第38話 王太子の独占欲と、不敵に笑う新米近衛騎士
完全に腰が抜けたオズワルドは、駆けつけた憲兵たちに引きずられるようにして会場から連行されていった。往生際悪く何かを叫んでいたが、まともな貴族たちは一瞥もくれない。
偽公爵が文字通り「排除」された会場では、五年ぶりに現れた美しき女公爵とその娘に、全貴族の視線が注がれていた。
私は、少し拗ねている愛しい婚約者レティシアのエスコートをしながら挨拶を受ける。この後は、デビュタントを迎える者たちが現国王と王妃へ挨拶をすることになるから、のんびりと時間を潰しつつ、軽食を食べたりするのだ。
「殿下、この後はレティシアをお任せしてよろしいでしょうか。五年分の情報を集める必要がありますので」
「ええ、任せてください。公爵家の挨拶は最後になると思いますから、時間になりましたら声をかけますね」
「ありがたく存じます」
エレオノーラ様が、彼女の妹君の集団に混ざって行ったのを見届けて、愛しい婚約者に視線を向ける。
「レティ、ごめんね? あのタイミングで言っておけば、この時間をレティを狙う子息たちから守れると思ったんだ」
「もうっ! また出任せばっかり。アルも笑ってないで、文句言ってよ」
どう見ても無表情のアルフォンスに、私が苦笑いして見せると、困ったように彼がレティシアに声をかけた。
「レティ、それは無理だよ……。一応、僕の上司になるんだし? 賢い言い回しは他の令嬢なら喜んでいるんだろうから、気を遣ってくれた殿下をいじめちゃ駄目だよ」
「いじめてはないわよ……」
「困らせてるだろう? まあ、婚約者同士なのだから、甘えるのは良いと思うよ。ただ、もっと分かりやすく甘えたらどうだい?」
「……アルは私を知り過ぎているからやりにくいわね」
「レティ、多分アルフォンスもそう思っていると思うよ」
三人でクスクスと笑っていると、アルフォンスに話しかけたがっているレディたちに周りを囲まれてしまった。
「あ、あの、ベルモンド卿、お時間よろしいでしょうか……」
十五歳になったアルフォンスは、身長もレティシアの頭一つ分ほど高く、胸の筋肉が立派で騎士服が良く似合っていた。これはモテるだろうとニヤニヤしながら眺めていたのだが……。
「申し訳ありません、レディ。私はレティシア様の近衛騎士に任命されました。レティシア様の護衛が私の仕事ですので、仕事を放棄するわけにはいかないのです。ご理解ください」
丁寧に、しかし有無を言わせない断り方は、十五歳とは思えないほど貫禄があった。
「あらまあ。少しぐらい話してきても良いのに。アルがそんなにモテるなんて知らなかったわ」
アルフォンスがわずかに苦笑いしたのが見えた。レティシアにとって彼は異性ですらなく、それでも誰より長く彼女の傍にいた。婚約者である私が持てない時間を、彼はすでに持っているのだ。胸の奥がほんの少しだけ、おもしろくない音を立てる。
「アルフォンス、今後の活躍を期待しているよ」
何とも言えない雰囲気に、当たり障りのない励ましを口にしてしまった。これからは私の婚約者の近衛になるのだと、釘を刺す意味も含めて声をかけたのだが、彼の心情を思うと無言でスルーすることは出来なかった。
「はっ! ありがたきお言葉」
すぐに切り替えて返事をしたアルフォンスに、さすがだなあと視線を向ける。
恐らく、私の独占欲混じりの視線を正しく察したのだろう。不敵に口角を上げた彼が少しだけ嬉しそうな顔をしたのが分かった。
男二人で無言の駆け引きをしていると、いつもより低く、落ち着いた声でレティシアが声を上げた。
「リュシー、陛下の様子がおかしい気がするわ」
「えっ? ここから見えるのかい?」
この大広間は同年代の貴族と、その家族が全員入れるほどには広い。王座の反対側にある、食事ができる端の方にいる私からは顔すらはっきりとは見えない。だが、レティシアの視線の先――玉座の間を見つめた瞬間、私は背筋が凍りついた。
父上が、まるで操り人形のように不自然に頭を垂れ、その身体から禍々しい負の魔力が澱みのように溢れ出していたのだ。
レティシアの視線が一瞬、会場の端に向かった。エレオノーラ様もまた、玉座の間へ静かに歩み出していた。
「あれは恐らく『呪い』だわ。お母様も動き出したわね」
レティシアの瞳に、スラムで生き抜いてきた狩人のような鋭い光が宿る。彼女は迷うことなくドレスの裾を翻した。
「リュシーは護衛の方といてくれる? アル、行くわよ」
「えっ、レティ、私も行くよ!」
思わず駆け出そうとした私の胸を、レティシアの白く細い手が強く押し留めた。その強い眼差しに射抜かれ、息を呑む。
「なりません、殿下。貴方はこの国の次期国王です。万が一のことがあってはならないわ。ここは治癒魔法とスラムでの荒事に慣れた私たちに任せて、殿下は今すぐ近衛と共に安全な場所へ避難してください!」
「レティシア嬢の言う通りです。殿下、ここは我々が」
頷くアルフォンスを引き連れ、レティシアは風のように玉座へ向かって駆け抜けていく。近衛騎士たちにガッチリと周囲を阻まれた私は、悔しさに歯噛みしながらも、会場から退出せざるを得なかった。




