第十二話「黒いコンビニ」Part3
建物の中はタバコの煙のせいか、視界が不明瞭で、10メートル先も見えないような劣悪な環境だった。床も汚れていてとてもコンビニであるようには見えない。
しかしそばには巨大な冷房があり、店内はとても涼しかった。そしてその冷房の横には乞食風の出っ歯の男が二人を見上げていた。
「うわっ!」
二人が後退りすると、その男は風子達を下から上まで眺め、上機嫌な顔でつぶやいた。
「眼福、眼福。やっぱりツイてるぞ俺は。ニシシシシシシ」
そう言って男は、風子達と自分の持っている「切符のようなもの」を交互に眺めた。
そして機嫌の良いままに風子達に話しかけた。
「お嬢ちゃん達、この冷房に使った熱はどこに行くと思う?」
その質問に読子が答えた。
「どこって……室外機と循環しているだけですが」
「違うね。ここの冷房には室外機が無い。熱は『地獄』に捨てているのさ。部屋を涼しくするだけなんて、魔法みたいな機械があるわけないだろう。地獄が暑いのは地上で冷房を使っているからなんだよ。まあ俺には関係ないがね」
男は『良い事を教えてあげた』という風に誇らしげな顔をしたかと思うと、また手に持っている切符に顔を近づけてクククと笑いだした。
風子がふと覗き込むと、切符の表面に黒いゴシック体でそれらしく「天国行き」と書かれていた。
二人は顔を見合わせて首を傾げたが、そのまま店の奥に入ってみる事にした。読子は、勇ましく突き進む風子の体操服の端をそっと掴んでいた。
奥では猫背の男たちが丸まりながらテーブルを挟んで何かの取引をしていた。
売り手の男は、ノミのように丸まった背中をしており、重い腰はもう何日も椅子から立ち上がっていないかのように、椅子と体が同化しているようにさえ見えた。
買手の男は何やら、灰色の紙の束を渡し、もう片方の男はそれと引き換えに「希望」とか「安心」とか「幸せ」とか書かれた切符のようなものを手渡していた。
風子は勇ましくも、傍でタバコをふかしている男に尋ねた。
「これは何をしている所なの?」
「取引。かな。ここは取引所だよ。手に入らないものはない。
ところでお嬢ちゃん達、タバコの煙はどこに行くか知ってるかい?」
風子は首を振った。
「天国だよ。天国は雲の上にあるだろう。だから俺たちのふかした煙が充満しているはずだ」
そう言って笑い出した。
「それじゃ、天国ってタバコ臭いの?」
「そんな事はどうでもいい。俺は地獄に行くんだからな」
男は怒った風にそう言った。
風子は「地獄は灼熱の暑さだ」と言おうとしたがやめておいた。
そうこうしているうちに、取引所に何やら動きがあったようだ。
とある男は「希望」というカードをニヤニヤしながら眺めて席を立った。だが、男はそれを見た周囲の男にカードの裏側を指摘されていた。
男がカードを裏返すとそこには「絶望」という文字が浮かんでおり、その言葉を見るやいなや、男は急にガックリと肩を落とした。周りの男達はそれを見てケタケタと笑っていた。
「灰色の男……」
ふと読子はつぶやいた。
「灰色の男って……部活で言ってたあれ?」
「……意味合いはちゃうけどな。あの人らからは思想の色が見えへん」
「なんか、怖いね……」
風子は、怠惰な人間の成れの果てとも言える男たちの無残な姿にゾっとした。
風子はこの雰囲気に耐えかね、逃げるように足早に店の更に奥に進んだ。
――店の奥の5段ほどの小階段を降りると、店は小奇麗な売り場に様変わりした。灰色の男はここにはいないようで、風子達は「自分達は間違って店の裏側から入ってしまったのだ」と思った。
ここでは何人かのまともそうな客がおり、風子達を安心させた。しかし壁面は真っ黒なので、異様な雰囲気は相変わらずである。
黒い壁面には、各国さまざまの武器や銃器がこれ見よがしにかかっており、白い値札が一際輝いていた。
風子は悠然と壁にかけられたアサルトライフルをまじまじと見つめた。
「コンビニで武器が売ってるなんて世も末だね……」
風子が読子の方を見ると、読子は壁面の上をボーっと眺めていた。
読子の視線の先にある、白く輝く刃物の上には「安心・軽量・セラミックブレード」と書かれたポップが付いており、読子は思わず苦笑した。
「斬られる方は安心どころの騒ぎやないで……」
「確かに(笑)」
店の雰囲気にも慣れたのか、二人が興味深そうに店の中を観察していると、ふと後ろの小階段の上から知らない男の声がした。
「お安くしておきますよ」
男はゆっくりと小階段を降り、風子達の近くに寄ってきた。
黒っぽい出で立ちのせいで姿がよく見えないが、アラビア風の服に青黒いターバンを巻いている、いかにも闇商人という感じの若い男だった。青く長い前髪のせいで、目を見る事はかなわなかった。
「今日はレディースデイですからね」
そう言って独りでクククと奇妙に笑い出した。
「先ほどもあなた達と同じ服を着た女生徒が大量に銃器を買っていかれましたよ」
その言葉に二人はギョっとした様子で顔を見合わせた。
「なんてことや!そんな事したらこの町に銃器が出回るやんか!」
「そうだよ!ってかそもそも何でこんな所にワープしてきたのさ!」
男は一瞬キョトンとした後、すぐ笑顔に戻った。
「そんな事知りません。需要のあるところ、必ず商人は存在します。それがこの店がこの場所に存在する理由です。それ以外の事には興味がありません」
男は大げさな身振りと共に首を振った。
「店におった灰色の男達は何者なん?」
「灰色?ああ、向こうの彼らのことですか。彼らは幻想の民です。お金と呼ばれる象徴で幸せと呼ばれる象徴を買っているのです。偽物だと忠告しても無駄です。彼らは空想の中にいるのですから。
彼らには場所だけを貸してあげています。彼らには何の意味もない『宝石』と引き換えにね。まさに豚に真珠というやつです」
「宝石?」
「ええ。宝石はいいですよ。宝石の美しさと、その普遍的価値を知る人間がいる限り、宝石の値段は、ある一定の値から落ちることはありませんからね。古来から人々は貴重な鉱物や宝石を通貨としてきました。それが単に精巧に作られただけの紙切れになった所から商取引の堕落は始まってしまったのです。いずれはお金が単なるデータのやり取りになる日も来るでしょう」
読子は興味深そうに聞いた。男はなおもしゃべり続けた。
「灰色の男という表現はいいですね。気に入りました。彼らはお金と幸福の象徴さえ手に入るなら、白くもなり、黒くもなる極めて不安定な存在です。ですがまあ、白くなることはまずないですね。人間、悪い方向にはすぐ落ちるということでしょうか」
男が風子たちの後方を指差すと、店の入り口にいた出っ歯の男がそこに立っていた。
二人は息を飲んで、その男の動きを注視した。
「彼らはお金を落としてくれますがね。黒い人間の処理だけが面倒なのですよ。ウカウカしてると襲われますよ」
出っ歯の男は切符を床に落とした。その表面にはただ「地獄行き」とだけ書かれていた。
男は、先ほどの上機嫌な顔からは想像もできない、恐ろしい顔つきで風子達に襲い掛かってきた。
読子は思わず後ずさりした。だが風子はすぐに臨戦態勢になり、その場で思い切りからだを捻って男の顔面を蹴り飛ばした。
男は空中に浮かび上がり、そのまま埃を舞い上げながら地面に倒れ込んだ。
ターバンの男は、わざとらしいくらい冷静に驚きの声をあげた。
「おや、お強いですね。そのまま黒い男達を一掃してくれると助かるんですけどね。彼らを『処理』する『銃弾』がもったいないんですよ」
「ふざけないでよ!そんな非人道的なことが許されるわけないでしょ!」
風子の怒りに読子も同調する。
「そうや!彼らだって精一杯生きとるんや!他人に命を奪う権利なんてない!」
「……まあ、正義を振りかざすのは自由ですがね。彼らの中に更正したものなんていませんよ。なぜなら、更正しないものがあそこに来るのですから。人でありながら人であることを辞めた生き物に人道を説いても無意味というものです。馬の耳に念仏というやつですよ」
この瞬間、風子はこの商人を敵とみなした。
丁寧な物腰の奥にある『悪意』のようなものに牙を向けたのだ。
「もうこれ以上、好き勝手な事はさせない、こんな所に店なんて出させない!」
「そんな怖い顔せずに、仲良くしましょうよ。何か買ってくださるなら、客人として丁重にお迎え致しますよ」
「あっそ!じゃああんたをぶちのめす金属バットでももらおうかな!」
風子は怒りに燃えながらも、冷静さを失っていなかった。
「ずいぶん怒っていますね。どうやら、こちらも戦うしか無さそうです」
そう言って商人は、ポケットから紙切れのようなものを出した。
「売り物なんですけどね、この契約書。自分の身を守るのも商人の務めなので、まあこの程度の出費は致し方ないでしょう」
そう言って紙切れを投げた。すると、紙切れに刻まれた紋章が怪しく紫色に光り、やがてそこから一体のモンスターが現れた。
身構える風子達。瘴気を巻き上げて現れたモンスターは風子達が以前戦った悪魔にどこか似ていた。
「コバルトデーモンです。悪魔の中では小柄ですが、まああなた達を屠るのにそこまで強いモンスターはいらないでしょう。これでも十分すぎるほどです」
コバルトデーモンは蒼い体に、蒼い翼、それに赤い瞳をした、いかにも獰猛な悪魔だった。
風子はデーモンと対峙すると、奇妙なポーズを取り始めた。
「風林火山!」
やや大げさに、徒競走でも始めるかのような腰を屈めた姿勢を取る風子。
だが、デーモンは風子のポーズなど眼中に無いかのように、一足飛びで風子に近寄ると、その盛り上がった腕を風子に向かって振り下ろした。
その野太い腕は壁をえぐりながら砂埃を巻き上げ、風子を完璧に捉えた。
読子が声を上げる。
「風子ちゃん、ふざけてる場合とちゃうで!私が能力で弱点を探るから、一旦退いて…………って、おらん!?」
風子はデーモンの真後ろにいた。何故か手には見慣れぬ赤い長剣を持っていた。
「『風』は目にも留まらぬ神速2回行動!」
風子は壁にかかっている、店の中で最も高価な武器を手に取り、なおかつ相手の後ろに回りこんでいた。
それは赤く光る長剣だった。風子が握った瞬間、その刀身が真っ赤な炎を噴き出した。
「おりゃああああ!」
風子の行動に、これまで冷静だった商人が思わず驚嘆の声を上げた。
「ああああ!それはこの店で一番高いプロミネンスソード!炎の力を維持するのに莫大な費用がかかるんですよ!節約して使って下さいね!!!?」
しかし風子は、剣から天井まで焦がすような炎を上げて、デーモンを斬りつけた。
するとその傷口から炎が全身に広がっていき、みるみるうちにそれはデーモンの体を真っ赤な炎で覆い尽くした。
剣を捨てた風子は、無造作に攻撃を繰り返すデーモンの攻撃をかわし、再び回りこんだかと思うと、今度はジャンプをしてデーモンを思い切り蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた悪魔は大きな炎の塊となって商人の方に吹っ飛んでいった。
「まずいっ!」
商人は咄嗟に声を発し、飛んできたデーモンをその大げさな動きでかわした。
デーモンは勢いもそのままに黒い壁に音を立てて激突した。すると、壁にかかっていた武器が追い打ちをかけるように悪魔の頭にバラバラと落ちていった。
デーモンは、無残にも、出てきてからほんの数秒でめちゃくちゃな返り討ちにあったのである。
風子は勇敢な剣士のように、切っ先を商人に向けた。
「まだやるっていうの?それならこの店をもっとめちゃくちゃにしてあげるけど」
商人は商品を勝手に使用された事も忘れ、感嘆の声を上げた。
「とんでもない少女ですね……。直感的にコバルトデーモンの弱点を穿った武器を選び、更に剣の力を一瞬で最大まで解放するとは。何という感性でしょう……」
商人は手を顎に当て、考えはじめた。
「あなたは泳がせておくと面白そうですね。もっと大きなビジネスの為になりそうな気がします。
その剣はあげましょう。大切に使ってくださいね。では、次に会った時にはご贔屓に」
そう言って、階段の横に備え付けてあるレバーを引いた。
すると、風子達二人を残し、その男は店ごとどこかにワープしてしまった。
――後に残ったのは、夕暮れの景色と、元の新浜町の人と風景、それに風子がもらった剣だけだった。
「あれ、あいつは?」
「幻……やないな。やっぱりここにワープしてきたのは商売の為やったんや」
風子は手に持っているプロミネンスソードを眺めた。
「武器なんて使うつもりなかったのに、つい手に取っちゃったよ。私のポリシーが……」
「まあその場にあるものを使うのは、アリちゃう?」
そう言って読子は笑った。
風子は、悪魔に怯えていない読子を見て、読子も強くなっている事を確信した。




