第47話:死角の刃、忠義の舞
朝靄が深く垂れ込める森の静寂を破り、二つの影が滑り込んできた。
ゼノヴィアが放った私兵の先鋒――黒革の胸当てに身を包み、手慣れた足取りで刃を抜く刺客たちだ。
「……見つけたぞ。あそこだ、隠れ家だ――」
忍び足で迫る刺客の一人が、ニヤリと惨酷な笑みを浮かべたその瞬間。
ヒュッ、と喉元を掠める風切り音が響き、冷や汗が背筋を駆け抜けた。
「な……っ!?」
刺客が視線を上げたときには、すでにレオンの姿が眼前に肉薄していた。
本来のレオンは、軍務や書類作業をこなす優男の文官に過ぎない。体格も小柄で、荒くれ者の私兵たちと比べれば力など見る影もない。だが――彼には、圧倒的な強さを誇るエレの傍らで、血を吐くような鍛錬の末に磨き上げてきた異質の剣技があった。
(……エレ様の剣は、美しく、そしてどこまでも無駄がない。男と比べて腕力で劣るなら、刃を受けてはならない。相手の重心を見極め、威力を流し、最小の動きで急所を穿つ……!)
ガキィンッ!と大剣を受け止める無駄な愚は侵さない。
力任せに振り下ろされた刺客の剣筋を、レオンは滑らかな足さばきで紙一重かわす。刃が空を切って相手の姿勢が大きく前傾した――そのわずか一瞬の隙を、レオンは見逃さなかった。
スッと懐へ潜り込み、刺客の顎下から頸動脈へ向け、細身の剣先を正確無比に突き立てる。
「ガハッ……っ!?」
鮮血を撒き散らして倒れ伏す男を横目に、レオンは返り血すら浴びずに残る一人へと素早く向き直る。その身のこなしには一切の迷いも、余分な力みすらない。
「な、なんだ……お前は……ッ!? ただの書記官の小僧ではないのか……!?」
仲間を一瞬で屠られたもう一人の刺客が、恐怖に引きつった顔で後退る。
「……エレ様の側近く仕える身だ。これしきの修羅場、越えられねば側近など勤まらん」
氷のように冷徹な瞳で言い放つと、レオンは軽やかに地を蹴った。
狂乱した刺客が必死に振り回す刃の軌道を、舞うようにひらりと交わす。相手の威力が最も入る打点をかわし、流すように刃を滑らせると、刺客の肘の関節と膝裏の腱を息つく暇もなく正確に切り裂いた。
「ぎゃあぁぁっ!?」
悲鳴とともに崩れ落ちる刺客の背後へ瞬時に回り込み、レオンはためらいなく首裏の骨の隙間へ、深々と留めの刃を突き刺し通す。
二人の刺客は、警鐘を鳴らす暇すら与えられず、冷たい濡れ落ち葉の上に転がった。
「ふぅ……」
レオンは細く息を吐き出すと、血に濡れた刀身を亡骸の服で素早く拭い、カチリとサヤへ収めた。その佇まいは、文官の皮をかぶった一流の暗殺者そのものだった。
小屋の陰から一連の動きを見守っていたガレノスが、心底感心したように深く頷く。
「見事なものだな、レオン。力で抗わず、死角から急所のみを撃ち抜く……まさにエレ様から受け継いだ剣技の神髄だ」
「……エレ様のお力に少しでも近づきたくて、影で泥を吐く思いで毎夜刃を研いできましたから。ですが……」
レオンは剣の柄に手を置いたまま森の奥を見つめ、眉根を深く寄せた。
「この二人、ただの先導役に過ぎません。本隊に見つかる前に、一刻も早くここを発たねば」




