第39話 冷静な母娘と、小者の遠吠え
玉座の前で倒れた国王陛下の尋常ではない様子に、会場はパニックになっていた。
「このままでは怪我人が出てもおかしくないわね。ベルモンド侯爵様、会場にいる者たちの誘導を騎士たちと共にお願いできますか」
「お任せください、エレオノーラ様」
「お姉様、わたくしも何かお手伝いを!」
「では、王宮医師たちに連絡を。移動していただくための担架も必要だわ」
「すぐに手配します!」
母を慕う者たちは、自ら母にお伺いを立て、指示に従った。迅速な対応のおかげで、会場は思いのほか落ち着きを取り戻していた。
しかし、その一方で――陛下の容体は悪化の一途を辿っていた。
陛下の周りでは、必死に声をかけながら、医師たちがオロオロとしていた。その中でも陛下に寄り添っていた者が、お母様を視線で追っているようだ。声をかけるタイミングを見計らっているのか、口をパクパクさせている。騒然としている会場で声を届けるのは難しいから困っているようだった。
「お母様、陛下の主治医の方がお呼びのようです」
母に小声で伝えると、小さく頷き「貴女もいらっしゃい」と視線で促した。周囲がパニックに陥っている時は、皆が大声になりがちなので、詳細を伝えようと声を張ると喉を痛めやすい。母と私は、視線や態度だけで相手の言いたいことがそれなりに伝わるように訓練していた。
「エレオノーラ様、いらしていただき、ありがとうございます。現在の状態ですが――」
「おい、マルクの爺さん。誰の許可を取って、そんな立場だけの女に指示を仰いでいる。五年も行方を眩ませておいて、今さら出しゃばってくるな!」
口を挟んだのは、『治癒師』の格好をした目つきの悪い男だった。その大きな声と、今はそれどころではないだろうという場の空気に、周りが静まり返った。爺さんと呼ばれた陛下の主治医マルクが、毅然として男に向かって声を上げた。
「ザック! 貴方は『治癒師』でしょう、貴方こそ出しゃばらないでいただきたい! これが本当に『呪い』であれば、公爵家の力は必須であることぐらい、『治癒師』の貴方にでも分かるでしょう! たった一度の功績で威張り散らしよって!」
男は主治医を睨み返す。このままでは埒が明かないと、私が一歩前に出て指示を出した。
「これが『呪い』であれば、一刻を争います。担架が到着しましたから、陛下が横になれる場所へ移動しましょう」
主治医に落ち着いた声で話しかけると、はっとしたようにしっかりと頷いた。
「そうですね、急ぎ移動しましょう。陛下のご容体が優先です」
周りの者たちも大きく頷き、速やかに担架に陛下を乗せて移動を開始した。その最後尾を母と共に歩きながら、小声で話しかける。
「お母様、あの禍々しいものが『呪い』だった場合、『剥離師』が何人必要になるでしょうか」
「レティシアも分かってしまったのね。あれは『人の生命』を代償として作られたかなり強い『呪い』の可能性が高いわ。恐らく、何十人もの『剥離師』と……出血を伴う場合は『治癒師』もそれなりに必要でしょうね」
「あの目つきの悪い治癒師の男……ザックと言ったかしら。最悪、彼が邪魔をしてくるかもしれない」
「そう……貴女には見えているのね」
私には、陛下の『呪い』とザックが、黒い糸のようなもので繋がっているのが見えた。さっきはもっと太かったから、『呪い』を移動させている最中に使うホースのような役割かもしれない。
「はい。お母様にも見えていますか?」
「いいえ。はっきりとは見えていないわ。ただ、陛下とあの男が恐らく繋がっているだろうことは分かるけれど、あの男の持つ『呪い』と、陛下の『呪い』の質が同じだから分かるだけよ」
「なるほど。私にははっきり見えています。『呪い』を人が保持できるということは、ザックが持っているのは魔道具でしょうか」
「そう考えるのが妥当ね。誰かの死を引き金に『呪い』を発動し、陛下に『呪い』を放ったのでしょうね」
ボソボソと小さな声で情報を整理していると、目の前で扉を閉められてしまった。
中では主治医が大声で「剥がした後はどうすると言うのですか!」と叫んでいるが、ザックはどこ吹く風で扉を開ける気はないようだ。
「お母様……。ザックという男は、自分が犯人だと認めているようなものだと理解しているのでしょうか」
「……そこまで賢くないのだと思うわ」
母の、ズバッと容赦のない判断に苦笑いしつつ、今後のことを考えていた。
「陛下の意識が無い今、部屋に入る手立ては……」
「王妃様か——」
「私がいるよ、レティ」
母の話を遮る声に、その方向に視線を向ける。ガタイの良いアルフォンスの陰からひょっこりと現れたのは、先ほど会場を退場したはずのリュシアンだった。




