第41.5話:深い霧の裂け目
「――なに、エレ様とサフィール殿下が行方不明』だと……!?」
本営の陣幕に飛び込んできたレオンの声は、怒りと焦燥でひっくり返っていた。
連絡を寄こした伝令の騎士は息を絶え絶えにさせ、青ざめた顔で地面に膝をついている。
「はっ……! 狩猟の最中、突然発生した深い霧と刺客の奇襲により、護衛部隊が分断されました。サフィール殿下とエレ様が追い詰められたのは、北方の断崖付近とのこと……!」
「ふざけるな、あんな場所から濁流に飛び込めば無事では済まないぞ……!」
レオンは血走った目を剥き、剣の柄に手をかけた。
リュシアンの一件がようやく片付き、次代の皇太子として確実な一歩を踏み出そうとしていたサフィールと、腹心のエレ。これは明確な皇位継承をめぐる暗殺未遂、それも内部の者が絡んだ周到な罠だ。
「一体何が起きた……! とにかく、詳しい状況を報告しろ!」
レオンがテーブルを拳で打ち鳴げたその時、重厚な布幕がサッと持ち上げられ、二人の男が足音高く踏み込んできた。
先頭に立っていたのは、エレの部下であるバルドだ。その背後には、険しい顔つきをした老医官ガレノスが慌ただしく薬箱を抱えて控えている。
「レオン、状況は聞いた。……俺たちの部隊の周辺も、連中の放った刺客に撹乱された」
バルドは焦燥を押し殺した低い声でそう告げると、手元に持っていた広域地図をガタガタとテーブルの上に広げた。
インクの匂いが残るその地図を指先で叩きながら、バルドは歯噛みする。
「殿下とエレ様がはぐれたのは、この『黒滝の森』の周辺だ。だが、一番考えられるのは……そのまま濁流に流され、皇弟ゼノヴィアの勢力圏である下流の峡谷へ打ち上げられるケースだな。そうなれば連中の思う壺だ」
バルドの言葉に、レオンは険しい顔でうなずき、現状を整理するように説明を始めた。
「聞いてくれ。どうやら今回の襲撃、裏で糸を引いているのは皇弟ゼノヴィアの策略で間違いない。あいつらは殿下とエレ様を同時に消すために、あの深い霧を利用して周到に包囲網を敷いていたんだ」
レオンの言葉に、ガレノスは険しい顔のまま杖をつき、重々しく首肯した。
「ゼノヴィア様の差し金か……。となれば、捜索隊など、ゼノヴィアの子飼いであろう。殿下たちが見つかれば命はないな」
「そうだ。だから……」
レオンは広げられた地図から視線を上げ、鋭く引き絞った目でバルドとガレノスを見据えた。
「これからバルドは、お前の部隊を率いてゼノヴィア側の捜索隊の動きを牽制しつつ、表向きの捜索を頼む。……だが、俺とガレノス様は別行動を取る」
バルドがわずかに眉をひそめて問う。
「別で動くって……? 公式の捜索を離れて、お前たちはどこに行く気だ」
「……嫌な予感がするんだ」
レオンは剣を腰に強く締め直し、窓の外に広がる険しい山々を睨みつけた。
「ゼノヴィア配下の連中が動く正規のルートじゃ、殿下たちの居場所にたどり着く前に連中に殺されるか、証拠を隠滅される。俺たちは俺たちのやり方で、あの二人の本当の足取りを追う。バルド、ここは任せたぞ」
バルドは短くうなずき、ガレノスは薬箱の留め金をカチリと鳴らした。
主を失うわけにはいかない男たちの、決死の追跡行が今、静かに動き出すのだった。




