第十話「諸刃の剣」
野薔薇の意識が戻ってから数日後、町は相変わらず不安に包まれていた。
デーモンの影響による混沌は学校だけではなく、ウイルスが感染するように街中に広まっていった。
学校に来る生徒も少しずつ減ってきたある日、風子は野薔薇の住んでいるワンルームの部屋に招待された。
野薔薇の部屋は意外にも人通りの激しい駅前にあった。
窓側に線路があり、電車の音がモロに聞こえる劣悪な環境の部屋だったが、よく出歩く野薔薇には安くて便利な場所のようだった。
「汚ねぇ部屋だけど、まあゆっくりしていけよ」
風子は高校に入ってからあまり人の家に上がった事がないので、少し(本当に少し)緊張していた。
風子が野薔薇の部屋に上がると、そこには風子の知らない金髪の女の子がいた。
その女の子はニコっと屈託なく笑って風子を迎えた。
「こいつは私の連れのミキって言うんだ。クラスも違うし、こいつはあまり学校行ってないから知らないだろうけど、一応同じ学校なんだぜ。腕の上がらない現状では私の『右腕』ってところかな」
「何それ、子分みたいじゃん。私、バラっちみたいに喧嘩しないし」
甘い声質とは裏腹に、ミキはライトグレーのパーカーを着たボーイッシュな女の子だった。
「こいつは前に言ってた同じクラスの風子だ」
「よろしくねー、フーちゃん」
「よろしく!ミキちゃん」
遊び好きのミキと年中体操服の風子とはある意味正反対のタイプだが、二人とも明朗快活なタイプなので二人はすぐに打ち解けたようだった。
風子が友達のように話しかける。
「ミキちゃんって何か部活入ってるの?」
「んーん。もっぱらラブを確かめ合うのに忙しいからねー」
「男とイチャイチャしてるだけだろ」
「まーねー」
「っていうか男なら誰でもいいんだろ」
「えへへ。まーねー」
「そこは否定しろよ!」
ミキは一瞬笑い、なまめかしく髪をかきあげてから風子に尋ねた。
「フーちゃんは付き合ってる男子いるの?」
「いやいや、いないよ」
「クラスの男子じゃ、ねぇ。やっぱり年上が一番だよね、お金ももってるしさ」
「ラブはどこ行ったんだよ」
気さくにツッコミを入れる野薔薇は随分ミキと打ち解けているようで、いつも学校ではピリピリしている野薔薇が、今は手を後ろに付いてすっかりリラックスしていた。
「そうだ風子。あの事件からミキは異能に目覚めたんだよ。ミキ、風子にも見せてやれよ」
「いいよー、ラブアンドピース」
そう言ってミキはパーカーの袖を捲って左腕をスっと前に出した。
するとみるみるうちに左腕は輝きだし、磨きこまれた銀のように美しい色合いになった。
「すごい、綺麗!」
「でしょ?でもこれだけじゃないんだよ」
するとミキの左腕から黒い穴が空き、そこから大きな丸ノコ、先の尖ったナイフ、それとノミのような先の平べったい刃物が、万能ナイフのようにミキの左腕に連なるように出てきた。
刃物のように、この世にあるものが実体化された能力は風子にとって初めてだった。
機能的なメカが好きな風子は目をキラキラさせながらミキの左手を眺めた。
「めっちゃめちゃカッコイー!!」
「ただの工具入れじゃないか」
野薔薇がロマンの無い事を言う。
「バラっちは分かってないね。色々便利なんだよこれ。自由に消せるし、手首の袖から隠して出す事もできるし」
「それだと手が傷つくだろ」
「手が金属だから大丈夫なんだよ」
そう言ってミキは自分の美しく光る腕を愛おしそうになでた。
「……でも名前が無いんだよねー。フーちゃん付けてよ」
「うーん、そうだなぁ……」
風子はしばらく悩んだ後、突然スクっと立ち上がってポーズを決めた。
「メタルブレードアルファ!ベータ!ガンマ!っていうのはどう?」
アルファとベータとガンマで違うポーズを決める風子。
「アッハッハ!何それ!」
ミキは手を叩いて笑い出した。風子のギャグは大抵スルーされるのだが、何もかもが楽しいというミキの性格が風子に合っているのか、ツボにハマったようだ。
ミキは涙を出すほど笑った後、刃物をしまい、風子をジッと見て言った。
「ねー、さっきから思ってたんだけど、フーちゃんって男の子みたいだね。ちょっと近くに行っていー?」
そう言い、四つん這いになって風子の近くにすり寄るミキ。風子に緊張が走る。
するとミキは左手で風子の足をそっと撫でるように触った。
風子は少し緊張していたものの、概ねいつも通りだったが、ミキの左手が触れた瞬間、急に顔をしかめてミキの元を離れた。
「ど、どうしたの?フーちゃん。ラブアンドピースだよ?」
困惑するミキ。風子は言いにくい事を言うように、少しだけ顔を背けながら口を開いた。
「ミキちゃんの左腕…………血の臭いがする」
ミキはその言葉にショックを受けて真顔になり、その後少し俯いた。
野薔薇も驚きを隠せず、すぐさまミキを問いただした。
「ミキ、お前その能力を人に使ったのか?」
「……仕方ないじゃん、あんなに私の事好きだって言ってた拓ちゃんが裏切ったんだから」
ミキの顔がそれまで見せたことの無い、凶暴性を備えた顔に変わっていくのを風子は見た。
「ミキ、汚れ役は私に任せろって言ったよな?」
「私と拓ちゃんとの問題にバラっちを巻き込みたくなかったんだ」
「それでそいつは?」
「泣いて詫びてきたから許してあげたよ。左手の指一本で」
淡々と話すミキを風子は息を飲んで見つめていた。
場の空気は一気に重苦しくなり、一言も発せないほど張り詰めていた。
そんな中、風子は絞りだすように声を出した。
「……ミキちゃんの能力は、まだ完全じゃないよ」
「どういう意味?フーちゃん」
怒った顔のまま、ミキはキッと風子を睨んだ。
風子は意を決して思っている事を言った。
「人を傷つける為の異能なんてあるわけない。それはまだ未完成だよ。そんな使い方する為に能力はあるんじゃない!」
風子の言葉にミキが怒って立ち上がると共に、風子も立ち上がった。そして二人は今にも殴り合いの喧嘩を始めるかのごとく睨み合った。
「私の能力を私がどう使おうと勝手でしょ!」
「それでも能力は人を傷つける為にあるんじゃない。それは変わらない」
風子は意見を曲げなかった。ミキは風子の服を掴んだが、一切動じない風子を見て、その手を離し、これ以上の喧嘩はごめんとばかりに再び座り込んだ。
「話にならないよ、バラっちの友達……もう帰って」
「……怒らせてごめん」
風子は小さくそう呟いて野薔薇の部屋を出た。
――喧嘩別れとなった二人だったが後日、風子は再び野薔薇の部屋に来る事になった。
ミキの様子がおかしいと野薔薇から相談があったのだ。風子は少し不安だったが、一度友人になった人間を放っておく事もできないと、すぐさま野薔薇の部屋に向かった。
ドアを開けるとミキは崩れたような姿勢で床にへたり込んでいた。
ミキは風子を見ようとしなかったが、こみ上げてきた涙を抑えきれず、ついには泣き伏せてしまった。
思わず駆け寄る風子。
「ミキちゃん、どうしたの?」
風子が聞くとミキは無言のままパーカーの袖をまくり上げた。
ミキの左手は無残なほど赤茶色に染まっていた。
風子は息を飲んだ。血ではないようだが、禍々しいものの影響をを感じさせるような有り様。おおよそ女性の手とは思えないほどむごい状態だった。
「……誰かにやられたの?」
「朝起きたらこうなってた。きっと私が拓ちゃんの指を切ったからだ。拓ちゃんの呪いがこうしたんだ!」
「そんな事ってあるのか?風子」
野薔薇は冷静に風子に聞いた。
「……分からない。相手も異能者だったのか、それかミキちゃん自身が自分を罰して能力を使えなくしてるって事もあるかも」
「そうなのか?ミキ」
「分かんないって!でもさ、もし相手の能力が原因ならバラっちの腕だってそうかもしれないじゃん」
野薔薇はミキの言葉に冷や汗をかいた。野薔薇の腕はまだ治っていなかったのだ。
「一応どっちも辻褄が合うか……。異能によるものか、或いは天罰のようなものか、私らはまともに生きた試しが無いからな。腕の一本や二本取られて当然かもな」
「そんなわけないよ!私の綺麗な腕がこんな、洗っても取れない傷痕だらけになるなんて思わなかった!私はこんな天罰を受けるような事してない!全部裏切ったあいつが悪いんだ!」
ミキはまた泣きだした。風子にはただ慰める事しかできなかった。
「ミキちゃんの悲しみも分かるよ。でもここは素直に相手に謝ってさ、安静にしてたらきっとよくなるよ。だから元気出して」
「うん……」
結局原因が分からぬままミキと風子は別れる事になった。
野薔薇の腕も同じ原因だと考えると風子は憂鬱になった。異能は不幸しか引き起こさないのだろうか。風子はそんな事で頭がいっぱいだった。
~風声日記~
ミキちゃんの痛々しい腕が頭から離れない。
多分、原因はミキちゃんの能力の使い方の間違いと、不完全さにあると思う。
刃物は相手を傷つけるイメージがあるけど、本来はそうじゃない。人間が刃物から相手を傷つける事しか連想できないのが問題なんだ。
誰の異能も決して初めから人を傷つける為には作られていない。全ては使い方次第だと思う。
悪魔の影響で異能に目覚めた人は、自分で目覚めた人と性質が違うのだろうか?自分で目覚めなかったから能力の使い方を間違えているのだろうか。もしそうだとしたらこの町はもっと混乱していく危険がある。




