第19話:目覚めと誓い
「…う…ん……」
熱に浮かされた小さな吐息とともに、エレの長い睫毛がゆっくりと揺れた。
ゆっくりと開かれた青い瞳はどこか焦点を結んでおらず、ぽかんと天秤のような天井の模様を見つめている。
「エレ様……?」
レオンが息をのんで顔を覗き込む。
いつもなら起きた瞬間に冷徹な将軍の顔に戻るエレが、今は毒と、傷からの熱覚めきらぬ意識の中で、ふにゃりと眉を下げ、呆然とした顔でレオンを見上げていた。
「…ん……レ…オ……? ここ…は⋯どこ⋯」
「離宮の控室です! エレ様、お分かりになりますか!?ガレノス様!エレ様が!」
普段のきりっとした凛々しさは影を潜め、少し幼さすら感じさせる声。ほんのり赤く染まった頬と、水分を含んだ潤んだ瞳でぼんやり見つめられ、レオンの心臓がドクンと跳ねた。大慌てで視線を泳がせるレオン。
エレはその動揺にすら気づいていない様子で、自分の手を目の前にかざし、指先をぽかんと握ったり開いたりしている。
「…生き……ているの、私……。よかった…」
ふっと胸をなでおろすように小さく微笑むエレ。
北方の過酷な戦場でも、冷酷な帝都の宮廷でも決して見せたことのない、あまりにも素直で無防備な表情。
(っ…!? か、可愛…いや何を考えているんだ俺はッ!!)
レオンは胸が強く締め付けられ、激しい鼓動が鳴り止まなくなる。
「エレ様……!」
レオンの声に、薬箱を片付けていたガレノスが目を見開き、弾かれたようにベッドの傍らへすっ飛んでいった。
その皺の刻まれた目からはポロポロと大きな涙が溢れ出し、擦り切れた手で何度もそれを拭おうとしては、涙が止まらずぼろぼろと溢れ落ちていく。
「無事で……本当によかった……! お覚めになられた……ッ!」
ガレノスは膝から崩れ落ちるようにベッドの傍らに膝をつき、震える両手でエレの掛け布団の端を力いっぱい握りしめた。
「エレ様、起き上がろうとされてはいけません。傷が開きますぞ⋯」
ガレノスは涙を流しながら、甲斐甲斐しくエレの背中にクッションを挟み直す。
「……ガレノス。すまない……」
「ご無事でようございました。いつも無茶ばかりなさって……。固く晒を巻いておられねば、今頃どうなっていたか。傷口は塞ぎましたが、毒が抜けきるまでは絶対安静でございます」
「…わかった、ありがとうガレノス」
数回深呼吸を繰り返すうちに、エレの瞳からぼんやりとした熱っぽさが引き、徐々にいつもの冷徹で鋭い「将軍」の光が戻ってきた。
エレはふと自分の胸元――緩められた正礼服と切り裂かれたシャツ、そして露わになった白い晒へ視線を落とす。
「……レオン」
「は、はいっ!?」
声のトーンがいつもの凛としたものに戻り、レオンは思わず背筋をピンと伸ばした。
「……見たのだな。」
部屋の空気が一瞬にして緊張で張り詰める。
レオンはベッドの傍らに膝をつき、床に額を押し付けた。
「……はい。ですが……! それが何だというのですか! 北方の戦場の中で、命を賭して俺たちを導いてくださったのは、紛れもなくエレ様です! 男か女かなど、俺の忠誠には一切関係ありません!」
拳を握りしめ、胸の底から絞り出すレオンの言葉。
エレはしばらく無言でその姿を見つめていたが、やがて弱々しく、だが確かな力でレオンの肩に手を置いた。
「ありがとうレオン。…ならば、お前に頼みがある」
「何なりと!」
「この秘密は、お前とガレノスの胸の中にだけ留めてほしい。外を守るバルドにも……余計な混乱を避けるため、絶対に明かすな。私は……この傷を理由に退くつもりはない。リュシアンに受けた刃……倍にして返すぞ」
「御意……!」
エレは言い終えると、二人を交互に見つめた。
「……レオン、ガレノス。お前たちが不眠不休で私を繋ぎ止めてくれたのだろう。ひと目見ればわかる。血を滲ませ、命を削ってまで私を守ってくれたこと、言葉では言い尽くせぬほど感謝している」
「エレ様、そのような……ッ」
「頼む、二人とも別室で横になり、身体を休めてくれ。私のために本当にありがとう」
エレの心からのねぎらいに二人は深く頭を垂れた。




