第十二話「黒いコンビニ」Part2
「野薔薇、みてみて、風林火山!」
掃除の時間、風子が歌舞伎役者のように両手をひねったポーズを取って野薔薇にすり寄る。
「お前、それグラップラー三平の技だろ」
「私なりにアレンジしたんだよ。ちょっと攻撃してみてよ」
野薔薇は左手に持った箒の柄を容赦なく風子の頭に振り下ろした。
野薔薇は、風子が何らかの方法で箒の柄をかわすと思ったのだが、それはごく普通に風子の頭に命中した。
「動かざること山の如し!」
「ダメじゃねーか」
野薔薇は呆れたように、箒の柄にあごを乗せて退屈そうな顔をしていた。
風子なりに、右手の使えない野薔薇を励まそうとしたが、大した成果は得られなかったようだ。
――部活動の時間。風子は風のように教室から姿を消し、今度は思想文芸部の空いている席にチョコンと座っていた。
風子は部員ではないが、そんな事は風子にはお構いなし。
今日の思想文芸部は、自分の好きな本に関する意見や考察を、プレゼンテーションのような形式で発表する活動だった。読子は関西弁も控え、部長らしく毅然とした態度で発表していた。
「このミヒャエル・エンデの『モモ』は思想文学のお手本と言ったら悪いんですけど、いわゆる結晶のような本です。
あらすじを簡単に言うと、自由に幸せに暮らしてた町の人々の前にある日、『灰色の男』という人たちがやってきます。そして『時間』という概念を彼らの行為に結びつけて、時間を貯蓄するように提案します。この辺りは貨幣に関する概念も盛り込まれていますね。そうして人々は時間を貯蓄するわけですが、人々は少しずつ焦りと憂鬱の日々を送る事になります。これは明らかに作者であるエンデの思想が、誰にもわかりやすい形で児童文学として伝えられています。私達はこういう思想の影響を知らないうちに様々な作品から受けているわけですが、人間本質そのものに直接訴えかけられる文章にする為には児童文学は適した形だと思います」
「児童文学なら私でも読めそう」
風子の言葉に読子は頷いた。
「児童文学だけでなく、絵本や神話や寓話、短編と言ったものは思想がふんだんに盛り込まれています。児童文学というと子供向けという印象を持たれるかもしれませんが、書いているのは皆立派な大人です。そして子供の心を持った大人にならないと、思想文学は書くことはできないと思います」
読子の発表は終わった。
「『灰色の男』ってどんな奴なの?」
「個人個人は決して悪人というわけやないんやけど、巧みな話術で人を暗闇に誘い込もうとしてくる。その大きな闇に気づかへんうちに人々は飲みこまれてしまう。これまで感情豊かやった人が、いつの間にか灰色の男になっとるという恐怖もあるな」
「なるほど……なんかすごく風刺が効いてるね」
風子は頭をひねっては、読子の伝えたい事を精一杯理解しようとしていた。
この日は珍しく最後まで思想文芸部にいた風子だったが、それには理由があった。
「風子ちゃん、今朝のコンビニ……行く?」
「もちろん!」
今朝、突如出現した黒いコンビニが気になって仕方がなかったのだ。
そのコンビニは今朝のまま、あるはずのない場所に悠然と立ちはだかっていた。
二人が入口までやってくると、そこには『セブン&ブラックホールディングス』と書かれた文字が見受けられた。
「ブラックって何だろう?ブラック企業のブラック?」
「社名でブラックを名乗るなんて堂々としすぎやで……
私の推測やと、コンビニが業界の黒船であることを暗に仄めかしているが故の『ブラック』とちゃうかなぁ」
「読子ちゃんは読子ちゃんで考えすぎだよ」
二人はだべりながら、入口の自動ドアに吸い込まれるように入っていった……




