↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王城から帰った勇者はいない  作者: 週休七日


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/26

三年間の平和

「先代も、人間だった」


 レオンは最初にそう言った。


 机の端には飲みかけの茶があり、表面に薄い膜が張っていた。


 魔王の飲み残した茶。


 そんなものを、アルトは一度も考えたことがなかった。


「魔王って、何なんだ」

「諸族連合軍の総司令だ。彼らの王ではない」


 一枚の協定書が広げられた。


 角を持つ者。

 獣の耳を持つ者。

 森林の民。

 地下都市。


 いくつもの文字と印が並んでいた。


「一族の王へ全軍を預ければ、ほかの族は従属を恐れる。外から来た者なら公平になるわけではない。だが、彼らの家同士の争いには属していない」


「それで、魔王を人間に預けているというのか?」


「人間を知る者が要る。何を恐れ、何のために兵を集めるかを」


「うまく殺すために?」


 レオンは目を逸らさなかった。


「それは含まれる」


 アルトは机へ手をついた。

 拳にすると殴ってしまいそうだった。


「最も古い目的は、人間同士の大戦を起こさせないことだ。昔、人間の大戦が起きるたび、諸族の森も鉱山も、兵と物資を集める場所として荒らされた。そう記録にある」


「戦争を止めるために、戦争をしてるのか」


「共通の敵であり続ける。王国も帝国も、互いへ全軍を向けられないようにする」


 アルトは短く息を吐いた。


「それをはじめて聞いたとき、お前は信じたのか」


「信じなかった」


 レオンが一枚の命令書を置いた。


 二十七年前の日付だった。


 全戦線における攻勢の停止。

 越境の禁止。

 現有防衛線の保持。


 最後に、レオンの署名があった。


「俺が最初に出した命令だ」


     *


 紙の束には、戦争が止まった三年間が残っていた。


 帰還兵の人数。

 廃された戦時税。

 開かれた国境市場。

 麦の価格。


 レオンの書いたものだけではなかった。


 王国の布告。

 帝国の商人の手紙。

 小国の市場札。


 停戦が続くのを確かめたあと、別の日付の命令で、係争地の軍を少しずつ引いていた。


「本当に、平和だったんだな」


「前の年よりは、間違いなく」


 市場の再開を知らせる刷り物の端に、絵本の広告があった。


 白い勇者。

 黒い城。


「この本」

「俺も持っている」

「読んだのか」

「読んだ。最後に、兵士が家へ帰っていた」


 レオンの声が少し柔らかくなった。


「そこは、本当だった」


 二年目の記録は厚かった。


 鉱山の所有権。

 川の水を引く権利。

 戦争中だけ棚上げされていた領地の境。


 王国は昔の条約を持ち出した。

 帝国はさらに古い地図を持ち出した。


 商人が襲われた。

 役人が殺された。

 どちらの犯人も、相手の国の手先だと言われた。


「仲介は?」

「中立の小国や商人たちが間に入った。実際に、話がまとまった土地もあった」

「じゃあ、ほかの土地でも同じようにすれば」

「俺もそう考えた。交易路を開き、話し合いの機会を増やそうとした」

「それでも駄目だったのか」

「一つの争いが収まる間に、別の場所で兵が集まった」


 レオンは地図へ目を落とした。


 三年目の終わりには、別の地図があった。


 備蓄倉の建設。

 予備兵の招集。

 兵站路の整備。


 北へ向いていた線が、人間の国同士の境で、曲がっている。


「明日にも戦争始まると思った。もう一日待とうとも思った。何度もな」


 次に置かれたのは、侵攻命令だった。


 人間の砦を攻め、街道を押さえ、王国と帝国の双方の背後へ脅威を置く。


 停止すべき線まで細かく記されていた。


 死者の数字は、別の紙にあった。


「王国と帝国は兵の一部を北へ戻した。交渉が再開された」


 アルトは死者の欄を見ていた。


「人間同士の戦争は、まだ始まってなかったんだろ」


「そうだ」


「始まらなかったかもしれない」


「ああ」


「こっちは、かもしれないじゃない」


 数字を指で叩いた。

 紙は柔らかく、音もしなかった。


 レオンは頷いた。


「そうだ」


「それで、二十四年?」


 返事がなくても、次の棚を見れば分かった。


 命令書が並んでいた。

 何年分も。

 何人分も。


     *


「人間の王たちは、このことを知ってるのか」


「俺の正体も、役目の中身も知らない。これは口裏を合わせた芝居ではない」


「兵士は本当に殺し合ってる」


「お前も見ただろう」


「なら、何を管理してる」


「軍を置く場所。攻める時機。退く線。諸族の町が潰されるほど負けず、人間の国が崩れるほど勝たないようにする」


「その間で、兵士が大勢死んだとしてもか」


「そうだ」


「こっちにも、勝手に戦う奴はいるだろ」


「いる。俺の命令だけで、すべては止まらん」


 アルトは紙を見た。


「それで、よく抑えてるなんて言えるな」


 レオンはしばらく黙った。


「そう言えば、自分のしていることを正しいと思いやすかったのかもしれん」


 正しいと言えば否定できた。

 仕方ないと言えば、そう言われる側の話ができた。


 認められると、怒りの持っていき先まで自分で探さなければならなかった。


     *


 地下の記録室には、対になった肖像画があった。


 若い女と、黒い甲冑。

 髭のある男と、兜を脇へ抱えた同じ男。

 若いレオンと、黒い甲冑。


 甲冑は代替わりのたびに補修され、内側を直されていた。

 体格は違う。

 それでも、外から見える輪郭は揃えられていた。


「誰も、この秘密を漏らさないのか」


「漏れる。魔王は称号だとか、人間だとか。昔から噂はある。だが、実際に確かめられる者はほとんどいない」


「命令書に名前があるだろ」


「城に残す原本にはな。前線の写しは命令番号と職印だけだ。同じ番号を引けば、誰が決めたか分かる」


 レオンは棚へ手を置いた。


「隠してきた。だが、記録からまで自分を消すつもりはない」


 アルトは、その言い分が正しいとは思わなかった。

 責任の記録を、責任を問えない場所へ閉じ込めていることに変わりはなかった。


「次を探してるのか」


 レオンは頷いた。


「二十七年で、ここまで来た王国の勇者は、お前ただ一人だけだ」


「剣で負けた勇者を?」


「俺も先代に剣で負けた。剣だけなら、ほかに候補はいる」


「俺は向いてない。一人を見捨てるのが嫌なんだ」


 レオンは自分の手を見た。


「俺は、向いてきたことを恐れている」


 指には剣の古い傷があった。

 爪の脇に、インクがついていた。


「死者十人、生存百人。前より損害が少ない。そう読めば仕事は速い。次の紙が来るからな」


 アルトは何も言えなかった。


「最近は、それで済むようになってきた」


 剣では勝てなかった男が、別の何かには長い間、負け続けていた。


 だからといって、許せるわけではなかった。


 アルトは棚の端を指した。


「成功した市場の記録は」


 レオンが顔を上げた。


「あるんだろ」


「ある」


「なら、それも見せろよ。失敗した紙ばっかりで、俺に決めさせるな」


 レオンの手が止まった。


 やがて棚の奥から、薄い帳面を引き抜いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。