その門を開けろ
ベルグ砦の外庭には、担架が並べられていた。
ミリアが先に戻って知らせたため、医療班も、身元を確かめる兵も、すでに集まっていた。
雨を避ける天幕。
水を入れた桶。
乾いた布。
荷車から負傷者を下ろすための板。
ガレスと相談して用意したものが、そこにあった。
外門は閉じていた。
その奥の内門も、今は閉ざされている。
まず外庭へ受け入れ、外門を閉める。
それから負傷者を、内門の向こうの医療区画へ移す。
決めておいた手順だった。
それでも、車列が見えた途端、城壁の弓兵は弦を引いた。
荷車の脇には、武装した諸族の兵がいる。
少し離れた道にも、馬に乗った人影が見えた。
どこまでが護衛で、どこからが追手なのか、遠くからは分からなかった。
「まだ撃たないでください!」
ミリアは城壁へ駆け上がった。
守備隊長が、雨に濡れた車列を指した。
「旗は確認した! だが、周りにいる兵の数が合わん!」
白地に黒い輪を描いた旗は、水を吸って垂れ下がっていた。
風が吹かなければ、印も見えない。
ガレスが隣へ来た。
ミリアは黒い甲冑を指した。
「あれがアルトです」
先に戻った時にも伝えていた。
黒い甲冑を着ているのは、負傷者の移送を任されたアルトだと。
けれど、報告を聞くことと、その姿を自分の目で見ることは違った。
ガレスは車列を見つめてから、声を張った。
「黒い甲冑の者、前へ出て兜を取れ!」
*
アルトは最後尾をほかの護衛に頼み、門の前へ進んだ。
兜を外す。
雨が顔へ当たった。
兜の中にこもっていた熱が逃げていった。
「アルトだ!」
近くの荷台へ兜を置き、襟元から銀札を引き出した。
「勇者アルト! 負傷者を連れてきた!」
城壁の上で、何人かが顔を見合わせた。
アルトは荷車の幌をめくった。
ベルトがいた。
残った脚を毛布に包み、荷台の縁へ片手を掛けている。
ガレスを見上げると、もう片方の手を上げた。
司令官の身体が、わずかに前へ傾いた。
後ろの車には、角のある老人がいた。
別の荷台には、顔へ布を掛けられた者もいた。
ミリアはガレスを見た。
「確かめてきます」
ガレスは近くの兵へ命じた。
「照合係を一人。護衛を二人つけろ」
ミリアは階段を下り、三人とともに小さな通用口から外へ出た。
*
アルトがこちらを見た。
ミリアは彼の肩へ手を伸ばしかけた。
右腕の動かし方が、朝と違っていた。
だが、先に名簿を開いた。
荷車の印を確かめる。
御者の名を聞く。
荷台の顔を、一人ずつ見る。
朝、旧水車場で確かめた人たちだった。
ベルトは頷いた。
熱のある老人は、そばの者が名を答えた。
エドの顔には布が掛けられていた。
ミリアは足を止めた。
今朝、娘の手紙を見せたがっていた男だった。
身元の確認のあとで、と自分は言った。
次の車には、ナジがいた。
解放された証明を、服の上から何度も確かめていた若者だった。
「ミリア」
アルトの声がした。
彼女は顔を上げた。
何があったのか。
何を言っていたのか。
聞きたいことはいくつもあった。
今は、まだ聞いてはいけなかった。
ミリアは最後の車まで確かめ、城壁へ合図した。
「合意した移送者です! 五台とも確認しました!」
ガレスが腕を上げた。
「外門を開けろ!」
*
門が動いた。
アルトが何度も夢で聞いた音だった。
閉じる音ではなかった。
「入る者から武器を預けろ!」
守備隊長が命じた。
「運搬を手伝う者は、名前を答えてから中へ! 残りの護衛は最後尾を守れ!」
諸族の護衛が剣を預けた。
兵に名を告げ、荷車の脇について門をくぐる。
残る護衛は道の両側へ散った。
アルトも、車列の後ろを見渡せる位置へ戻った。
ハンナは一台目を門へ通すと、内側の兵へ手綱を渡した。
「もっと奥へ寄せて! 後ろが入れないよ!」
御者台から降り、次の車へ走る。
二台目の車輪が、門の敷石へ引っかかった。
ベルトと、ナジを乗せた車だった。
アルトは車輪へ肩を入れた。
右肩の奥が熱く痛んだ。
荷台が傾き、担架が滑りかける。
ベルトが両腕で担架の脚を抱えた。
「こっちは押さえる! 車を動かせ!」
アルトは左肩へ持ち替えた。
門の内側から守備兵が綱を引く。
車輪が段差を越えた。
担架は滑らなかった。
ベルトは息を吐いた。
車が止まってからも、その手はしばらく離れなかった。
*
四台目が門をくぐった時、城壁から声が落ちてきた。
「騎兵、接近!」
数騎が道へ出てきた。
人間の領主軍の色をつけていた。
黒い甲冑を見つけた一人が、槍を構えた。
ガレスが王軍の旗を掲げさせた。
「止まれ! ここは北部方面軍が預かる! 槍を下げろ!」
後ろの数騎は速度を落とした。
先頭は、なお近づいてきた。
城壁から放たれた矢が、馬の前の泥へ突き立った。
馬が首を上げ、横へ逸れた。
その間に、最後の荷車が傾いた。
車輪の留め金が外れていた。
輪が車体へ食い込み、回らなくなっている。
御者が馬を止めた。
兵が押したが、車は動かなかった。
ハンナはしゃがみ、一度見ただけで立ち上がった。
「車を捨てる! 馬を外して!」
歩ける者は、すでに降りていた。
荷台に残っているのは、横になったまま運ばなければならない二人だった。
アルトは門際の兵へ、盾と剣を渡した。
「担架を二つ!」
ミリアと守備兵が持ってきた。
アルトとセラが一人を移す。
もう一人は、二人の兵が抱き上げた。
担架を持ち上げようとした瞬間、アルトの右腕から力が抜けた。
痛みが指先まで走った。
「代わります」
ミリアが担架の端を掴んだ。
「俺が――」
「左側を支えてください。揺れないように」
アルトは歯を食いしばった。
それから、言われた通りに左側へ回った。
ミリアとセラが担架を持ち上げる。
アルトは左手で横を支えた。
ウルは杖で足元の石を払い、通る場所を示した。
「右は窪んでる。そっちじゃない、中央だ」
門の綱が張った。
「まだだ!」
ガレスの声がした。
「担架が入るまで、扉を固定しておけ!」
盾兵が門前へ出た。
運ぶ者と、近づく騎兵の間に盾が並ぶ。
先頭の騎手が槍を突き出した。
盾に当たった。
「王軍だ! 下がれ!」
盾兵が怒鳴った。
騎手が手綱を引いた。
馬が後ろ脚で泥を蹴る。
最初の担架が敷石へ乗った。
次の担架も続いた。
ハンナと御者が、外した馬を引き入れる。
ウルは腰の短剣を預け、名を答えた。
兵に肘を貸され、開いた外門をくぐった。
最後尾にいた護衛も、武器を預けて入った。
「盾兵、戻れ!」
盾が一枚ずつ、門の内側へ消えた。
扉が閉じた。
重い音がした。
外で馬が嘶いた。
少しして、城壁の上から、騎兵が退いたという声が聞こえた。
*
外庭は、息と雨と血の匂いでいっぱいだった。
荷車は、門前へ着いた順に入れた。
そこから先は、医療班が順番を決めた。
呼吸を確かめる。
出血を調べる。
意識のない者を呼ぶ。
外門の閉鎖を確認したガレスが、内門を開くよう命じた。
治療を急ぐ者から、その向こうの医療区画へ運ばれていった。
人間も、諸族も。
名簿のどんな種族かで、後回しにはされなかった。
アルトは外庭の端へ座り込んだ。
右腕が上がらなかった。
ミリアが前へしゃがんだ。
「息を吸って」
「またそれか」
「返事より先です」
アルトは吸った。
痛みで顔が歪んだ。
ガレスが来た。
名簿を受け取り、運ばれていく担架を見た。
それからアルトへ目を戻した。
「移送者は、全員ここまで入った」
アルトは頷いた。
「今度は、開いたな」
「ああ。ここまで運んできた者がいて、受け入れる用意もあった」
ガレスはミリアを見た。
「ガレスが先に知らせたことも、大きい」
ミリアは何か答えようとした。
声が出ず、頷くだけになった。
アルトは外庭の隅を見た。
エドとナジの身体が並べられていた。
雨の当たらない場所へ移され、顔に白い布を掛けられている。
二人とも、砦には着いた。
それでも、生きて家へ帰すことはできなかった。




