第44話 王太子殿下の甘すぎる公開告白
王妃殿下が我が家にいらしてから三ヶ月が経っていた。あの日に王妃殿下が『すぐにでも婚約式を!』と急かすので、私たちはこの日まで息つく暇もなく準備に追われていた。
結局時間が足りず、ここ数日は王宮に寝泊まりし、今日なんて、日付が変わった瞬間から全身の手入れをされ続けている。
主役だからと王妃殿下が『特別』な施術を施してくださると聞いていたけれど、希少な魔獣の香油を塗り込まれたり、肌を活性化させる魔道具で吸い上げられたりと、くすぐったいやら痛いやらで大変だったわ。
お陰で、鏡の中の私は自分でも見惚れるほど肌が輝いているけれど。
やっと着替えを終えて、控え室で紅茶を飲みつつ寛いでいると、アルフォンスがひょっこりと現れた。
「レティ、準備は順調かい?」
「ええ、順調よ。真夜中から準備していたから、もうクタクタだけど……」
ぐったりとソファに身体を預けて見せると、「ははは」と楽しそうな笑い声を響かせながら、私の前のソファに腰かけた。
「あら、今日は騎士服なのね。アルは騎士服で出席するの?」
「うん。今日でこの服も最後だからね」
「そうなのね。とても似合っていたから残念だわ」
肩をすくめて見せると、「いつでも見せてあげるよ」なんて他愛もない会話を楽しんでいた。婚約式が始まるまで、まだ二時間ぐらいあるのだ。
そこに顔を出したのは、母と王妃殿下、そして国王陛下だった。
「王国の——」
「構わんよ、レティシア嬢、アルフォンス。レティシア嬢は義娘になるのだし、そんなに気を遣わないでくれると嬉しいよ。アルフォンスも、リュシアンの側近になるのだろう? もっと気軽に会話してくれないかい?」
相変わらず無茶を言う陛下に、アルフォンスも困り顔で「はい……」と曖昧に返事をしていた。
「ふふっ」
つい、笑いが漏れてしまった私に、陛下が私の頭を優しく撫でてくれた。
「レティシア嬢、まあ難しいとは思うが、私を本当の父だと思って慕ってくれると嬉しいよ。私はそなたを本当の娘と思って接したいのだが、良いだろうか」
「はい、ありがたく存じ……ありがとうございます」
「うむうむ、それで良い。家族になるのだから、堅苦しいのはやめにしよう」
機嫌良さそうに笑う国王陛下に、私とアルフォンスは驚きを隠せない。当然、貴族たちの前では威厳あるお姿だ。こんなにもほんわかした陛下を見るのが初めてなのだから、無理もないだろう。
そうして、リュシアンとリュシアンの弟君であるジュリアン殿下も合流し、母とアルフォンスは先に会場へと入って行った。
「レティ、緊張しているのかい? 私が隣にいるから大丈夫だよ。それに宣言するのは父上なのだし、君は微笑んでいればいいのさ」
私の冷たくなった指先を温めるように撫でながら、目を細めて微笑んでくれるリュシアンに、心まで温かくなるようだ。
ふと視線を上げて、改めて彼をしっかり見ると、珍しく後ろに撫でつけられた髪に、王太子の衣装がいつになく格好良い。
「まあ、今日のリュシアンはとても素敵ね。どこぞの王子様かと思ったわ」
「うん、そうだね。本物の王子様だからね」
「あ、そうだったわね」
「あ、あの、そろそろご入場のお時間で……」
「ありがとう、すぐに行くよ。さあ、私のお姫様。私めにエスコートの栄誉をお与えいただけないでしょうか?」
芝居がかった挨拶をするリュシアンに、つい笑みをこぼして頷き、その手を取る。
「ええ、よろしくってよ? ふふっ」
楽しそうに微笑みながら、王族が入場する扉から一歩踏み出した。
開け放たれた扉の先には、巨大なシャンデリアの光に照らされた、色とりどりのドレスと正装を纏う貴族たちの海が広がっていた。
「わーっ!」という、地響きのような大歓声に、私とリュシアンは顔を見合わせて驚くのだった。まばゆい光の洪水と、熱気のような拍手に一瞬足がすくみそうになった。
固まる私を、リュシアンが優しくエスコートし、陛下の御前まで歩を進める。
「皆知っていると思うが、王太子リュシアンと、その婚約者レティシア嬢だ。レガリア王国の王族は、アストレア公爵家に何度も助けられて今がある。今私たちがこうして穏やかな日々を過ごせるのは、過去から現在にかけて公爵家の力添えがあってこそだ。そして未来も共に国を支えて欲しいと思っている」
陛下の言葉に、会場から賛同するような拍手が起こった。
その音が落ち着いた頃、陛下がリュシアンに視線を送ると、彼が一歩前に出て話し始めた。
「今から五年前、私は『熱傷病』という不治の病に侵され、生死の境を彷徨っていた。そんな私の病を請け負ってくれたのは、救国のアストレア公爵、エレオノーラ様だった。そして、そんなエレオノーラ様を側で支え、看病し続けたのが私の愛するレティシアだった。私はこの五年間、彼女が母親を必死に看病する様子をずっと近くで見守ってきた。国のためにと母親が病を請け負った日から、目を逸らさず向き合い続ける彼女に、心底惚れてしまった。どうか私たちの婚約を祝ってほしい」
リュシアンがそう締めくくると、会場が一瞬、水を打ったように静まり返った。
あの誇り高い王太子が、公衆の面前で一人の令嬢に「心底惚れてしまった」と告白したのだ。貴族たちの間で、驚きと興奮の混じったざわめきが波のように広がっていく。
「まさか、王太子殿下自らそこまで……」
「アストレア公爵家の献身は、それほどまでに尊いものだったのだな」
やがて、誰からともなく始まった拍手は、すぐに地鳴りのような割れんばかりの喝采へと変わっていった。
リュシアンの演説に、会場は熱気に包まれる。
今思えば、確かに彼らがいつも近くにいてくれた。アルフォンスやリュシアンは、本来なら貴族が近寄りがたいような場所にさえしょっちゅう来てくれていたわよね。ちゃんと感謝しなきゃと今さらながら思うのだった。




