第42話 長き眠りからの目覚め
頭の重さに「うっ」と声が出てしまった私は、喉がカラカラに渇き、身体が思うように動かないことに気がついた。「ああ、そういえば、気を失ったんだったわ」と、先ほど起こった出来事を思い返す。
「ガタン!」と椅子が倒れたような音にビクリと身体を震わせると、ガバっと誰かが私に抱きついてきて、さらに驚いてしまった。
「レティ! 大丈夫かい!? アルフォンス、マルクを呼んでくれ!」
「はっ!」
バタバタと廊下を走り去るアルフォンスに、「珍しいわね」と呑気に思っていると、リュシアンの顔が目前まで近づいてきていた。
「わっ、ど、どうしたのよ、リュシー」
今にも泣きそうな顔で私を覗き込むリュシアンが心配になって、困った顔で見返しながら彼の頭を優しく撫でてあげる。スラム街の子供たちにやっていたように穏やかに撫で続けると、拗ねたような顔をしたリュシアンが、いきなりボスンと布団に顔を埋める。
珍しいことがよく起こるわね、とリュシアンの頭を再度撫でていると、視線を感じて部屋の入り口へと目を向ける。そこには、頬に手を当てた母エレオノーラが立っていたのだった。
「お母様……。いつからそちらに?」
「うふふ、アルフォンスが飛び出して行ってからよ」
「そうですか……」
「まあまあ、殿下まで随分と甘えん坊になられて」
母が王太子であるリュシアンに不敬なことを言っているが大丈夫だろうか。クスクスと上品に笑う母の背後から、さらに楽しげな声が重なる。
「あら、本当ねえ。リュシアン、お母様がいいこいいこしてあげるわよお」
王妃殿下の声に、ガバリと身体を起こしたリュシアンは、顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。
「王妃殿下——」
「いやねえ、挨拶はいらないわよ。わたくしはレティちゃんのお義母様になるんだもの。『こんにちは』程度で良いのよ」
「ありがとうございます……」
戸惑う私に、にやける顔を必死に手で揉んで解している母。嬉しそうにニコニコしている王妃殿下。そして、真っ赤になった顔を両手で隠して項垂れているリュシアン。
どうしようかしらと首を傾げているところに、アルフォンスとマルク様が凄い勢いで駆け込んできた。
「レティシアお嬢様、お目覚めになられましたか!」
瞳をうるうるさせながら私を覗き込むマルク様に、少しだけ身体を仰け反らせる。ちょっと怖いわね。それにしても、どうしてこんなに皆が感情的なのかしら? そして、部屋には山ほど積み上げられたプレゼントらしき物と、王城中の花瓶を使っても足りなさそうなほどの花束が大量に置かれていた。
「これは、どうなっているのかしら? ねえ、リュシー。初めから説明してくれる?」
指の隙間からチラリと私を覗き見るリュシアンは、少し可愛い。不貞腐れたように口を尖らせ、上目遣いで仕方なく説明し始めた彼は、私の手を取って優しく撫でる。
「レティは二ヶ月も眠り続けていたのだよ。このまま起きなかったらと、皆が心配していたんだよ」
「まあ。そんなに眠っていたのね。これじゃあ夜は眠れそうにないわね……。困ったわ」
「レティ、困るところはそこじゃないと思うけれど……。まあ、レティだから仕方ないか。それで、このプレゼントの山は、二ヶ月前のあの場所にいた者たちと、話を聞いた貴族たちが贈ってくれたものだ。ここには入り切らずに、隣の部屋も満杯だよ」
苦笑いしながら説明してくれるリュシアンの目の下には濃い隈ができていることに気がついた。そんなに心配してくれたんだと、胸の奥がほっこりした私は、彼の握る手に力を込めた。
「ごめんね、リュシー。心配させてしまったわね。もう大丈夫。寝過ぎて頭が重いぐらいだから、安心してね」
「なんだって、頭が重いって!? マルク、診察してくれ!」
「ええ……」
過保護になってしまったリュシアンの後ろで、母と王妃殿下がクスクスと笑いながら楽しそうにおしゃべりしていた。
そういえば、お父様はどうなったのかしらね? 二ヶ月も経ったのであれば、結果も出ているだろう。
「リュシー、お父様の刑はどうなったのかしら」
私の問いに、リュシアンは一瞬だけ躊躇うように視線を落としたが、意を決したようにその名を口にした。
「オズワルド……君の父上は、生涯幽閉されることになったよ。彼は、ザックの計画にも加担していたようだ」
幽閉程度で済むとは思っていなかったから、さすがに少し驚いたわ。ザックの計画にまで加担していたのに、随分と甘い判決だったのね。
「牢獄に入れられていたガストンが、息絶えた状態で発見されてね。どうやら、オズワルドが彼に『呪いの核』を植え付けたらしい」
「なんてこと……」
実の父親が、他者の命をそんな風に弄んでいたなんて。ぞっと背筋が寒くなる。
「それだけ強い『呪い』だったから、レティは魔力を使い切ってしまったのだろうと、マルクや専門の剥離師たちが言っていたよ」
「そうなのね」
やはりあの『呪い』には、生贄として差し出された命があったようだ。もう二度と、こんな気持ちにはなりたくないと思いつつ、リュシアンに優しく握られた手の温度を確かめながら、穏やかな時間を大好きな人たちと共に過ごしたのだった。




