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【連載版】蒼の残響、緋の軌跡  作者: 紺木羽ノ歌


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第39話:不帰の離宮、追憶



宮殿の最奥に位置し、誰も近寄らぬゆえに「不帰の離宮」と呼ばれる冷たい石造りの一室に、メディトリナは幽閉されている。反逆の罪によりすべてを剥ぎ取られた彼女のもとへ、一歩、また一歩と重い足音が近づいてくる。鉄格子の向こうに現れたのは、次代の皇太子として確固たる地位を築きつつあるサフィールその人だった。

「メディトリナ嬢」

静かな足音に気づき、メディトリナはゆっくりと振り返った。

「……ごきげんよう、サフィール殿下」

薄暗がりのなかで見せたその姿に、サフィールはわずかに息を呑んだ。

彼女はかつてラディオン王国へと嫁いだ気高き身であり、その上品さと優美さは宮廷でも誉れ高かった。長い幽閉生活の果てに、かつての華やかな容姿や美しさはすっかり失われ、彼女はやつれきっていた。それでもなお、その瞳に宿る温かい眼差しは、昔の気品を失っていなかった。

サフィールは鉄格子に歩み寄り、静かに頭を下げて敬意を示しながら声をかけた。

「……メディトリナ嬢、突然の無礼をお許しください。あなたに、どうしてもお尋ねしたいことがあるのです。どうか、お聞かせ願えないでしょうか……10年前のラディオン王国侵攻の折、城から逃げ延びた『生き残りの王族』について、何かご存知ではありませんか」

メディトリナは穏やかに微笑み、遠い目をしながら、どこか鈴を転がすような上品さを残したかすれた声で語り始めた。

「……あの子についてですのね。私にとってあの子は……まるで、本当の妹のような存在でしたわ。あの子の名は、ルシフィード……」

「ルシフィード……」

「ええ……。悲劇が起きる前、あの子は本当に……お庭に咲く一輪の花のように可憐で、無邪気に微笑む愛らしいお方でしたわ。いつも周囲をパッと明るくするような温もりをまとっていて……私の夫であるあの子の兄も、皆から深く愛されておりましたのよ」

メディトリナの頬に、ふっと懐かしい日々を慈しむような柔らかな笑みが浮かぶ。しかし、その表情はすぐに切なさと深い憂いに曇った。

「なのに……あの残酷な夜、すべてが奪われました。あの子があの地獄から生き延びることができたのか、今どこでどのような痛みを抱えて生きているのか……私には知るすべもございません。ただ……願わくば、あの子がどこかで穏やかに、誰かに愛されて幸せでいてくれること。それが、私に残された……たった一つの祈りですわ」

我が子、あるいは本当の妹を慈しむようなメディトリナの言葉には、偽りのない本物の温もりと、気高い慈愛が満ちていた。

サフィールは彼女の言葉を聞きながら、脳裏に一つの影を浮かべさせる。

(あの娘……生き残った王女……女、か)

サフィールはふと、記憶の糸をたぐり寄せた。幼い頃、宮廷の片隅で一度だけすれ違ったことがある。ほんのわずかな時間だったが、あの時出会った可憐なラディオンの王女の面影が、なぜか鮮烈に胸に残っていた。

そして、脳裏に蘇る。目の前にいる冷徹で完璧な自分の側近――エレの姿を。

(……待て)

顔立ちの骨格、ふとした瞬間の佇まい、気高さ。驚くほどに、あの王女とエレの姿が重なり合う。

だが、サフィールはすぐに首を振ってその思考を打ち消そうとした。

(いや、違う。あの王女の瞳は鮮烈な『赤色』だった。……エレの瞳はいつだって澄んだ『青』だ。それになにより、エレは男だ。⋯だが⋯⋯)

瞳の色、そして男という事を考えなけれ、髪の色、あの美しさ、気質に宿る気高さも、すべてがエレそのものだった。

メディトリナの語った可憐な王女の面影と、隣で冷たい仮面を被り続ける側近のエレの姿が頭の中で激しく混ざり合い、サフィールの胸を圧倒的な動揺と確信の予感が引っ掻き回す。


「……サフィール殿下 、どうかされました?」

「……いえ。何でもありません」

これ以上詮索しても新しい情報は得られないと悟り、サフィールは重い足取りで踵を返しかけた。だが、離れ際に、彼女が背負ってきた運命や過酷な境遇への思いを馳せる。敬意と、そして自分の一族がかつて犯した罪に対する拭えない申し訳なさが胸を締め付け、彼の中で抑えきれない言葉となってこぼれ落ちる。

「……メディトリナ嬢。どうか、お体には気をつけて。健やかにお過ごしください」

その予期せぬ思いやりのある言葉に、メディトリナは驚いたように目を丸くし、やがて穏やかな笑みを浮かべて静かにうなづいた。

不帰の離宮を後にしたサフィールの胸の内では、渦巻く疑念と焦燥が激しく暴れていた。

(まさか……エレが、そのルシフィード王女であるはずがない。あいつは男だ、瞳の色だって違う……)

そんなことはありえないと自分に言い聞かせながらも、メディトリナの語った面影とエレの姿が重なり、胸のざわめきをどうしても抑えることができない。万が一にも、もしも⋯。

だとすれば⋯、エレが抱えるものの重さと、自分たちの進む道はどのように交錯してしまうのか。答えの出ない問いと拭えない予感に、サフィールの心は激しく揺さぶられていた。


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