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キルトリ KILL-TORI  作者: モノクロック
EP.04 to京 WARGAMES
49/63

GHOST

 

 海の近い工場地帯。

 久慈は二つの高い建物が造る深い谷の真下に、車を停めた。ブレーキの音は不穏に反響し、すぐに何も音は無くなった。それくらい静かな場所だった。――右側にあるのがオフィスか何かありそうなビル、左側にあるのがそれよりも低いが、旅客機くらいは入りそうな大きさの工場。二つの巨大さに対して、道の幅は不気味なほど狭い。ドアを開けた瞬間、饐えたような臭いに反射するかのように久慈は鼻を隠した。

 

「この辺はもう機能してねえな、隠れ家にしちゃ上出来だ」


 そう言いながらドアを閉めた瞬間、微かに遠くの方から獣の唸り声のような物が聞こえた。工場の、何故か開いた入り口の中から……斉田製作所の惨状を目にした事を思い出した久慈は、身を固くした。


「……『人間の実行犯』がいて勝手に機械を動かしているとかな」

「斉田製作所での『アレ』がただの猟奇殺人だとまだお思いで?」


 王塚が冷酷にも言い放つ。しかし流石に顔をこわばらせ、久慈と同じ場所を見つめている。久慈は今気付く。入り口は、正規の方法で開かれたモノではない。梃作業か何かによって無理矢理こじ開けられたモノでもない。圧倒的な力を以て、シャッターは完全に粉砕されている――

 そんな、まさかと思いつつ、走り出した危険信号はもう止まらない。これこそが刑事のカンって奴だ。板についてからは疑った事の無い、俺のセカイの常識だ。久慈は反芻し、いつも強みになるそれが今回に限っては久慈自身を追い詰めているという事に気付く。……王塚とマシロだって、それが本当だとしてもしもな危険な時に陥った時を想定して、おとなしく取って喰われよう、とかそんな決意を固めて来ているわけではないに決まっている。どうするつもりなのか?久慈は考える。自分の中に無い知識が前提で出る答に決まっているのだから、久慈は三秒で考えるのを止めた。


「あなた方がいると逆に危険ですので……」


 少年はそう言って、一人で工場の入口へと近づいていった。


「……!オイ!そもそもここに来たのは現場確認のためだけでは……」


 そんな馬鹿な行動に出るとは思っていたが、本気で止めてやるという気持ちで前に出る久慈の肩を、王塚が抑えつけた。


「彼は子供だが、私達が何年か頭を抱えてしまうような問題の答えを『一日で』出せる能力を持った男だ。どういう意味か解りますか?」


 わかんねえよと振り払おうとした時に、久慈はまた気付いた。

 無数の白光――……

 少年の肩に?

 光る蝶がいくつか止まっている。

 蝶?

 円を描いている。


 では、アレは……

 幻。幽霊。

 何か突き抜けた答えしか出てこない。

 ああ……

 あれはだめだ。

 あれは肯定してはいけない物だ。

 久慈は倒れそうになる。

 外から見ても分からないほどの眩暈。

 倒れそうだ、という感想に近い。


 このままもしも倒れた時……

 どうなる?地面にアタマをぶつけて。血が出る。痛い。……本当か?


 本当にこの場所は。

 この世界は。

 今自分が踏む土は。……本当に?現実か?


 少年は中に入って行った。止める者は誰もいなかった。正しいのか?大人として。一人の正義を司る人間として。あの少年を、本当は守るべき子供を。どう扱ってやるのが正解なのか?

 基準点がわからなかった。

 正しい事が分からなかった。


「彼は超越している。規範を超えた判断と行動を可能にしているのは、彼自身の儚き存在です」

「この世ならざる者か。そんな奴がこの世に本当にいたとして、俺はその事案をまだ受け容れちゃあいねえ……真実でない物をバカ正直に信じて何もしないなんて、俺は引きこもりじゃねえんだ。目の前の少年を見殺しにせず応援を呼ぶ事を選ぶ方が正しいと思うがね」

「的外れだ、久慈」久慈は振り返った。大塚はいつものニヤケ面だった。内心は明らかに違う物が籠っているが。

「今から貴方が目にすることは、全てホンモノだ。それを分かっておくことです」


 瞬間。

 光の瞬き。

 雷?

 久慈は再び振り返る。

 その出処を探す視線。

 工場の壁面に、焼け焦げた様な穴が開いていた。


 雷かと思ったが、攻撃的な音とは違っていた。駆け抜ける様な音だった。気持ちの良い音だった。


 水を打ったようにまた静かになり、十秒経過。

 爆音。

 破片の雨。

 辺りは煙で暗く、空気は冷たくなる。

 工場の壁は入り口も一緒くたになって崩壊し、何かが飛び出してきた。

 先程まで久慈の全身を脅かしていた、得体の知れない恐怖の本質。

 それは実体だった。生身の怪物。

 直径2m程の球体に、何体もの触手が絡みついている。いや、それ全てが「ヤツの肉」なのだ。しかし、生物的な嫌悪感は抱かない。それが無機物に近い見た目だから。この世のどのカタチにも該当しないカタチ……誰かの落書きからそのまま抜け出してきたかのような……

 工場内部から走る光線の追撃に、怪物は転がり逃げ。触手の間から見える孔を久慈と王塚に向ける――それには口があった。

 恐れない王塚が久慈の前に歩み出た。


「尋常ではないですね、これまでデータで見たBUGは何か生き物を模したカタチであったが、『君は』見た事のないカタチだ」


 口は王塚に向かって、苦し紛れの咆哮を轟かす。そして怪物は、端の方から姿を消し始めた。透明になり始めていた。


「逃げる気ですか」


 王塚の言葉に呼応するかのように、マシロが飛び出してきた。

 飛んでいる。

 本当に彼が、

 戦っていたのだ。

 

 光の刃を手に握り。

 喚き散らすような触手の動きの間を、

 かいくぐり。

 飛び散る破片にも、

 触れる事なく。

 怪物の中心へ。

 刃を突き立てる。

 

 そして刃は、固い物の中を貫き通した。

 

「……くッ!!」


 固いアスファルトの地面。

 マシロの周りには、それ以外もう何も無くなっていた。

 怪物は姿を消した。


「残念でしたが、この目で実体を見られて良かったです」正直な事を口に出しつつマシロに近づく王塚。

 久慈の力は一瞬で抜け、其の場で奇妙なステップを取りつつボンネットにへたり込んだ。光の刃を握った少年は其の場に立ち尽くしていた。


「王塚さん、僕は……欲をいえば彼等の『住処』がここにある物だと……あまりにも攻撃方法が直接的なために、あのBUGは彼らにとっての固定された砲台のようなものだと、そう考えていたんです。しかし……この工場の中に、そんな巨大なコンピュータが入る余地はない。とどめに奴は今、この場から消えた。どこかに泳いでいった。奴がここから動かないわけではないという事は、子どもたちでは無く奴自身が『空間』を構築する可能性もある。僕の失念です」

「気に病む事はない、美しい物も見させてもらいましたしね」


 いつもの柔らかさに満ちた王塚の言い方が、BUGがマシロの前で離脱してくれて安堵した……そういう物に、久慈の目には感じられた。


「それにしても、彼はどこに消えていったのでしょう」

「工場の中で生きたコンピュータがあるかどうかすら確認していない。つまり彼がそれまで居た空間すら不明確です、まだ探索の必要はありそうですね」


 久慈は思わず空を見上げた。おお神よ、という言葉を本当に口に出しそうになった。

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