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【連載版】蒼の残響、緋の軌跡  作者: 紺木羽ノ歌


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第26話:叛逆の証文


冷たい雨が降り続く北方前線基地。

第一皇子サフィールの指揮幕営では、拘束された副官シュタインと敵密使から押収された書簡が、重々しく机の上に広げられていた。

「……敵国アルカディアへの最新式連発弩弓の横流し、並びに鉱山採掘権の極秘譲渡契約……。己が皇位に就くためならば、我が帝国の領土も民も敵国へ切り売りするというのか、リュシアン……!」

書簡を目にしたサフィールの瞳に、凍てつくような殺気が宿る。

交戦中の敵国と通じて自国を売る「外患誘致」。シュタインとリュシアンが犯した罪は、帝国軍律における最高罪罰――国家叛逆罪そのものであった。

「サフィール殿下!」

巨漢の親衛隊長バルドが、武具を打ち鳴らして幕営へ駆け込んできた。

「敵国アルカディアの主力を引きつける偽情報――『エレ将軍倒れ、陣営混乱す』に喰いつき、敵本隊が防衛線の要塞峡谷へと進軍を開始いたしました! 敵は我が軍が機能を停止していると信じ切っております!」

「よし。シュタインという毒虫が踊ったおかげで、敵国もまんまと罠に飛び込んできたな」

サフィールは漆黒のマントを揺らめかせ、腰の剣をすらりと引き抜いた。

「バルド! 北方第三軍の全小隊へ伝令。エレ将軍が配備した『網』を絞め上げろ。敵国アルカディアの侵攻部隊を峡谷ごと包囲し、一兵たりとも生かして返すな!」

「ハハッ! このバルド、将軍よりお預かりした陣形、全霊をもって指揮いたします!」

バルドが力強く応じ、前線へと飛び出していく。

「それから……シュタインの身柄とこの密約書は、厳重な警護のもと帝都の監察院へ輸送せよ。リュシアンを排斥するための絶対の証拠とする」

指示を飛ばしながら、サフィールは深々と息を吐き出した。

(……エレのもとへ今すぐにでも駆けつけ、無事を確認したい……)

胸を締め付ける強い執着。だが、自分はいまや北方全軍を率いる総大将である。敵国との大規模な戦いが最高潮を迎えているこの局面で、一軍の将が私情で陣を割って離宮へ戻るなど許されるはずもない。サフィールは苦い思いを飲み込み、総大将としての冷徹な仮面を被り直した。


一方、離宮の秘匿室。

「……ふぅ。毒の劇性は完全に去りました。あとはお身体に残る熱を出し切るだけでございます、エレ様」

老医師ガレノスがエレの脈を取っていた腕から手を離し、心底安堵したように深く頭を下げた。その言葉を受け、レオンは冷たい水で絞った布で、エレの熱をもった額をそっと拭った。

毒の峠は越えたものの、体に残る高い熱のせいか、エレの頬は朱に染まり、息も荒い。激しく震えるその手を、レオンはそっと包み込むように握りしめた。

「レオン、薬湯の温度が下がったらもうひと口含ませてやってくれ。解熱剤だ、効き目は保証する」

「ありがとうございます、ガレノス様。すぐに準備いたします」

ガレノスから薬湯の碗を受け取り、手際よく看病を続けるレオン。そのふたりのやり取りを聞きつけるように、エレがうっすらと目を開けた。

「……レオン…ガレノス…、殿下……前線は……」

途切れ途切れの声で、高熱にうなされながらも戦況を案ずるエレ。

ガレノスは静かに両手を重ね、深々とした声でエレへ言葉を掛けた。

「どうかご安心なさってくださいませ、エレ様。サフィール殿下なら何一つ心配ございません。我が軍の総大将として、実に見事に前線を統制しておられます。いまはお心を静められ、お体を休められますよう……」

レオンもまた、胸を突くような切なさを押し殺し、深く力強い眼差しでエレを見つめ返した。

「ご安心ください、エレ様。サフィール殿下はバルドと共に前線基地を見事に統制され、シュタインの尻尾を完璧に掴まれました。エレ様が仕掛けた罠はすべて機能しております……だから、どうか今は熱を下げ、お体を休めることだけをお考えください……!」

「……そうか……」

エレの唇に、安堵の微笑が儚く浮かぶ。その瞳に映っているのが自分ではなく、遠く前線で戦うサフィールの姿であることを知りながらも、レオンは甲斐甲斐しく布を替え、静かにその手を握り続けた。

ガレノスが静かに薬箱を整え、温かな眼差しで見守る中、レオンは胸中で静かに誓う。

(…ですが…貴方の傍らで命を守り抜くのは……俺たちの役目です)


前線での圧倒的な反撃、帝都を揺るがす売国謀略の暴露、そして離宮で交錯する執着と絆。運命の歯車が、一気に加速し始めていた。


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