第34話:歪む嘲笑
――深夜。
重く閉ざされた暗黒牢に、音もなくひとりの影が滑り込んだ。
昼間の過酷な尋問によって傷を負いながらも、床に横たわっているリュシアンの前に歩み寄ったのは、エレだった。
エレは冷ややかな表情を浮かべ、膝をついてリュシアンの顔をのぞき込んだ。その瞳には仄暗い光を宿していた。
「……起きろ、リュシアン」
声が掠れ、荒い息をつきながらも、リュシアンは血で張り付いた瞼を明け、這いつくばったまま不敵で下品な笑みを浮かべ、血走った目をエレに向けた。その口元にはどこか歪んだ優越感が張り付いている。
「……お前は覚えているか。10年前、お前たちが侵略し、焼き尽くした国――ラディオンのことを⋯お前が踏みにじった、王やその家族のことを⋯」
エレの静かな問いかけに、リュシアンはニタニタと下卑た笑い声を漏らした。
「ラディオンだと……? ハッ、なんだ、あの雑魚どもの最期が知りたかったのか? ヒヒッ、そんなに知りたいなら教えてやるよ!」
喉の痛みを堪えながら、リュシアンは唾を吐き捨てるように、ねっとりと下劣な言葉を重ねていく。
「――そうだ、忘れるはずがないなぁ! あの夜、俺たちが何を成し遂げたのか……。無力な王と王妃など、お互いを庇い合って情けなくしがみついていたな、『ほら、仲良く一緒にしてやるぞ』ってまとめて串刺しにしてやった! クハハッ、あの時の絶望した顔、最高だったなぁ……! 国を守るだとか? 剣を抜いた愚かな王子たちも、足掻いてみせたが最後は手足の腱をズタズタに切り刻んで這いつくばらせてから殺してやったよ……! 王族など、ただ首を刎ねられるだけじゃ慈悲深すぎるだろう?、なぶりものにしてな、最後に生きたまま皮を引き剥がしてやったわ! ……ククッ、どうだ? 平民崩れのお前みたいな犬には想像もつかないだろう。俺たちがどんな風あの雑魚どもを玩具にして消してやったのかなどなぁ!」
目の前に居るものが何者であるかも知らず、ただ自身の残虐な「武勇伝」で優位に立とうと下劣に笑うリュシアン。
その言葉を聞いた瞬間、エレの体温が音を立てて絶対零度へと落ちた。
(……許さない。この男だけは――絶対に、私の手で地獄の底に叩き落としてやる……!)
胸の奥底で、煮えくり返るようなマグマと、ガラスのように冷たい氷が同時に激しく渦巻く。
今すぐこの手で喉を引き裂き、その汚い舌を引き抜いてやりたい。はらわたを引きずり出し、この男が味わった何倍もの苦しみを与えてやりたい――。
全身の血が逆流し、殺意の奔流が理性のダムを押し潰そうと暴れ狂う。
(くっ……! 殺したい、今すぐこの手でバラバラに引き裂いてやりたい……っ!)
震える手が反射的に腰の短剣の柄へと伸びた。
だが、その指先が冷たい金属に触れた瞬間、エレの脳裏で激しい警告が鳴り響く。
(… 抑えろ、私……っ! ここで感情に流されてこのクズを殺してどうする。背後にいる全ての黒幕を暴き、この国を根底から滅ぼさなければ、父母も、兄たちも報われない…っ! 今は、抑えるんだ……っ!)
呼吸が荒れ、冷や汗が頬を伝う。
脳内で激しくせめぎ合う殺意と理性のせめぎ合いの末、エレは血が滲むほどに自らの唇を噛み締め、全身の力を振り絞って暴れる衝動をねじ伏せた。
引き抜こうとした手を無理やり引き剥がし、拳を固く握り締める。
リュシアンに一筋の傷をつけることすら許さず、エレは凍りついた無表情を再び仮面のように貼り付けた。
冷ややかな視線を一瞥くれた後、エレは一言も発することなく踵を返した。
狂気と恐怖に歪むリュシアンをその場に残し、音もなく冷たい静寂の中へと身を滑らせていく。




