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魔王城から帰った勇者はいない  作者: 週休七日


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23/26

二つの棺

 夜が明けるまでに、生きている移送者の数が確かめられた。


 人間十六人。

 諸族十一人。


 二十九人のうち、二十七人。


 エドとナジの名には、移送中に死亡したことが書き添えられた。


 ミリアは、それとは別に、護衛と周辺部隊の損害も記録した。


 東の渡しからは、兵や連絡係が死んだという報告が届いていた。

 同じ人物が別々の報告に載っていないか、まだ確かめきれていなかった。


 移送者の死者が二人だったからといって、今回の戦闘で二人しか死ななかったわけではない。


 数字を一つにまとめれば、何を数えたのか分からなくなる。


 ミリアは紙を分けた。


     *


 アルトは、見張りのついた部屋へ通された。


 治療は受けられた。

 食事も出た。


 だが、外へ出る時には兵がついた。


 黒い甲冑と兜は保管庫へ運ばれた。

 荷袋の古い剣も、門で預けた王国の剣も、そのまま預かられた。


 ガレスが事情を聞きに来た時、部屋には指定された記録官とミリアだけが残された。


「移送担当者の通行は約束した。その約束を、なかったことにはせん」


 ガレスは椅子を引いた。


「だが、人間の兵が死んでいる。何があったかを記録し、お前を北へ戻す条件も双方で確かめる。それまでは、ここで治療を受けていろ」


 アルトは頷いた。


「誰から、あの甲冑を預かった」


「レオンだ」


 ガレスは動かなかった。


 アルトは続けた。


「勇者レオンが生きている。あの人が、魔王だった」


 机に置かれたガレスの手が、ゆっくり握られた。


     *


 アルトは、城で知ったことを話した。


 そのあと、自分がしたことを話した。


 ラグンたちを止めるために甲冑を着たこと。

 人間の騎兵から襲われたこと。

 剣を抜いたこと。

 相手の脇へ刃を入れたこと。


 話している間、右手が何度も開いた。


 相手の身体から剣を引いた感触が残っていた。


 翌日、騎手の名が分かった。


「ルッツ。十九歳。東部諸侯の騎兵だ」


 ガレスが告げた。


「ルッツ」


 アルトは繰り返した。


 紙の上に、知らなかった名前が書かれていた。


「お前は、負傷者を守るために斬った。そういう証言だな」


「そうだ」


「ほかに方法はなかったか」


 アルトは机を見た。


 ここには、ゆっくり考える時間があった。

 あの時にはなかった。


 だからといって、今考えることまでやめてよいとは思わなかった。


「その時は、退けば荷車を襲われると思った」


 少し待ってから、続けた。


「でも、ほかの方法が絶対になかったとまでは、言えない」


 ミリアの筆が動いた。


 ガレスは頷かなかった。

 否定もしなかった。


 次の問いへ進んだ。


     *


 エドの所持品を整理すると、手紙が出てきた。


 封筒の一部は血に濡れていたが、中の紙は読めた。


 娘が生まれたこと。

 名前を決めたこと。

 帰ってきたら抱いてほしいこと。


 ミリアは家へ届けるために必要な箇所を確かめ、元の折り目に戻した。


「最期は、何か言っていましたか」


 アルトは窓を見た。


「声を出した。フィ、って聞こえた」


 ミリアは待った。


「娘の名を言おうとしたのかもしれない。でも、俺がそう聞きたかっただけかもしれない」


 ミリアは紙へ書いた。


 聞き取れた音。

 アルトが、その音から考えたこと。


 二つを同じ文章にはしなかった。


 あとでセラにも確かめた。


 彼女には、言葉として聞き取れなかったという。


 ミリアは、その答えも隣へ書いた。


     *


 レオンとの会談が実現したのは、三日後だった。


 彼は救出の間もヴァルに滞在していた。


 ザハルと双方の使者が連絡を取り、両軍の陣地から離れた詰所を会談場所に決めた。


 武器を持ち込まない。

 立ち会う人数を限る。

 会談中と往復の安全を、双方が守る。


 条件を確かめてから、ガレスもベルグを出た。


 アルトとミリアは護衛とともに同行した。


     *


 レオンは、黒い甲冑を着ていなかった。


 古い上着に外套を羽織り、剣も持っていなかった。


 ガレスは、目の前の顔を長く見ていた。


 レオンの銀札が机へ置かれた。


 続いて、今回の負傷者移送を認めた書類の原本が広げられた。

 レオンが城からヴァルへ来る時に、持参していたものだった。


 ガレスは、事前に受け取っていた写しを並べた。


 命令番号。

 文面。

 魔王軍の印。


 内容は一致していた。


 原本の最後には、レオンの署名があった。


「この名で、命令を出しているのですね」


「そうだ」


 ガレスは、ミリアが城で写した別の文書を取り出した。


「六年前のセイル街道への襲撃も、あなたが?」


「ああ。俺が命じた」


 ミリアの筆が、一度止まった。


 自分に告げた答えを、レオンは王国の司令官にも繰り返した。


「その命令の原本は、城にある。確認する者を決めてくれ。写しと照合させる」


 ガレスは、記録官へ書き留めるよう告げた。


 ここで分かったことと、あとで確かめることが、別々の行へ記された。


     *


「今も、この札を持っているのですね」


 ガレスが銀札を見た。


「捨てなかった」


「勇者として受け取ったものを、魔王になっても」


 レオンは札へ目を落とした。


「何をしに北へ来たのか、忘れたくなかった」


 ガレスは命令書を見た。


「忘れなかったのに、侵攻を命じたのですか」


 レオンは、答えるまでに時間がかかった。


「人を守るための命令だと思って、出した」


 ガレスの頬が硬くなった。


 アルトは二人を見ていた。


 人を守りたいという言葉は、自分も使った。


 それを言ったあとに何をしたかが、問われている。


 同じ問いを、自分も受けていた。


     *


 今回の交戦について、その時までに分かったことも並べられた。


 諸族側では巡回の交代が早まり、接近停止命令の引き継ぎが終わっていなかった。


 人間側では、王軍と領主軍で命令の流れが違った。

 交換の実施は上へ伝わっていたが、交代後の騎兵隊には行き渡っていなかった。


 どちらが最初に攻撃したかは、証言が食い違った。


 アルトが人間の十七人を先に出すと決めたことも、記録された。


 ただし、最初の車が出る前に交戦の報せが届き、その判断は中断されていた。


 十七人を先に出したせいで二人が死んだ、とは言えなかった。


 一方で、全員を南へ移すことや、甲冑を着たまま護衛することは、アルトが決めていた。


「途中で甲冑を脱いでいれば、人間の兵は襲ってこなかったかもしれん」


 ガレスが言った。


「そうかもしれない」


「脱がなかった理由は」


「諸族の兵が、また追いついてくるかもしれないと思った。その時、止めるために要ると思った」


 アルトは顔を上げた。


「どちらの兵にも、俺の話を聞いてもらえる格好は、思いつかなかった」


 部屋が静かになった。


 レオンは、アルトの判断を正しかったとは言わなかった。

 ガレスも、間違いだったとだけ言って終わらせはしなかった。


 記録官が書き終えるまで待った。


     *


 延期されていた示威と攻勢の計画は取り消された。


 部隊の位置は知られ、戦闘も起きていた。

 このまま攻めれば、負傷者の移送を利用した攻勢だと受け取られる。


 レオンは部隊を戻すよう命じた。


 ガレスも、退避区域と諸族側への送還予定を改めて通達した。


 今回は、命令が届いたと確認できない部隊を一覧にした。

 返事が来ないところへは、別の連絡係を向かわせた。


 それでも、その日の夕方、東の丘で短い戦闘が起きた。


 命令書を交わしただけで、全員がその通りに動けるわけではなかった。


     *


 会談の最後に、レオンは、自分が認めた内容をまとめた証言書を読んだ。


 間違いがないことを確かめ、自分の手で署名した。


 その証言書は、原本のまま王へ送られることになった。


 会談が終わると、レオンは北へ戻った。


 王都へ向かう行列も、勇者を迎える旗もなかった。


     *


 ベルトが南へ運ばれる日、アルトは車の横へ座った。


「店へ来い」


 ベルトが言った。


「どこにある?」


「王都の西門の近くだ。親父とやってた店がある」


「靴、作れるか」


「手は二本ある」


 アルトの吊った腕を見て、口元を上げる。


「お前より条件がいい」


「ひどいな」


「靴底は全部替える。約束しただろ」


「代金は負けてくれよ」


「それとこれとは別だ」


 二人は笑った。


 笑い終わると、ベルトは荷台の隅へ目を向けた。


 ナジのいた場所だった。


「あいつの名前、書いてくれないか」


 ミリアが紙を出した。


「ナジさんですね」


「ああ。俺の車を押しに来てくれた。忘れたくない」


 ミリアは大きな字で名を書いた。


 ベルトはその紙を、軍から渡された書類とは別の袋へ入れた。


     *


 諸族の十一人が北へ向かったのは、道の安全を確かめてからだった。


 ベルグへ戻った間も、捕虜には戻されなかった。


 合意した通り、治療を受け、所持品を返され、北へ送られた。


 ナジの棺も、その列にあった。


 濡れた解放証明は乾かされ、所持品と一緒に家へ届けられることになった。


 ウルは杖をつき、棺を積む兵たちのそばに立っていた。


 アルトが近づくと、先に言った。


「持つなよ」


「まだ何もしてない」


「さっきから、そっちの肩を動かそうとしてる」


 アルトは右手を下ろした。


 ウルが道を指した。


「あの石をどけてくれ。車輪が乗ると、荷台が揺れる」


 アルトは左手で石をどけた。


 棺を載せた車が通った。


 何か言おうとしたが、言葉が見つからなかった。


 ウルは一度だけ手を上げた。


 アルトも左手を上げた。


 車列は北へ進んだ。

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