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ひっそりと民を救うのは、追放された真の貴族でした ―王太子の病を請け負った母娘の物語―  作者: 月城 蓮桜音


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第4話 再会

 お母様と二人、スラムでの生活を始めてから、二ヶ月の月日が流れた。

 お母様の容態は、今ではすっかり日常生活を送れるまでに回復している。今のお母様は、無理のない範囲でスラムの子供たちの『病を請け負う』ことで、人々の支えとなって暮らしていた。


 この隠れ家には、有事に備えてかなりの額の銀貨と銅貨が隠されていたから、贅沢をしなければ平民として一年以上は余裕で過ごせる。生活に困ることは、何一つなかった。


 私はといえば、幼い頃からお母様の教育(という名のサバイバル体験)で平民の生活も一通り経験させられていたから、「まあ、こんなものよね」と早々に順応していた。


 ここでは、貴族の令嬢らしくお淑やかに振る舞う必要なんてない。ジョンやルイージたちと泥だらけになって走り回り、路地裏を駆け抜ける生活は、私にとって驚くほど刺激的だった。


(……案外、このまま平民として生きていくのも悪くないかもしれないわね)


 そんなことを本気で考え始めていた、ある日のこと。

 いつものようにスラムの入り口近くで遊んでいると、背後から突き刺さるような叫び声が聞こえた。


「――レティシア!!」


 聞き間違えるはずのない、懐かしい声。

 喜びが弾け、満面の笑みで振り向いた瞬間、視界が金髪の塊に覆われた。

 アルフォンスだ。彼は今にも泣き出しそうな顔で私に突進してくると、折れそうなほど強く私を抱きしめた。


「レティ……っ! ああ、神様っ! 良かった、無事だったんだね……! どれだけ心配したか……! 僕や母上に、せめて連絡だけでもしてくれれば良かったじゃないか!」


 耳元で震える声。胸に押し付けられた彼の心臓が、早鐘のように打っているのが伝わってくる。


「ご、ごめんね、アル! ――でも、ここじゃ目立つわ。中に入って話しましょう」


 スラムに似つかわしくない身なりの良い少年の姿に、周囲の視線が集まり始めている。私は慌てて彼の手を引き、治療院へと滑り込んだ。


「……こんな場所に、隠れていたんだね」


「アルだから教えるのよ? 誰にも、絶対に内緒にしてね」


「母上にも……かい?」


「そうよ。アルだけしか知ってちゃ駄目。もし貴方の御両親が私たちの居場所を知っているとバレたら、あの『お父様』のことだもの、ベルモンド侯爵家にどんな不利益を()いてくるか分からないわ」


「――なるほど、そういうことか。僕の両親の身まで案じてくれていたんだね。ありがとう、レティ。そして、この場所を教えてくれて……心から感謝するよ」


 私は小さく微笑み、これまでの経緯――お父様の凶行からスラムへの潜伏まで――を、かいつまんで話した。アルは拳を握りしめ、悔しそうに歯噛みした。


「なんてことだ。だから、侯爵家(うち)を頼れなかったんだね。確かに、今の状況で僕たちが動けばマークされる。下手をすれば、屋敷の使用人にすら内緒で息のかかった者が紛れ込んでいるかもしれない」


「察しが良くて助かるわ。だから、私たちが生きていることも当面は内緒にしておいて。その方が、色々と動きやすくなるから」


「ああ、誰にも言わないよ。……でもね、レティ。少しは僕を頼ってくれ。まだ子供だけど、子供だからこそ、大人に気づかれずにできることもあるはずだ」


 必死に訴えかけてくるアルの瞳。けれど、私は首を横に振った。


「駄目よ、アル。ここはスラム街なの。その貴族然とした格好でうろつけば、人攫いの格好の標的だわ。……もっと強くなって、自分の身を完璧に守れるようになってからいらっしゃいな。スラムでは、自分の命は自分で守るのが鉄則なのよ?」


 アルは言葉を失い、何かを必死に耐えるように押し黙った。そして、絞り出すような低い声で、けれどはっきりと告げた。


「……分かったよ、レティ。僕の忠誠は、あの幼い日から、ずっと貴女だけのものだから」


 後半の声が小さくてよく聞き取れなかったけれど、いつものアルのことだ。私に必要な情報なら改めて伝えてくれるだろうと、深く考えずに流すことにした。


「そうだ、レティ。今、貴族の間で囁かれている不穏な噂を知っているかい?」


「噂? 貴方がわざわざ教えてくれるのだから、王族に関する話かしら?」


「ふふ、さすがレティだ。僕の考えはお見通しだね。……実はね、王太子殿下が『不治の病』に侵されているんじゃないかって言われているんだ。昨年の晩餐会を最後に、一切表舞台に姿を見せていない。姿を見た貴族も一人もいないんだ。あまりにも不自然だよ」


「……そうね。本来なら、王家側から何かしら不安を打ち消すような公式の発表や噂を流すはずなのに、それすら無いということは……それどころではない、ということかしら」


「レティもそう思う? ――なら、間違いないだろうね。僕たちの意見が一致したときは、今まで一度も外れたことがないから」


「ふふ、絶対なんて無いのだから『その可能性が高い』くらいにしておきなさい。王族の悪い噂を流すのは不敬よ?」


「ああ、分かっている。これはここだけの話だ。……レティ、君はまだ当分、ここで暮らすつもりなのかい?」


「ええ。色々と準備が必要だしね。それに、この生活も案外楽しいのよ? 魔物の住む山で数日間野宿させられた時に比べれば、井戸も屋根もあるここは天国だわ」


「あ、うん……。レティの『大丈夫』の基準が相変わらずズレているみたいで安心したよ。……でも、君が楽しめているなら、今はそれでいいのかもしれないね」


「ええ、問題ないわ。お祖父様にも毎月報告は入れているし、何も言ってこないということは、今の状況を黙認してくれている証拠でしょうから」


「あの食えない爺様か……。分かった。ここにいるなら、いずれ何らかの動きがあるはずだ。周囲の動きに耳を澄ませておくといいよ」


「ええ、ありがとう。気を付けて帰ってね、アル」


 彼が帰路につくまでの間、お母様は一度も姿を見せなかった。アルフォンスを余計な危険に晒さないための配慮だと、私には分かっていた。


 見送った後、背中に残る彼の抱擁の温もりを思い出す。

 二ヶ月もの間、彼は、そしてベルモンドの皆は、私たちのために心を痛めてくれていたのだ。

 同じ気持ちで案じてくれる相手がこの広い世界にいる。それだけで、私の心には温かな光が灯ったような気がした。

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