第9話 隠しているけど、隠せていない
アルフォンスにもらった大量の飴は、子どもたちが無事に治療を終えると『ご褒美』として、治療を頑張った子どもとその兄弟に配っていたのだが、全て配り終わるまでには三ヶ月の月日を要していた。
「ジョン、ルイージ、今日も手伝ってくれてありがとうね」
「気にすんなって」
「いつでも手伝うよ」
照れたようにはにかむ二人に、最後の飴をひとつずつ渡す。
「もうこれで最後なの。これまであなたたちが頑張ってくれたご褒美よ」
「姉ちゃん、持って帰って弟にあげても良い?」
兄弟想いのルイージは、飴を気に入っている弟のダンに譲りたいようだ。
「構わないけれど、皆にバレないようにね。ジョンも好きにして良いけれど、もうそれで本当に最後だからね」
手元にひとつも無いから、喧嘩になっても困る。そう伝えると、二人は大きく頷いて帰って行った。
そんな、変哲もない日々が続いていたある日、スラム街の入り口辺りでジョンとルイージが困り果てているらしく、私に助けを求めてきた。
「姉ちゃん、お貴族様がスラム街の入り口にいるんだけどさ。『そんな格好で入ったら危ないよ』って注意してるんだけど、聞いてくれないんだ。今はルイージが足止めしてくれてるんだけど、仲裁を頼んでも良い?」
「ええ? あなたたちがそこまで言うのだから、とても目立つ人なのね?」
「うん。どこから見ても、『襲ってください』と言わんばかりの装飾品に、高級な布を使った服を着ているんだ」
「下手に大人に任せると面倒なことになるわね……。年齢は、いくつぐらいか分かる?」
「うーん、姉ちゃんより年上で、母ちゃんより年下かな?」
「若いなら私でも何とかなるかしらね」
「あー、言葉は通じるタイプの人だから大丈夫だと思うよ」
「そう。なら、ここに連れて来てくれる? 私が話を聞くわ」
「分かった!」
私は母が寝ている部屋の扉を閉め、来客が座れる場所を準備した。すると、ジョンとルイージが一人の男性を連れて治療院に入って来た。
「兄ちゃん、ここだよ。あとは、そこにいるレティ姉ちゃんに聞いてくれる? ここは本当に危ないから気をつけてよね」
「ああ、助かったよ。ジョンとルイージだったね。どうもありがとう」
見た目は上位貴族だと一目で分かるほど、身綺麗な格好で良い香りがした。佇まいも上品で、なぜスラム街に来たのかと問い質したくなるような人物だった。
「それで、お貴族様がこんな場所にどのようなご要件で?」
「……ああ、その、訳ありの人物を探していてね。平民だとは聞いているのだが、凛々しい女性としか情報がなくて。一般居住区を探してもいなかったから、ここならいるかなと思ったんだ」
「そうでしたか。……お名前をお聞きしても?」
「……リュ……リュシーだ。そなたは?」
「私はレティシアですわ。それにしても、その格好でスラムを捜索するのは自殺行為です。せめて平民の服を着るなり、その爽やかな香りを消してくるなりなさった方が身のためですわよ」
「そんなに目立つかい?」
「それで目立たない方が無理があるでしょう」
「やはり駄目か……」
「ご家族には内密になさっているの?」
「ああ、そうなんだ。調べてもらってはいるのだが、じっとしていられなくてね。『もう少しお待ちください』と言われてから三ヶ月は経っているんだ」
「なるほど、それなら気持ちは分かりますわ。ですが、その格好でスラムを歩くのは、ただでは済まないかと。……ジョン、ルイージ、そこにいるんでしょう? ジイから古着を借りてきてくれる?」
「あ、バレてるや」
「姉ちゃん、言ってくるから待ってて!」
「ふふっ。ありがとうね」
バタバタとジイの家へ走っていく二人に感謝しつつ、リュシーと名乗った男の顔をじっと見る。
「……あなた、リュシアン殿下じゃないでしょうね?」
「ギクッ」
「ええ……。本当、勘弁してくださる? 面倒ごとはごめんだわ」
リュシアン殿下は考える素振りを見せながら、私に視線を向けた。
「なぜ私がリュシアンだと分かったのか、教えてもらえるかい?」
「聞き及んでいた情報と、髪の色や目の色が一致したからですわ」
「スラムの子どもが、私の姿を見聞きしたと?」
「あ……」
私がリュシアン殿下だと気づいた理由はたったひとつ。母が助けた時にその場にいたから、本人を見たことがあるだけだ。それに、私はまだ殿下が出席されるような夜会などに出られる年齢でもない。
(記憶にあったから、つい口走っちゃったわ……。黙ってれば、お互いに腹の探り合いができたのに! 全く迂闊だったわね……)
何と答えるのが賢いかと、必死に考えていると、ジョンたちが戻って来た。そこにはジイも連れ立っていたのだ。
「リュシアンで――」
言いかけたジイの口を、私はガバっと両手で押さえた。ジイは目を丸くしたが、私の意図を察してコクコクと頷く。ジョンやルイージを巻き込むのは得策ではない。
「二人とも、ありがとう。今日はもう遅いから帰りなさいね。明日もよろしく頼むわよ」
「分かった。じゃあね、姉ちゃん」
「また明日ー!」
二人が去った治療院には、ひとときの静寂が訪れたのだった。




