第31話:冷徹なる勅命
重厚な大門を押し破るように、サフィールとエレの率いる精鋭部隊が玉座の間へと雪崩れ込んだ。
「陛下にお怪我はないか! 周囲の回廊と全ての退路を完全に塞げ!」
エレの淀みのない指示のもと、漆黒の甲冑に身を包んだ兵たちが瞬く間に窓や裏口、隠し通路に至るまでの逃げ道を完璧に封鎖していく。帝都の宮殿構造を熟知したエレの迅速な制圧により、広大な玉座の間は完全に外界から切り離された密室と化した。
その中央。大理石の床の上で、第二皇子リュシアンは血に染まった剣を取り落とし、ガタガタと両膝をついていた。
四方を包囲され、逃げ場を完全に失ったリュシアンの顔面は血の気が引き、瞳孔を見開いて激しく震えている。
「――そこまでだ、リュシアン」
サフィールが血に濡れた長剣を静かに構え、氷のような冷徹な眼差しで弟を見据えた。
監察院が押さえた秘密証拠、アルカディアとの卑劣な密約、そして宮殿での無謀な武力制圧。すべての退路を断たれたリュシアンに、もはや言い逃れの余地は一歩も残されていなかった。
「ひっ……!」
絶望に顔を歪め、喉を鳴らしたリュシアンは、しかしまだ現実を受け入れられぬように、玉座の上で悠然と腰掛けている皇帝へとすがりつくように這い寄った。
「父上……! 父上、お助けください……! 私は! 私はただ、帝国のために……サフィールどもに嵌められ……!」
リュシアンは這いつくばるように玉座の階段にしがみつこうとした。だが、その足元に触れることすら許されない。皇帝の背後に控えていた直属の影の護衛が、音もなく一歩踏み出すや、冷酷に刀の柄でリュシアンの肩を打ち据え、硬質な床へと叩き落とした。
「ぐはっ……! がぁ、っ……父上……っ!」
鮮血を吐きながら床に転がり、這い上がろうとするリュシアンに対し、玉座の皇帝は眉一つ動かさず、ただ虫けらを見るような冷ややかで軽蔑に満ちた視線を向けただけだった。
「……見苦しいぞ、リュシアン」
皇帝の低く凍てついた声が、静まり返る玉座の間に重々しく響き渡る。
「お前の浅知恵による謀反も、見栄えの悪い足掻きも、すべて最初から手の内で泳がせておいたに過ぎん。……役に立たぬ駒など、もはや我が血筋の価値すらない」
「な……っ!? 父上、そんな……私はあなたの……っ!」
我が耳を疑い、血走った眼で絶叫するリュシアン。
だが、皇帝にとって実の息子であるリュシアンなど、退屈な余興が終わればいつでも捨てられる、ただの「使い捨ての道具」でしかなかった。愛も情けも最初から存在しない。その冷酷すぎる全否定の言葉に、リュシアンは精神の均衡を完全に崩し、床の上で膝を抱えて情けなく震え上がった。
皇帝はもはや興味を失ったように視線を外し、第一皇子サフィールへと冷ややかに命じた。
「サフィールよ。この出来損ないを監察院の最深部、暗黒牢へ叩き込め。外患誘致の全容を吐き出させ、最終的な処分はお前が執れ」
「――ッ。私が、でございますか」
動揺を押し殺して問い返すサフィールに対し、皇帝は楽しげに細めた瞳に、底知れぬ暗い愉悦を浮かべた。
「そうだ。かつてラディオンを侵攻した際、わしはリュシアンに『王族を自らの手で殺す経験』を与えてやった。……サフィール、今度は教育としてお前に『実の弟を拷問し、処刑する経験』を与えてやる。帝王たる者、肉親の血や情に躊躇いを持つな」
実の息子たちを己の帝王学という名の玩具、あるいは己の退屈を紛らわす血塗られた道具としてしか扱わない絶対者の狂気。サフィールは奥歯が砕けんばかりに強く噛み締め、血を呑むように低く応えた。
「……謹んで、拝命いたします」
サフィールの背後で、兜の陰で深く平伏しながら、エレの背筋を冷たい汗がすっと伝い落ちていた。
(……なんなのだ、この男は……)
かつて故郷ラディオンを蹂躙し、兄の殺害を冷血に命じた男。その残忍さは誰よりも熟知していたはずだった。だが、目の前にいるのは人間の持つ憎しみや怒り、あるいは親としての情愛といった領域すら遥かに超越した――絶対的な「異形」だった。
自分の血を分けた実の息子たちすら単なる「教育の駒」として弄び、実の弟を暗黒牢で拷問させ、自分の手で殺し合わせることを、あたかも慈悲深き父としての教導のように語るその異様さ。
人間としての倫理や情愛が根底から欠落し、あらゆる生命を盤上の数字としか認識していない「理解不能な怪物」。それを目の当たりにしたときの、生理的な拒絶反応と底知れぬ戦慄が、エレの全身の皮膚を総毛立たせていた。




