第43話 アストレアの再興
私の体調も落ち着き、マルクからお墨付きをもらって、やっと王宮から公爵家へ戻ることができた。五年ぶりの我が家である。
お母様は、父が断罪された二ヶ月前にアストレア公爵家に戻り、公爵位を取り戻したそうだ。今ではブランクをものともせず、精力的に活動していると聞いていた。
そして私にも、毎日のようにお茶会のお誘いや、様子を窺う手紙が届いていた。
まだ成人したばかりなので、夜会のお誘いが少ない分だけマシだとお母様が言っていたが、スラム街で生活していた日々が懐かしく感じるほど、公爵令嬢という立場は休んでいる暇すらないらしい。
父が追い出したアストレア公爵家で昔から働いていた使用人たちは、お祖父様が全員預かってくださっていたという。路頭に迷わせることがなくて良かったと胸をなでおろしていると、執事が来客を告げに来た。
来客は、アルフォンスを従えたリュシアンだった。大きな薔薇の花束を抱え、満面の笑みで差し出してくれるのだが、未だに慣れない。
私が魔力切れで倒れてからの二ヶ月間に、何があったのだろうと首を傾げるが、誰も教えてくれない。冷徹できっちりとしているイメージだったリュシアンの変貌ぶりに、私だけではなく、母や使用人たちも、かなり困惑していた。
「やあ、レティ。体調はどうだろうか」
「ごきげんよう、リュシー、アル。私はもう完治しているわ。マルク様もおっしゃっていたでしょう?」
「そうなのだが、二ヶ月も眠っていたのだから、体力が落ちているのではないかと思ってね。私が『熱傷病』で寝たきりだった時は、エレオノーラ様に病を移してもらったあとも、普通に生活するのに二ヶ月以上かかったからね」
心配そうな顔で私を見つめるリュシアンに、「ふふっ」と笑みがこぼれてしまう。そんなに心配しなくても、私は丈夫なのに。
「大丈夫よ、リュシー。私はスラム街でも生きていける体力があったのだから、案外他の人より丈夫にできているんだと思うわ」
「……そうかもしれないけれど」
……否定はしないのね。ちょっと否定してほしかった気もするけれど、まあ、真実は変えられないものね。逞しい女の子もたまには良いわよね。
「レティはいつでも可愛くて綺麗だよ」
「まあ、アルったら。お世辞でも嬉しいわ。ありがとう」
笑顔でお礼を言うと、彼は照れたのか、顔を赤くしている。
「ああ、そうだった。アルフォンスのことなのだが、レティの近衛騎士から、私の側近に引き抜きたいと思っている。良いだろうか?」
「まあ、大抜擢じゃない! 良かったわね、アル」
「ありがとうございます」
「でも、あんなに頑張って訓練していたのに、良かったの?」
「側近になっても、帯剣でパーティーに出ることもあるからね。身につけた技術に無駄なことはないと思っているよ」
「ええ、そうね。私もそうだと思うわ。でも、本当に良かったわね。アルの頭脳を考えると、騎士にしておくには勿体ないと思っていたのよ。私より頭の回転が速いというか、何を言いたいかを瞬時に察知してくれるから助かるのよね」
「……レティもそう思っていたんだね。アルフォンスの頭脳は近衛騎士で終わらせるには惜しいと、セドリックやマクシミリアンとも話していたのだよ」
「もう話はついているのですね? でしたら、私から言うことはありませんわ。近衛騎士は引退も早いから……。リュシーの側近になるなら、リュシーが王位を退くまでずっと三人でいられるのね」
ふと二人に視線を向けると、目を丸くして驚いたあと、どこか嬉しそうに目元を緩めるアルフォンスの顔があった。
対するリュシアンは、まるで不意打ちを食らったかのように絶句し、少しショックを受けたような顔で私たちを見比べている。
「……? どうしたのよ、二人とも。私、何か変なことを言ったかしら?」
思考のすれ違いに私が首を傾げていると、「クスクス」と笑う声が廊下側から聞こえてくる。そこにいたのは、母とお忍び姿の王妃殿下だった。
「ご、ごきげんよう……。え、王妃殿下までいらっしゃったのですか? 何が起こっているの?」
「ごきげんよう、レティちゃん。わたくしは昔から、こっそりとエレオノーラに会いに行っていたのよ? ふふふ」
まあ、そうだったのね。知らなかったわ。
「ジュリアンは身体が弱かったから、熱を出すたびに馬車で駆けつけていたのよ」
ああ、なるほど。リュシアンの弟君は身体が弱かったのね。それは……王妃殿下自らがなさることではないのでしょうけれど、城を出る良い口実になるのでしょうね。
「そうでしたか」
私はチラリと母を見やる。とても楽しそうな顔を見る限り、まだ何かあるだろうと首を傾げる。すると、母はまた「クスクス」と微笑みを零した。
「レティシア、何だと思う? 今の状況には理由があると思っているのでしょう?」
「……はい。その言い方ですと、私にまつわることだろうと推測はできるのですが、肝心の内容は分かりませんでした」
素直に答えると、リュシアンがニヤリと黒い笑みを見せる。久々にじっくりと見たけれど、いい男よね。
そんなことを考えていると、リュシアンが私の前に膝をついた。
「レティ……。レティシア=アストレア嬢。改めてお願いします。私と結婚してください。五年前……。初めて出会ったあの日から、ずっと君の隣にいたかった。今日は、これを君に贈りたくて」
いきなりの求婚に顔が赤くなるのを感じつつ、リュシアンの手の中にある小さな箱を見る。……指輪ね。もしかして、婚約指輪を渡しに来てくれたのかしら。
私の左手を支え、スルリと薬指に指輪をはめてくれるリュシアンに見惚れていると、王妃殿下と母がはしゃぎ出した。
「これでレティちゃんと家族になれるわね! さあ、王族には面倒な順序があるから急いで婚約式を挙げましょう! 短くても、結婚までには数年かかるんだもの。待ち遠しいわ!」
左手の薬指に視線を落とす。そこにある温かな重みに、自然と頬が緩んだ。
楽しそうに話す王妃殿下を眺めてから、私は母を見つめ直した。
「レティシア、心配しなくても大丈夫よ。貴女なら、立派な王太子妃になれるわ。わたくしは何年も病に伏していたけれど、あなたたちが成長する『音』をずっと聴いていたもの」
「お母様……っ。ありがとうございます」
私は母に抱きつき、静かに涙を流した。十歳の少女だった私がリュシアンと出会い、スラム街で暮らす私を支えてくれたのは、リュシアンとアルフォンスだった。母を守るために奮闘した日々を思い返すと、なんだか感慨深い。
今日は思い切り甘えようと、私は駄々をこねるように母に身を寄せるのだった。




