。
「コロス……さっきコミュ抜けると言った奴もコロス……」
そう言って、男性メンバーの一人をツタで締めあげた。
「ぎゃあああああ!」
「マキズシコロス!」
その時、ラミアの背中から奇妙な物体が現れるのを野薔薇と風子が見た。
それは左右に開閉するタイプの巨大な食虫植物だった。
「マゼテトカシテじっくりコロス!」
「やめろぉぉぉぉ!」
男が食虫植物の口の中に放り込まれたかと思うと、口の中の溶解液が無慈悲に男の体を溶かしていった。
「ああああああぁぁぁぁ……」
男の体はいとも簡単にこの世から抹消された。
その植物は男の服だけを無感情にペッと吐き落とした。
「げぇぇぇぇぇ!なんつー能力!人間が生み出すような能力じゃないよ!!」
驚く風子とは反対に、野薔薇は嬉しそうだった。
「そうそう、それだよ。お前の本性はそれだ。お前の能力は綺麗な薔薇なんかじゃねぇ。私が倒したいのは、全身全霊のそれなんだよ」
紅く燃えたぎった野薔薇の炎は、さっきとは比べ物にならないほど大きくなっていた。




