第40話 アストレアの気高さと、精鋭たちの絆
扉を強くノックする音がした直後、扉が蹴破られた。こんな手荒な真似をなさるのは……。
陛下の主治医である私、マルクには、隙間からチラリと見えたリュシアン殿下に、「やはり……」と苦笑いするしかなかった。彼の近衛騎士が、半ば扉を蹴破る勢いで隙間を作り、開いたのだと即座に理解した。
「お、王太子殿下、このような場所にいらしては——」
ザックが殿下に話しかける。この場で指揮を執るのは、陛下の主治医であるこの私のはずなのに。不敬だとザックを睨むが、ヘラヘラした顔で反省の色は見られない。
「黙れ。これは王族として——王太子としての命令だ。さっさとそこを退け。父上を治療できない者が、なぜその場所にいるんだ」
低く、威厳のある声で睨みを利かせるリュシアンに、ザックは蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。すぐに気を取り直し、「で、ですが——」と慌てて立ち上がろうとしたところを、騎士たちが首根っこを掴んで陛下から引き離す。
「レティ、これで良いかい? 私は遠くから見守っているよ」
そう言って、殿下は部屋の隅に椅子を運ばせお座りになった。どうやら終わるまで見届けるおつもりらしい。殿下は知識欲が旺盛で、今後のためにと記録を残されるおつもりなのだろう。
そんなことを考えつつも、陛下の周りに『剥離師』を配置していく。彼らはリュシアン殿下が不治の病に罹った際に綺麗に剥がしてくれた、ベテランたちばかりだった。安心して任せられる精鋭を配置できたことに、一旦は安堵した。
「エレオノーラ様、お願いしてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんですわ。いつでも覚悟はできております」
「はっ! 五年もブランクがあるんだ。上手く行かなかったらどうするつもりだ? 名ばかりの公爵様よお!」
口汚く罵るつもりだったのだろうザックを、騎士がガッツリと押さえつけ、喋れなくしてくれた。はあ、これで集中出来るが……。エレオノーラ様の名誉のため、私からも一言だけ言わせてもらおうと思った時だった。
「おい、誰が私の死の病を請け負ってくれたと思っている。救国のアストレア公爵家当主、エレオノーラ様だ。オズワルドのせいで名前を公表できていなかったが、私の命を救ってくださったのは、間違いなく彼女だ」
リュシアン殿下の言葉に、かつて殿下の病を剥がした『剥離師』たちが、深く深く、敬意を込めて一礼したり、その通りだ、と確信に満ちた目で頷き合ったりした。剥離師たちが無言で称賛するのを見たザックが目を丸くして驚いている。
「そんなの嘘だ! 自分の名誉にならないことをやる奴がいるはずがない!」
自分の名誉にならなければ人を助けないと言っているのか? 皆の呆れた視線に気づかないザックは、なおも治療の邪魔をしてくる。
苛立ち、声を上げようと彼を睨む。エレオノーラ様には、私の息子の病を請け負っていただいたこともあるのだ。
そんな私の心情を理解してくださったのか、エレオノーラ様が私の肩をポンと優しく叩いて微笑んでくださった。
「わたくしは、お金や名誉のために助けたわけではありませんから。王国の太陽が陰ることがあってはなりません」
これから陛下の呪いを受け入れるはずなのに、一点の曇りもない笑顔を向けられるこのお方は、やはり救国のアストレア公爵なのだろう。私も剥離師たち、そして騎士たちまでもが尊敬の眼差しでエレオノーラ様を見つめていた。
やっと黙ったザックが邪魔をしないように押さえてもらい、ようやく剥離師たちに指示を出す。必死な形相で陛下の『呪い』を剥がそうとする剥離師たち。
しかし、二時間経っても一向に、『呪い』が剥がされる気配は、微塵もなかったのだった。




