第32話:暗黒牢の尋問
皇宮の地下深く、一切の太陽光が届かない監察院の最深部――
湿り気を帯びた石造りの壁から、絶えず冷たい水滴が落ちる音だけが、鉛のように重い静寂に響いていた。
鉄格子の向こう。
かつて帝都の華やかな宮廷で気高さを気取っていた第二皇子リュシアンは、今や見る影もなく泥と血にまみれて床に這いつくばっていた。高価な衣類は引き裂かれ、恐怖と絶望で顔面は醜く歪み、鼻水と涙をぐしゃぐしゃに流しながら見苦しく震えている。
ガチャリ、と重く冷たい鉄の扉が押し開けられた。
闇を切り裂くように足を踏み入れたのは、第一皇子サフィールだった。その美しい顔立ちは氷の面のように凍りつき、手には濡れた鉄の鞭と、血の汚れを拭うための白い布が無造作に握られている。
「……サフィールっ……! 兄上、頼む……! 許してくれ、私はただ……!」
見苦しく這い寄るリュシアンを見下ろし、サフィールは冷徹な眼差しを落とした。その瞳には、血の繋がりに対する情愛など一欠片もなく、任務として不純物を処理するような、底知れぬ冷酷さだけが宿っている。
「許す? お前が父上の前であれほど誇らしげに見せた野心は、その程度のものだったか、リュシアン」
「ち、違うんだ……! 私は嵌められ……ぐあっ!?」
サフィールの振るった冷たい鞭が、暗黒牢の空気を鋭く裂いてリュシアンの背中を容赦なく打ち据えた。
重い打撃音と、肉が裂ける音。あまりの激痛にリュシアンは床を転がり、喉の底から汚い悲鳴を上げる。
「鳴くな。まだ何も聞き出していないぞ」
サフィールは淡々と、しかし容赦なく言い放つと、うずくまるリュシアンの髪を掴み、無理やりその顔を引き上げた。恐怖で引き攣る弟の顔を眺めながら、その声には一切の感情の揺らぎもなかった。
「外患誘致の全容、そしてアルカディアに通じた者たちの名簿を吐け。……さもないと、お前のその卑しい口から二度と見苦しい言い訳が出なくなるまで、徹底的に壊してやらねばならなくなるが?」
「ひっ……! ぁ、あ……!」
恐怖に失禁しそうになりながら、リュシアンはガタガタと歯を鳴らして首を横に振るうことしかできない。
その暗い牢の隅。
微動だにせず、闇のなかに溶け込むように佇む男がいた。――エレである。
サフィールが繰り出す容赦なき尋問の傍らで、エレは静かに腕を組み、ただ冷ややかな瞳でその惨めな生き様を見下ろしていた。
過剰な感情の発露はない。かつて故郷を焼き払われ、目の前の男によって家族を惨殺された記憶が、氷のように冷たい静寂となってエレの全身を包み込んでいる。
エレは静かに目を細め、凍てつくような無機質な視線を、恐怖に狂うリュシアンへと投げかけた。
言葉による説明などいらない。
ただ、その命の灯火が消えかける最後の瞬間、自らの手で地獄の扉を開けてやる――その冷徹な決意だけが、静寂の牢内に重く澱んでいた。




