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【連載版】蒼の残響、緋の軌跡  作者: 紺木羽ノ歌


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第45話:密室の熱、解かれた鎧


森の朝靄を突き抜け、一行は険しい崖の陰に隠された古い猟師小屋へと滑り込んだ。

長年使われていなかった木造の小屋は薄暗く、濃い泥と枯れ葉の匂いが漂う。レオンが外の気配を伺いながら手早く頑丈な木戸の鍵を固く閉ざし、ガレノスはすぐさま暖炉へ向かうと、手慣れた手つきで薪に火をくべ、薬湯を沸かす準備にとりかかった。

「ここなら追っ手の目も届きません。途中の沢で追跡を断ち、周囲には偽の足跡を複雑に交差させておきました。しばらくは稼げます」

レオンが緊張感を切らさずに報告する。ガレノスは革袋から薬草と包帯、消毒用の強い酒を取り出しながら、サフィールへ声をかけた。

「殿下、エレ様を奥のベッドへ。急いで傷口の洗浄と矢毒の処置を行わなければなりません」

サフィールは抱きかかえていたエレをゆっくりと古びたベッドに横たえた。だが、その手はエレの細い手首を握りしめたまま、一向に離そうとしない。

「……ガレノス。必要な薬と包帯をそこに置いたら、二人とも外へ出ろ」

「な……っ!? 殿下、何を仰いますか! エレ様の矢傷は深く、毒の残分を慎重に絞り出さねば感染の危険もございます。医師である私が手当をしなければ――」

「俺がやると言っている」

サフィールの瞳に宿る不退転の熱量に、ガレノスは思わず言葉を詰まらせた。サフィールは静かに、だが拒絶をいっさい許さない重い声で続けた。

「……いくら信頼する側臣であれ、他の男の目にこの者の素肌を晒す気はない。激痛に歪む顔も、傷口も……俺以外の誰にも見せたくないのだ。手当の手順を言え。俺がやる」

それは、ただの保護欲を超えた、狂おしいほどの独占欲と執着だった。

ガレノスは息を呑み、思わず扉脇に立つレオンへ視線を送った。レオンは拳を固く握りしめ、胸の奥で渦巻く葛藤と割り切れない想いを押し殺すように、ゆっくりと首を横に振った。

「……承知いたしました。傷口を酒で清め、この黒い軟膏を塗った後に包帯をきつく巻いてください。毒を絞り出す際は激痛が走りますが……どうか手を緩めずに」

ガレノスは必要な道具を枕元へ静かに揃えると、レオンとともに深く一礼し、見張りも兼ねて重い扉の向こうへと退出していった。

扉が閉まり、カチリと錠が降りる音。部屋には薪がパチパチとはぜる音と、二人の乱れた呼吸音だけが満ちていく。

「……っ、殿下……正気ですか……? 皇子であるあなたが、このような不潔な傷の手当など……」

ベッドの上でマントを必死に抱え直し、エレが震える声で拒絶を示す。サフィールのシャツ一枚を羽織っただけの無防備な姿。目の前の男に自らの素肌を晒す羞恥と恐れ、そして何より、彼の真摯で重すぎる情熱にどう応えればいいのか分からない動揺が彼女を苛んでいた。

「口を動かすなと言っているだろう」

サフィールは静かにベッドの傍らに膝をつくと、エレの身体を覆うマントをそっと押し開き、シャツのボタンを一つずつ外していった。

「あ……っ」

暖炉の赤々とした火光が照らし出す部屋の中で、白く華奢な肩から胸元にかけての滑らかな肌が露わになる。だがその右肩には、毒矢によって紫にくすんだ痛々しい傷口が、痛烈な存在感を放っていた。

サフィールはその傷を見つめ、まるで自分の胸を抉られたかのように苦悶の表情を浮かべた。

「俺を庇って受けた傷だ。……痛むか?」

「……大丈夫です。このような傷……慣れています……」

強がるエレの冷たい唇に、サフィールは自らの指先をそっと重ねた。

「息も満足にできないくせに、嘘をつくな。身体がこんなに震えている」

サフィールは清潔な布に強い酒を含ませると、意を決して毒の残る傷口へと押し当て、溢れる膿と血を強く絞り出した。

「くっ……ぁぁぁっ……!!」

あまりの激痛に、エレの喉から悲鳴が押し出された。指先まで硬直させ、自らの唇を噛み切らんばかりに耐えようとするエレの背中に、サフィールは空いた腕を回して強く抱き寄せ、自らの胸元へと顔を埋めさせた。

「噛むなら、俺の肩を噛め。……痛みも、絶望も、お前のすべてを俺が受け止める」

「……っ……殿、下……どうして……っ」

自分の手首を掴むサフィールの肌から直に伝わってくる、熱く激しい鼓動。

ラディオンの緋い目を曝け出し、復讐者であることを知られたはずなのに。男と偽り、側近として自分を騙し続けてきた重罪人であるはずなのに。

なぜこの男は、自分を冷たい牢獄へ引き渡すどころか、こうも狂おしいほどの愛おしさで抱きしめるのか。

「言ったはずだ。……俺はお前に生かされ、お前に心を奪われたのだと」

サフィールは血と毒の混ざった黒い雫を丁寧に布で拭い去り、軟膏を塗り込んで白い包帯をきつく巻き上げていく。粗暴な言葉とは裏腹に、手つきは驚くほど繊細で、エレの肌に触れる指先はかすかに震えていた。

手当を終えたサフィールは、汗で濡れた髪を額に張り付かせ、荒い息を吐くエレの頬を両手で優しく包み込んだ。

密室に満ちる密やかな熱気。絶望に染まっていたはずの鮮烈な赤の瞳に、サフィールの揺るぎない情熱が容赦なく焼き付けられる。

「サフィール殿下⋯」

身体に伝わってくる彼の情熱は、どう応えればいいのか分からない恐れとなって胸を締め付ける。しかし、額を合わせるほどの距離で自分を包み込む温もりと強い鼓動に、冷え切っていたエレの頑なな心は拒絶の術を失い、抗えない救いとなって静かに侵食されていくのだった。


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m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
つつみ込んで…! それからこのあとはどうなるよのー(〃∇〃)
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