第12話:帝都への道と秘めた刃
北方陣地を発ってから五日。
重装騎兵と精鋭の補給隊を従えたエレの遠征隊は、帝都グラン・ゼノビアへとまっすぐに続く重厚な石畳の街道を南下していた。
北方の凍てつく泥風は日を追うごとに和らぎ、代わりに南からの湿り気を帯んだ温かな風が頬を撫でる。豊かな田園風景と整備された宿場町が次々と後方へ過ぎ去っていくが、気候の和らぎとは裏腹に、エレの胸中に宿る警戒心は冷たく研ぎ澄まされていくばかりだった。
「将軍、先ほど中継地点の宿場町にて、第一皇子殿下からの密書を受け取りました」
馬を並べて走らせていた副官レオンが、周囲の手前にいる兵たちにさえ悟られぬよう、極限まで声を低くして告げた。彼が手綱を握る左手の中から差し出された小筒を受け取り、エレは鞍の上で手際よく封を切る。
羊皮紙に躍っていたのは、見間違えようもないサフィールの流麗で繊細な筆跡であった。
『グラン・ゼノビアへようこそ、我が友よ。
表向きは君の北方での戦功を称える華々しい叙勲の儀だが、軍務卿派閥と第二皇子を支持する保守派貴族たちが、成り上がりである君の目覚ましい台頭を極めて不快に思っている。拝謁の場は単なる祝福の式典ではない。奴らは君の一挙一動から隙を探り、引きずり降ろす機会を狙っている。どうか牙を隠し、慎重に行動されたし』
(軍務卿派閥……そして第二皇子か)
エレは密書の文面を瞳に刻み込むと、鞍の上で指先に力を込め、跡形もなく細かく破り捨てた。破片は南下の風に煽られ、街道の草むらへと消えていく。
帝国の中枢は一枚岩ではない。表面上は皇帝の絶対的な威光のもとにひれ伏しているように見えても、その内実たるや後継者争いと領地・利権を巡る泥沼の権力闘争が渦巻く混沌の都市。それがグラン・ゼノビアという街の本質だ。サフィールがどれほど宮廷内で優位に立っていようと、叩き上げの北方将軍という異色の肩書を持つエレは、敵対する政派から見れば格好の標的に過ぎないのだ。
「エレ将軍、前方にグラン・ゼノビアの外郭が見えてきやしたぜ……」
馬上で手綱を重々しく握り直した巨漢のバルドが、苦々しい表情を浮かべながら遠くの地平線を指さした。
見渡す限りの広大な平原の果てに、地平線そのものを塗りつぶすかのようにそびえ立つ漆黒の二重城壁。天を突く幾重もの重厚な尖塔と、夕刻の陽光を浴びて鈍く黒光りする巨大な防衛要塞の群れ。かつてラディオン王国を徹底的に灰燼に帰し、今や大陸の半ばを力で支配する帝国の絶対的な象徴――グラン・ゼノビア。
その圧倒的で冷酷な威容を目にした瞬間、エレの瞳の奥で蒼き冷炎が静かに、しかし激しく燃え上がった。
(兄上……エリアス兄上、レヴィアス兄上。ついに、ここまで来ました)
仇敵たちの巣窟。かつて誇り高き我が国を蹂躙し、尊厳も誇りも踏みにじった者たちが、今なお豪奢な館で酒杯を交わし、何食わぬ顔で権力を貪っている場所。
「これより帝都に入る。二人とも、一瞬たりとも気を緩めるな。我々の一歩一歩が、すでに敵の領地の中だ」
「「はっ!」」
レオンとバルドが低く力強い声で応じる。
重々しい鉄の城門が、地響きのような音を立ててゆっくりと開かれていった。
エレは背筋を真っ直ぐに伸ばし、黒き要塞都市グラン・ゼノビアの深淵の中へと足を踏み入れた。




