KNOW
「ついさっきほどの話なんだけど……『京』とここの隣町・オトマムを繋ぐ湾岸モノレール便が、何者からかのハッキング攻撃を受けた」
車の後部座席で飄々と話し出すマシロに、王塚も久慈も驚きの声を上げた。
久慈は王塚までもが驚愕したのに違和感を覚えた。さっきマシロが見せたのはその事についてのデータでは無かったのか……?
「それは非常に大変な事だ、それでどうなりました?」
「実害が起こる前に僕が止めておきました、しかし、直に2つ目の被害が起こるかも分からないし、もしかするともう起こっているかもしれません。それが『同じ交通機関』を狙ったものになる可能性も高い」
「君の世界で止められたという事はBUGだったのか……つまり、このBUGの追跡反応とは関係ない?」
「僕はただ止めたといったのです」
「……なるほど、殲滅したわけではないと」
こいつらキャラが噛みあってるのか噛みあってないのかわからねえ、と久慈は横目でチラチラ確認する。湾岸道路に入れば何か音楽をかけるつもりではいたが、今この空気に見合った楽曲を、久慈は知らなかった。
「俺はてっきりその反応があったっていう場所から、BUGの野郎が遠隔でハッキングしてるのかと思っていたが」
「あっ、その通りです、久慈さん」
「えっ」
飛んだ肩透かしだった。
「普通のBUGは対象の空間に近い場所、手の届く場所で自分の『空間』を構築した後で、サイバー攻撃をする傾向がある。……しかし『彼』の場合、空間を作る事無くとどまっている。そこから動かないのです。どうやって攻撃するかといえば、自分の子どものような物を『飛ばし』、しかしやはり空間を構築する事無く、つまり通常のコンピュータ・ウィルスのように攻撃する……香流達スクウェアのBUG検索にも中々引っかからない攻撃方法ですが、反面空間を構築する力、つまるところの結界力が皆無であるので、しかるべきサイバー攻撃対策機関でも十二分に対処することができますし、八雲さんにSNS入れとけばもっと早く対処できます」
「それはBUGではなく、普通のコンピューター・ウィルスなのでは、空間を構築しないのであれば……」
「ところが問題は子どもたちです。彼等はしばらく経てばなんと侵入した対象そのものに『巣をつくるように』空間を構築する。攻撃が終われば子どもたちはその空間諸共破壊されてしまいますが、それは子どもを生んだ親のBUGにとって、関係のない事なのです」
「察したのが君であったから、『ZONE』を強制的に構築しそれよりも早く対処する事ができた……というのが一部始終ですか」
「それは本当に一部に過ぎないのだけれど……なんとかそいつの首根っこを捕まえて、逆探知を掛ける事ができました、正確に言えば『子ども』が通ってきた経路のログを『彼自身=本体』が断つ前になんとか検索する事ができたんです」
「そしてその本体と呼ばれる者は、この港が近い工場の中にあると……移動している可能性は無いのですか?」
「……僕の勘が正しければ、ですが……そいつは泳いでいる事は確かだが、住んでいるかのようにその場周辺を動かない」
「うんうん、最後には自らのセンスに頼る、それは何にとっても大切なことです」
――わかったようなコトを口にしやがって……
前触れもなく久慈の握るハンドルが激しく滑り、しかし、指定されたルートに入り込む。王塚の身体はよろけかけたが、顔は全く歪むことなく、平静を保つ。いい気味だ、と久慈は少しだけ思う。だが後部座席に座る少年に対しては悪い事をしたと考える。
「こらこら、安全運転を心掛けてくださいよ」
「お前らがフツーのおじさんにもよくわかる日本語で説明してくれたらな」
BUGにおける『普通』をうまく理解していなかったがために飛んだ発想に自然に至ってしまっていた事が恥だったことも確かではあった。
王塚の方は『王が人民に向ける顔は美しい道化(人民が思うそれをしっかり理解した上で)を被る』……てな具合だろうが、少年の方はなかなか肝が座っている。最後の重要なポイントで判断を感覚に頼り、短時間で決定する……彼がさっき車に乗り込むときに名乗ったばかりの名前をすぐに反芻する――『その通りです、「久慈さん」』――ところといい、見た所高校生だがこいつ、その辺のガキとは明らかに違う……久慈はそう評価していた。
「君も、RAT位は知っているでしょう」少し王塚の声に毒が籠っているので珍しいな、と久慈は感じる。少し背筋が寒くなる。
「ああ……会社とか外にいる時電子ペーパーやらゲーム機なんかでも自宅のPCを操作できる……て奴だろ?それを悪用しちまえば他人のコンピュータをいつでも操れるようになっちまう」
「つまりそういうことです、それを操っているのが人間ではない、という事を考慮すれば、……その凶悪さもよくおわかりになるでしょう」
王塚も少年もしばらく沈黙していた。大塚の息遣いの変化に何かいけない事を言った……みたいな動揺の抑え込みが感じられたのは……気のせいだろうか?と久慈は再び王塚をちらと見る。
「それにしても、この時点で既に国家間機密スパイに相当するBUGを造り、動かすとは……」
謙虚な姿勢で座っていた王塚が突然足を組み替え……彼のにこやかで気に入らない目が変化したので久慈はギョッとした。菩薩の虚みたいな顔が、実なる物である犬のような形相に変化した――久慈がその顔を見たのは、長い付き合いの中で三回目くらいだろうか。
「『彼等』、早すぎる。いけないことだ。これは……いけないことだ」
久慈しか見ていない犬は、唸り声をあげていた。




