第37話 偽りの公爵に終焉を。仕掛けられた断罪の舞台
人の山が綺麗に割れ、その間を堂々と闊歩してくるのは、美しき女公爵エレオノーラと、瓜二つの美貌を持つレティシアだった。
スラムにいたなどとは信じられないほどに艶やかなプラチナブロンドの髪と、気高き美貌。会場中の貴族たちが、その圧倒的な存在感に息を呑んだ。
レティシアはエレオノーラ様の前を歩き、父親の目の前で立ち止まる。オズワルドはエレオノーラ様の姿に顔を青白くしながら後ずさっていた。
「え、エレオノーラ……。生きて……いたのか」
ガクリと床に膝をつき、この世の終わりだと言わんばかりの表情を浮かべるオズワルドに、レティシアが嫌そうな顔をした。
「まだ、断罪もしていないのですよ。何を全て終わったかのような顔をしているのですか、お父様。五年間も私たちを追い回してくださったのですもの。これから貴方の犯した罪を、全て明らかにしていくので楽しみにしていてくださいな」
不敵な顔でにっこりと微笑むレティシアと、感情の読めない微笑みを貼り付けたエレオノーラ様。敵じゃなくて良かったと、この会場にいる全員が思ったことだろう。
「な、何を言っているんだ、レティシア。お前たちが無事で良かった。私は公爵家を守っていただけだからな」
「あら、何の冗談ですの? 五年前のあの日、お母様を斬りつけ、私にまで剣を向けたあの時の貴方の顔を、たった一日たりとも忘れたことはありませんのに。その後も、私を執拗に狙い、連れ戻そうとしていたではありませんか」
会場が一斉に静まり返った。それを見て口角をうっすらと上げたレティシアが「ねえ、殿下」と私の方を振り向いたので、笑顔で「ああ」と頷いて見せた。
「レティシアとは、スラム街の視察で出会ったんだ。まさかスラムに公爵家の母娘がいるとは思っていなかったからね。逞しい彼女たちに、私はすぐ心を奪われたよ」
私の言葉に、周囲の貴族たちがざわめく。「スラムに?」「五年間も?」「まさか、ねえ?」「でも、王太子殿下がおっしゃるのだもの」そういった声があちらこちらで上がった。
「リュシアン殿下、お心を奪われたとは……」
着飾ったレディたちが、引き攣った笑顔で聞いてくる。デビュタントの最後で公表しようと思っていたが、タイミングとしては今でも申し分ないだろう。
「ああ。私とレティシアは、先ほど婚約することが決まった。両親もやっと婚約したと喜んでくれたよ。皆も祝ってくれると嬉しい」
頭の後ろ辺りに「聞いてないわよ!」というレティシアの視線……無言の圧力が突き刺さっているような気もするが、タイミングとしては完璧だから後で許しを請うことにする。
会場が割れんばかりの歓声と悲鳴で埋め尽くされた。呆然としているオズワルドに向き直り、私は優しい声で話しかける。
「偽公爵オズワルド。レティシアとの出会いの場を作ってくれてありがとう。私は彼女たちの五年間の苦労を知っているから、お前を許す気はないけれどね」
ギロリと音がするほどに鋭く睨みつけると、オズワルドはぶるぶる震えていた。しかし、このまま終われないと思ったのか、急に立ち上がった彼は、ざわつく会場にこだまするほどの大声で叫んだ。
「嘘だっ! そんなの言い掛かりでしかない! 証拠……。そうだ、証拠はあるのですか! いくら殿下でも、証拠が無ければ捏造と言われても仕方ないでしょう!」
唾を飛ばしながら大袈裟に言い放つオズワルドに、黒い笑みを浮かべ、にやりとして見せた。「えっ?」という顔をした彼から視線を外さずに、声高らかに名前を呼んだ。
「証人として、スザンナ! そして公爵家の使用人たち。入って来なさい」
堂々と先頭を歩くのは、ベルモンド侯爵家のお仕着せに着替えたスザンナだ。その後ろは乳母のエリー、元キッチンのアンナが緊張した面持ちでパタパタとついて歩いた。
「す、スザンナ!? なぜお前がそこに……。可愛がってやっただろう!」
「偽公爵様、皆が誤解するような言い回しをなさらないでもらえますか。私は侍女として、貴方の身の回りの世話をしただけです」
「ガストンを見つけると約束したではないか! あのブローチは安くないんだぞ!」
会場がまたもや静まり返る。このまましゃべらせておけば、最後まで自供してくれるんじゃないかとまで思えたが、それでは埒が明かないから話を進める。
「スザンナ、証拠の品をこちらに。もう、ほぼ自供したようなものだし、断罪の必要もない気がするが、一応聞いておこうか。せっかく来てくれたのだしね」
「発言のお許しをいただき、ありがとうございます。そちらにいらっしゃる偽公爵オズワルドは、公爵家当主であらせますエレオノーラ様の殺害未遂、およびレティシア様を取り戻すために『ガストン』という役人を牢獄から脱出させた事実を、証言いたします――」
「うるさい! 黙れ黙れ黙れぇ――! こうなったのも全部、レティシア、お前が帰って来なかったせいだ――っ!」
責任転嫁をしたオズワルドが仕込みナイフを袖から取り出し、レティシアに襲いかかる。
「キンッ!」
鋭い金属音が響き、オズワルドの手からナイフが弾き飛ぶ。
気づけば、オズワルドの喉元に、切っ先が寸分の狂いもなく突きつけられていた。冷徹なまでの光を宿した瞳でオズワルドを見下ろすのは、アルフォンスだ。
「お、お前はっ!」
当然、レティシアを守ったのはアルフォンスだ。今日はレティシアとエレオノーラ様の護衛をするように言いつけてあった。ベルモンド侯爵家にはすでに話はつけてあり、アルフォンスもそれを望んだためレティシアの近衛騎士になることが決まっていたのだ。
「お久しぶりですね。五年ぶりでしょうか。貴方がどんなに暴れようとも、レティは僕が守りますので」
「たかが侯爵家の次男坊がっ!」
「アルフォンスは正式なレティの騎士になるから問題ないだろう? 断罪されたあなたより、身分は上なのだからね」
私が会話に割り込むと、まだ諦めていないオズワルドが文句を言おうと必死に言葉を探しているのが分かった。
「な、なんだって? 侯爵家の次男坊がレティシアの騎士だと?」
「ああ、そうだ。レティは王太子妃になるのだから当然、選ばれし騎士がつく」
「こいつが選ばれし騎士……」
腰が抜けたように床にへたり込むオズワルドにはもう、一瞥をくれる価値すらない。
私はアルフォンスの後ろで、未だに「この場で婚約を発表するなんて聞いてない」とジト目を向けてくる愛しい婚約者へと向き直り、極上の笑みを注ぐのだった。




