二つの棺
夜が明けるまでに、生きている移送者の数が確かめられた。
人間十六人。
諸族十一人。
二十九人のうち、二十七人。
エドとナジの名には、移送中に死亡したことが書き添えられた。
ミリアは、それとは別に、護衛と周辺部隊の損害も記録した。
東の渡しからは、兵や連絡係が死んだという報告が届いていた。
同じ人物が別々の報告に載っていないか、まだ確かめきれていなかった。
移送者の死者が二人だったからといって、今回の戦闘で二人しか死ななかったわけではない。
数字を一つにまとめれば、何を数えたのか分からなくなる。
ミリアは紙を分けた。
*
アルトは、見張りのついた部屋へ通された。
治療は受けられた。
食事も出た。
だが、外へ出る時には兵がついた。
黒い甲冑と兜は保管庫へ運ばれた。
荷袋の古い剣も、門で預けた王国の剣も、そのまま預かられた。
ガレスが事情を聞きに来た時、部屋には指定された記録官とミリアだけが残された。
「移送担当者の通行は約束した。その約束を、なかったことにはせん」
ガレスは椅子を引いた。
「だが、人間の兵が死んでいる。何があったかを記録し、お前を北へ戻す条件も双方で確かめる。それまでは、ここで治療を受けていろ」
アルトは頷いた。
「誰から、あの甲冑を預かった」
「レオンだ」
ガレスは動かなかった。
アルトは続けた。
「勇者レオンが生きている。あの人が、魔王だった」
机に置かれたガレスの手が、ゆっくり握られた。
*
アルトは、城で知ったことを話した。
そのあと、自分がしたことを話した。
ラグンたちを止めるために甲冑を着たこと。
人間の騎兵から襲われたこと。
剣を抜いたこと。
相手の脇へ刃を入れたこと。
話している間、右手が何度も開いた。
相手の身体から剣を引いた感触が残っていた。
翌日、騎手の名が分かった。
「ルッツ。十九歳。東部諸侯の騎兵だ」
ガレスが告げた。
「ルッツ」
アルトは繰り返した。
紙の上に、知らなかった名前が書かれていた。
「お前は、負傷者を守るために斬った。そういう証言だな」
「そうだ」
「ほかに方法はなかったか」
アルトは机を見た。
ここには、ゆっくり考える時間があった。
あの時にはなかった。
だからといって、今考えることまでやめてよいとは思わなかった。
「その時は、退けば荷車を襲われると思った」
少し待ってから、続けた。
「でも、ほかの方法が絶対になかったとまでは、言えない」
ミリアの筆が動いた。
ガレスは頷かなかった。
否定もしなかった。
次の問いへ進んだ。
*
エドの所持品を整理すると、手紙が出てきた。
封筒の一部は血に濡れていたが、中の紙は読めた。
娘が生まれたこと。
名前を決めたこと。
帰ってきたら抱いてほしいこと。
ミリアは家へ届けるために必要な箇所を確かめ、元の折り目に戻した。
「最期は、何か言っていましたか」
アルトは窓を見た。
「声を出した。フィ、って聞こえた」
ミリアは待った。
「娘の名を言おうとしたのかもしれない。でも、俺がそう聞きたかっただけかもしれない」
ミリアは紙へ書いた。
聞き取れた音。
アルトが、その音から考えたこと。
二つを同じ文章にはしなかった。
あとでセラにも確かめた。
彼女には、言葉として聞き取れなかったという。
ミリアは、その答えも隣へ書いた。
*
レオンとの会談が実現したのは、三日後だった。
彼は救出の間もヴァルに滞在していた。
ザハルと双方の使者が連絡を取り、両軍の陣地から離れた詰所を会談場所に決めた。
武器を持ち込まない。
立ち会う人数を限る。
会談中と往復の安全を、双方が守る。
条件を確かめてから、ガレスもベルグを出た。
アルトとミリアは護衛とともに同行した。
*
レオンは、黒い甲冑を着ていなかった。
古い上着に外套を羽織り、剣も持っていなかった。
ガレスは、目の前の顔を長く見ていた。
レオンの銀札が机へ置かれた。
続いて、今回の負傷者移送を認めた書類の原本が広げられた。
レオンが城からヴァルへ来る時に、持参していたものだった。
ガレスは、事前に受け取っていた写しを並べた。
命令番号。
文面。
魔王軍の印。
内容は一致していた。
原本の最後には、レオンの署名があった。
「この名で、命令を出しているのですね」
「そうだ」
ガレスは、ミリアが城で写した別の文書を取り出した。
「六年前のセイル街道への襲撃も、あなたが?」
「ああ。俺が命じた」
ミリアの筆が、一度止まった。
自分に告げた答えを、レオンは王国の司令官にも繰り返した。
「その命令の原本は、城にある。確認する者を決めてくれ。写しと照合させる」
ガレスは、記録官へ書き留めるよう告げた。
ここで分かったことと、あとで確かめることが、別々の行へ記された。
*
「今も、この札を持っているのですね」
ガレスが銀札を見た。
「捨てなかった」
「勇者として受け取ったものを、魔王になっても」
レオンは札へ目を落とした。
「何をしに北へ来たのか、忘れたくなかった」
ガレスは命令書を見た。
「忘れなかったのに、侵攻を命じたのですか」
レオンは、答えるまでに時間がかかった。
「人を守るための命令だと思って、出した」
ガレスの頬が硬くなった。
アルトは二人を見ていた。
人を守りたいという言葉は、自分も使った。
それを言ったあとに何をしたかが、問われている。
同じ問いを、自分も受けていた。
*
今回の交戦について、その時までに分かったことも並べられた。
諸族側では巡回の交代が早まり、接近停止命令の引き継ぎが終わっていなかった。
人間側では、王軍と領主軍で命令の流れが違った。
交換の実施は上へ伝わっていたが、交代後の騎兵隊には行き渡っていなかった。
どちらが最初に攻撃したかは、証言が食い違った。
アルトが人間の十七人を先に出すと決めたことも、記録された。
ただし、最初の車が出る前に交戦の報せが届き、その判断は中断されていた。
十七人を先に出したせいで二人が死んだ、とは言えなかった。
一方で、全員を南へ移すことや、甲冑を着たまま護衛することは、アルトが決めていた。
「途中で甲冑を脱いでいれば、人間の兵は襲ってこなかったかもしれん」
ガレスが言った。
「そうかもしれない」
「脱がなかった理由は」
「諸族の兵が、また追いついてくるかもしれないと思った。その時、止めるために要ると思った」
アルトは顔を上げた。
「どちらの兵にも、俺の話を聞いてもらえる格好は、思いつかなかった」
部屋が静かになった。
レオンは、アルトの判断を正しかったとは言わなかった。
ガレスも、間違いだったとだけ言って終わらせはしなかった。
記録官が書き終えるまで待った。
*
延期されていた示威と攻勢の計画は取り消された。
部隊の位置は知られ、戦闘も起きていた。
このまま攻めれば、負傷者の移送を利用した攻勢だと受け取られる。
レオンは部隊を戻すよう命じた。
ガレスも、退避区域と諸族側への送還予定を改めて通達した。
今回は、命令が届いたと確認できない部隊を一覧にした。
返事が来ないところへは、別の連絡係を向かわせた。
それでも、その日の夕方、東の丘で短い戦闘が起きた。
命令書を交わしただけで、全員がその通りに動けるわけではなかった。
*
会談の最後に、レオンは、自分が認めた内容をまとめた証言書を読んだ。
間違いがないことを確かめ、自分の手で署名した。
その証言書は、原本のまま王へ送られることになった。
会談が終わると、レオンは北へ戻った。
王都へ向かう行列も、勇者を迎える旗もなかった。
*
ベルトが南へ運ばれる日、アルトは車の横へ座った。
「店へ来い」
ベルトが言った。
「どこにある?」
「王都の西門の近くだ。親父とやってた店がある」
「靴、作れるか」
「手は二本ある」
アルトの吊った腕を見て、口元を上げる。
「お前より条件がいい」
「ひどいな」
「靴底は全部替える。約束しただろ」
「代金は負けてくれよ」
「それとこれとは別だ」
二人は笑った。
笑い終わると、ベルトは荷台の隅へ目を向けた。
ナジのいた場所だった。
「あいつの名前、書いてくれないか」
ミリアが紙を出した。
「ナジさんですね」
「ああ。俺の車を押しに来てくれた。忘れたくない」
ミリアは大きな字で名を書いた。
ベルトはその紙を、軍から渡された書類とは別の袋へ入れた。
*
諸族の十一人が北へ向かったのは、道の安全を確かめてからだった。
ベルグへ戻った間も、捕虜には戻されなかった。
合意した通り、治療を受け、所持品を返され、北へ送られた。
ナジの棺も、その列にあった。
濡れた解放証明は乾かされ、所持品と一緒に家へ届けられることになった。
ウルは杖をつき、棺を積む兵たちのそばに立っていた。
アルトが近づくと、先に言った。
「持つなよ」
「まだ何もしてない」
「さっきから、そっちの肩を動かそうとしてる」
アルトは右手を下ろした。
ウルが道を指した。
「あの石をどけてくれ。車輪が乗ると、荷台が揺れる」
アルトは左手で石をどけた。
棺を載せた車が通った。
何か言おうとしたが、言葉が見つからなかった。
ウルは一度だけ手を上げた。
アルトも左手を上げた。
車列は北へ進んだ。




